第40話 ユースラ出発

 虹色亭の名前の由来はその名の通り、虹色に輝く温泉にある。満天の星空と仄かに輝く魔石照明に美しい虹色の温泉が照らされている。石造りの塔に合わせたデザインの岩でできた湯船だ。広い露天風呂だが本日は貸し切って使って良いらしい。混浴なので全員水着に着替えてきている。


「うははっ、すげえな」


 実に鮮やかな色合いだ。……これ、ちゃんと人体に無害な奴だよな? バクテリアの繁殖地みたいな色合いにも見えるが。余分な現代知識で素直に色彩を楽しめない自分を振り払う。俺は覚悟して温泉に浸かった。


 おっ、なんかパチパチするぞ。炭酸みたいに温泉の中で虹色の泡が弾ける。肩まで浸かると刺激が気持ち良い。


「ふぅぅぅ」

「キュポォォォ」


 小型化したトテトテと一緒に弾ける泡を堪能する。

 泡と一緒に疲れまで弾けるみたいだ。温泉には特濃の魔力が溜まっているのが分かる。実際に疲れが取れているのかもしれない。女性陣たちも満足げな声を上げた。温泉に入ったことでメッセージウィンドウが表示される。



【レベル23に上がりました】


【レベル24に上がりました】


【レベル25に上がりました】


【温泉魔法がレベル3に上がりました】

 魔力の溜まっている水に入ると魔法を得られる。入っている間は経験値を取得し、怪我が回復する。入った後、一定時間ステータスをアップする。経験値取得、回復効果、ステータスアップ効果は仲間にも影響する。


【水操魔法を獲得しました】

 周囲の水を操る。



 温泉魔法のレベルアップに水操魔法か。スパクアは炎と水を司る女神らしい。火球魔法と水操魔法、これで炎と水の両属性の魔法を手に入れた訳か。


 しばらくのんびりと温泉を楽しむ。見上げれば星空、横を見ればユースラの街並みが見える。ユララが愛おしげにユースラを眺めているのが気になって声をかけた。


「よう、何か見えるか」

「ううん、何も。いつも通りのユースラよ。あたしの大好きな街」


 街を見るなら夜よりも明るいほうが良いな。明日の朝にも温泉に入るか。そんなことを考えながら、何か言いたそうなユララの隣でのんびりする。やがてユララが口を開いた。


「ルイザ様に聞いたわ。街に魔物を入れた犯人、デールだったそうよ」

「デール? デール・ベイカーか? そういう奴には見えなかったが」

「そうね。怪我をしていて治療を受けてるみたいだから、治ったら話を聞くつもり。どちらにせよ婚約はご破算ね」

「そうか」


 ユララの表情を見て気付く。答えを出したから、俺に伝えようとしているのだ。


「デールの話を聞きたいし、壊れたユースラの街の復興もしなくちゃね。それからお父様とお母様ともちゃんと話す。だからあたしはユースラに残るわ」

「そうか。ユララが決めた答えなら、それが良いと思う」


 俺は明日には旅立つ。これでお別れかと思うと少しは寂しい気持ちもあるな。


「でもね、ユースラを魔物から守るために戦っている時に気付いたの。魔物と戦って命のやり取りがしたいのも、本当のあたしなんだって。だから、あたし、冒険者になるわ」

「うははっ、そうか」


 ユララとの最初の冒険、骨折していたのに笑っていたユララを思い出す。あまりにもユララらしい決断で笑ってしまう。


「それでね、ジン。全部終わって落ち着いたら、すぐにあなたを追うわ。待っていてくれる?」

「はっ、待たねえよ。俺は目的地への旅で忙しいんだ」


 俺の突き放した物言いにも、ユララは気にせず笑っていてやりにくい。こっちが言いたいことを見透かされているようだ。


「……まあ、だから急いで追ってこい」

「ええ、そうする」


 ユララがこちらに寄りかかってきて、肌と肌が触れ合う。


「そういえば聞いていなかったわね。ジンの目的地ってどこなの?」

「言ってなかったか? ブヘマウっていう温泉なんだが」


 ユララは破顔した。


「ブヘマウ? あははっ、最北端の元魔王城があった場所じゃない! ジン、あなたって本当に勇者みたいだわ!」


 ……そうなの? 異世界に来た直後の俺だったら目的地の遠さにげんなりしていただろうが、今はそうでもない。女神スパクア曰く、過程を楽しめ、だったか。どうやら俺はその過程とやらを気に入っているらしい。俺はユララに苦笑を返す。


