第4話


 パタンと本を閉じる音が聞こえ、僕は顔を上げた。見ると、さっきまで本を読んでいた花野が帰り支度を始めている。

「帰るの?」

 訊ねると、花野はこくりと頷く。

 最近は秋も濃くなり、花野は暗くなる前に帰るようになっていた。一緒にいる時間が少し減ってしまって、正直ちょっと物足りない。

 空を見上げる。今日は曇りだったせいか、空は既に藍色の帳を下ろしていた。

「それならもう暗いし、送るよ」

 読みかけの本に椛を挟みながら言うと、立ち上がった花野は動きを止め、戸惑うように目を泳がせた。

 その表情に、しまったと思う。余計なお世話だっただろうか。彼女は人付き合いというものをまるでしないし、ひとりを好んでいる人だ。

「……あ、ごめん。迷惑だったよね」

 すると、花野はぶんぶんと首を横に振った。ちょっと頬が紅潮している。

「えっと……送ってもいいってこと?」

 訊くと、花野はこくこくと頷いた。

「じゃ、帰ろう」

 僕は、うっかり綻びそうになる表情を必死に引き締めた。花野が僕の心の声を聞けなくてよかった、と心から思った。だって今、つい花野のことを可愛いだなんて思ってしまったから。


 花野の家は、公園からそう離れていない住宅街だった。住宅街を十分ほど歩いた頃、とある一軒家の前で足を止めた。表札には、『宮本みやもと』とある。

 花野じゃない……?

 首を傾げながらも、迷った末に僕はなにも聞かずに、花野に「また明日ね」と告げる。花野は頷き、玄関の扉に手をかけた。

 と、そのとき。宅配のお兄さんが、大きなダンボールの荷物を抱えて走ってきた。

「宮本さんにお届け物でーす」

 花野が振り向く。

「宮本優里花ゆりかさん宛なんですが、サインよろしいですか?」

 宅配のお兄さんは花野からサインを受け取り、荷物を渡すと、軽く頭を下げて帰って行った。

 一部始終を見ていた僕は、悶々と考えながら帰り道を歩いていた。

 花野はあの家に住んでいるのだろうか。苗字も違かったし、それに、宮本優里花って……。

 その名前を、僕は知っている。だって宮本優里花は、僕たちのクラスメイトだ。

 姉妹? でも、ふたりはそんなに顔も似ていないし、苗字も違う。

「どういうことだろう……」

 ――今さらだけど、僕は花野のことをなにも知らないのだな。

 ふと、風が吹いた。ひんやりとした秋風が、心に沁みた。

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