卵にやなこと包んじゃえ

夜野 舞斗

玉子定食

 この店は卵料理が五百円玉一枚と百円玉七枚で食べ放題。

 卵を混ぜる音が店内に響いている。かちゃかちゃかちゃと聞いていれば、愉快になる。それが油と共に焼かれる音を聞くと、もうたまらない。

 おばちゃんが最初の卵焼きを持ってきた。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます。いただきます」


 ふんわり甘い卵焼きが疲れた心に染み渡る。甘すぎもせず、くどすぎもせず。だし巻き卵も隣に用意されていて、香ばしさが鼻をくすぐっていく。食欲が限界突破し、あっという間に何種類かある卵焼きをたいらげてしまった。

 次に僕がいるカウンターに提供されたのは、オムレツだ。しかもただのオムレツではない。箸で切り分けるととろり中から温かい中身がマグマの如く流れ出してくる。それと同時に紅い粒々も見える。

 これは辛子明太子入りのオムレツなのだ。

 元々明太子は好きな部類なのだが、卵と一緒に食べるとこれはまた美味。辛さを調和してくれる卵の美味しさがまた、ある意味刺激的。「美味い美味い」と食べてしまう。これは白いご飯が欲しいと思って、頼んでしまった。白飯が提供されてくる。

 やはり暖かいご飯は最高だ。明太子にも合う。これがお代わり自由だなんて、夢のような話。今の僕は世界で一番幸せ者に違いない。

 共にめんつゆ漬けの卵を出してくれる。これは二杯目の白飯と共に食べていく。落ち着いためんつゆがしっかりと染み渡って病みつきになる。これなら何度も食べてみたいが、色々種類を食べてみたいとの思いで自制しておいた。一種類のものでお腹が一杯になってはつまらない。

 折角、何もかも忘れたくて美味しいご飯を食べに来たのに。


 卵かけご飯用の卵と醤油を持ってきてくれたおばちゃんが僕の様子に気付いたようだった。


「あらあら、どうしたの? 何か学校であったの?」


 「何でもない」と突っぱねたいところではあるけれども。ここまで美味しい料理をたくさん格安で作ってくれるおばちゃんに反抗的な言葉は吐けなかった。


「一番になりたかった」

「ん? どういうこと?」


 彼女は穏やかな口調で僕に問い掛ける。しんみりとした話題になることを恐れはしなかった。


「テストでも運動でも友達に負けて、つい八つ当たりしちゃって……『お前がいるから、僕は一番になれないんだ』って……悔しくて」


 それでいて、自分が片想いをしていたあの子さえ、一番の子を好いているようだった。本当に自分が惨めで嫌だと思っていた。そして、更に嫌なのは妬んで友達を責めてしまった自分だ。自分の努力しなかったことを棚に上げて、とんでもないことを言ってしまった気がする。


「そうなのね……まぁ、一番じゃなくてもいいじゃないの」

「一番じゃなくても……?」


 彼女は厨房に戻り、卵をまたかき混ぜる。


「だって、卵もそうじゃない。卵もこうやって人を魅了させるけど、一番じゃないわ。すき焼きの付け合わせになるし、ご飯の味を引き立たせるものになることが多いわ。まぁ、でも卵があるからこそ、すき焼きは誰かの一番になるかもしれない。卵かけご飯が朝食として一番のメニューになるのも、卵がいるから、よ」


 つまるところ、一番だけが人を魅了させられるとは限らない、か。

 僕はお代わりを頂戴した白飯の真ん中に開けて、かきまぜて醤油を入れた卵を入れていく。とろとろとあつあつのご飯が喉を駆けていく。舌の上で醤油と卵のマリアージュ。

 泣きたくなる程、美味しかった。

 次のメニューは玉ねぎやしいたけが乗った玉子丼。

 持ってきたおばちゃんがまた言い放つ。


「まぁ、でも他の分野では卵が主役になることもあるわね。卵しか持たない味があって……卵にしかできないことがあって……君もそう。君自身しかできないことがあるんじゃないかしら」

「……自分にしか?」

「それを知るのは友達と仲直りしてから、かしらね」

「ううん」


 そこが難しい話ではあるのだが。前よりかは幾分と楽になった。話を聞いてもらった上に体がご飯で満たされたから、か。気持ちに余裕が出てきたのかもしれない。


「お土産にプリンを持たせてあげるから。これを二人で食べなさい。まぁ、二つ分貴方が食べちゃってもいいけど……でも、もしかしたら……」


 おばちゃんはそんな僕の心を分かっていたみたいだ。これならば、話すきっかけができるかも、と。

 彼女はきっと色々知っている。

 卵のように割れやすい、少年少女の心を分かっている。繊細な人の心を理解しているから、いて安心できる。だからここはいつも少年少女の声で賑わっているのだ。

 だから、今日も……あっ。


「おおい、見つけた見つけた! こんなところにいたんだな……」


 自分が傷付けてしまった友人と対面。緊張はしたけれども。おばちゃんが見ている今なら言える。


「ほ、本当にごめん……最低だよな……僕って」

「いや、ちょっとこっちだって調子に乗りすぎたところはあったよ。本当、悪かった……」

「ぼ、僕だって……あっ、そうだ。今、おばちゃんにプリン貰ったんだ! 食べよ!」

「ここのプリン、すごいとろっとろでクリーミーで、それでいて卵自体のほのかな甘さや味が聞いていて、美味しいんだよな」

「た、食べたことあるの!?」

「そうだぜ! 後、パンケーキとかも……」

「お、おばちゃん! そっちのパンケーキも貰える!?」


 彼女は僕達の心の火が灯っていくのを感じたのか、にっこり笑顔になる。それと同時に卵をシンクに当てて、こう告げる。


「あらあら……。まだ食べるの? 卵みたいにお腹にひびが入らないように、ね」

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卵にやなこと包んじゃえ 夜野 舞斗 @okoshino

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