「勇者じゃねえよ。俺は温泉巡りの旅をしたいだけだ」



   *



 あ、終わったな、とカプーヤは思った。


 少し離れたところでユツドーとユララが仲睦まじく話している。会話の内容を聞くつもりはないが雰囲気は完全に恋人のそれだ。隣には二人を見て震えているアメリア。完全に任務失敗である。


 カプちゃんの時代、短かったですねえ、とカプーヤは諦観の表情を見せた。まあ全天のアメリアの手で殺されるのであればスパクア教徒としては悪くない最期かもしれませんね。そう思うとさほど恐怖もない。


「カプーヤ」

「はいぃぃぃぃ」


 嘘だった。アメリアに呼ばれて答えた声が震える。超怖いです!


 青ざめて半泣きになりながらアメリアのほうを見ると、そこにはユツドーとユララを見て何故か頬を染めているアメリアがいた。


「カプーヤ、どうしましょう。好きな人が他の女の人と話していると、胸が苦しくて脳が直接壊されるような苦しみがあるのに、反面、それが快楽にも感じるのです。……うふふ、まさかこれが寝取られ……?」

「寝てから言って頂けますか?」


 いや違う、返答を間違えた。


「アメリア様、それは正常な反応です! 恋は人それぞれ、アメリア様にはアメリア様の恋の仕方があるとカプちゃんは思いますよ!」

「ええ、そうですね。ユツドーさんと仲良くなりたいのに、他の女の人と仲良くしているところをもっと見たいわたくしもいるのです」

「そうですか! そういうことなら今後もカプちゃんがユツドーさんを監視してご報告致します!」

「うふふ、よろしくお願いしますね、カプーヤ」


 なんだか知らないけど首の皮が一枚繋がりましたよ……!


 ギリギリのところでカプーヤが生存したのをユツドーは知らない。



   *



 翌日、旅立ちのためにユースラの街門まで来ると、大勢の人間が見送りに来た。犬顔の門番がバウッと吠え、屋台のおっさんが餞別のヂツノーペをくれ、冒険者たちが「元気でやれよ!」と俺の背中を叩く。一週間ちょっとしかいなかったのに見送りとは、気の良い奴らだ。アメリアはまたディズレンに戻るらしく、俺の見送りに来ている。


 カプーヤとトテトテの準備はよし。湿っぽいのは苦手だし、あっさり旅立つのが俺らしくて良いだろう。


 最後にユララの前に立つ。


「それじゃあ元気でな、ユララ」

「うん、あのね、ジン」

「なんだ?」


 ユララはモジモジと俯いていたが、意を決したように背伸びをした。青いポニーテールが翻る。頬に柔らかい感触を覚える。ユララに口づけをされたのだと気付いた時には、ユララは元の位置に戻っていた。アメリアとカプーヤが「うふふ、脳がまた……!」「アメリア様ー!」と騒いでいる声が聞こえる。


 ユララが耳まで真っ赤にしながら、真夏の青空のような笑顔を咲かせた。


「すぐに追いつくから先行ってて!」

「……うははっ、急いで来いよ。あんまり遅いと先にブヘマウの温泉に入っちまうぞ」


 再会の約束をして、俺は旅立つ。たまに後ろを振り返ると、ユララはいつまでもいつまでも手を振っていた。





 ◇◇◇ お礼 ◇◇◇



 第1章の終わりまで読んでいただき、ありがとうございます!


 次章以降もジンの活躍やヒロイン達とのいちゃいちゃを書いていきます。



 続きが気になる、ジン頑張れ、ヒロインたちが気に入った、



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