第9話 白くて、もふもふで、でっかいトリ その1

 人を見た目で判断してはいけません、なんて話をよく聞くが、しかし実際のところは、外見で判断してしまったり、逆に外見で判断されてしまったりした経験は誰にでもあるものではないだろうか。俺自身、強面の見た目のために誤解を招いたことはあるし、逆に、細腕のアメリアが武闘家だと聞いた時は意外に思ってしまったりもした。


 これは人だけでなく魔物でも同じで、異世界に来てから俺はクロウベアを殺してその肉をムシャムシャ食べた訳だが、例えば熊ではなく猫の見た目をした魔物だったら果たして殺して食えたかはちょっと分からない。見た目の可愛い愛玩動物を食べるのが社会的にタブーになるのはどこにでもある話だろう。


 何が言いたいかと言うと、つまるところ、まさに俺は今その問題にぶち当たっていた。


「魔物……だよな?」


 数十メートル先に、白くてふわふわした丸い物体がでーんと鎮座していた。最初はシマエナガに似た生物かと思ったが、明らかに縮尺がおかしい。この距離であの大きさに見えるということは、俺の身長と同程度の高さはあるだろう。


 鑑定魔法を使ってみると、それなりにレベルの高い魔物であることが分かった。



【名前】キュポポチョウ

【レベル】9



 背丈の低い草花や点々とした木々、人々によって踏み均された道以外は何もない場所のため、大変よく目立つ。逆に言うと俺が身を隠す場所もないため、アレが魔物であるならば身の安全のために討伐してから進みたいところ……なのだが。クロウベアを容赦なく倒した俺が躊躇ってしまうほどにキュポポチョウは愛らしい見た目をしていた。


 真っ白なコットンのぬいぐるみにつぶらな黒い瞳と黒いくちばしをくっつけたような見た目だ。触り心地の良さそうなもふもふした羽毛を膨らませながら座っている。クロウベアを殴っておきながらダブルスタンダードみたいで心苦しいが、とてもアレを殴ることはできそうにない。


 というか率直に言ってとても触りたい。こちらに敵意が無いのが伝われば、触らせてくれないだろうか。俺は両手を広げて攻撃する意思が無いことをアピールしながら、キュポポチョウにゆっくりと近づいた。


「フヒヒ……可愛いねえ……ちょっとだけ、ちょっとだけ触らせてねえ……」


 近づけば近づくほどに可愛らしい見た目なのがよく分かる。興奮した俺は鼻息荒く手をわきわきと動かしながら近づいていったが、なぜかそれがキュポポチョウを怯えさせてしまったようだった。ビクッと怯えたキュポポチョウは、その鋭いくちばしで俺のことを突いてくる。


「キュポポポポポポポポッ!!」

「ぐわああああああっっっ!」


 見た目は可愛いがレベルはほぼ俺と同程度の魔物、連続で突かれると普通に痛い。慌てて避難すると、キュポポチョウは追ってこなかった。キュポポチョウの動きに違和感を覚えてじっと観察すると、左脚を庇ってるような動きをしているように見えた。怪我でもしているのだろうか? 左脚の様子を見るために、俺は再び近づいた。


「フヒヒ……可愛いねえ……ちょっとだけ、ちょっとだけ可愛いおみ足見せてねえ……」


 また鼻息荒くなってしまった。またも怯えたキュポポチョウが羽ばたいて数十cmだけ飛翔すると右脚で蹴り飛ばしてくる。


「キュポポポポポポポポポポポポポポポッ!!!」

「ぐわああああああっっっ!」


 キュポポチョウのキックが直撃した俺は、草原の上を何度もバウンドしながら吹き飛ばされた。


 魔力で防御したために物理的ダメージは無いが、愛くるしいもふもふした魔物に蹴り飛ばされた精神的ダメージは大きい。キュポポチョウは距離が離れたところからこちらを警戒するように見ている。魔物の表情は分かりにくいが、心なしか睨んでいるようにも見えた。


 どちらにせよ、怪我を見せてもらったところで俺に治す手段は無いのだ。あの様子なら俺を追ってくることも無いだろうし、迂回しながら安全に道を通ることはできる。触ることは諦めて、先に進むしか無いだろう。


 俺は肩を落としながら、とぼとぼと先へと歩いた。




 数時間後。流石は温泉神スパクアが干渉している世界と言うべきか、この土地にはちょこちょこと温泉が点在している。何も無い草原の真っ只中にも温泉がある有り難さを噛み締めながら、俺は湯に浸かった。


「ふぅぅぅ」


 爽やかな風が草花を揺らす大自然の中、少しぬるめの温度を堪能していると、メッセージが表示された。



【温泉魔法がレベル2に上がりました】


【翻訳魔法がレベル2に上がりました】


【レベル11に上がりました】



 初めて魔法のレベルが上がった。アメリアに聞いたところだと魔法のレベルは使い込むことで上がるという話だったが、俺の場合はこうやって入浴することでも上がるらしい。ステータスウィンドウで温泉魔法を見てみると、効果が増えていた。


【温泉魔法:魔力の溜まっている水に入ると魔法を得られる。入っている間は経験値を取得し、怪我が回復する。経験値取得と回復効果は仲間にも影響する。】


 回復効果が追加されたのは心強い。一人旅で怪我をしても温泉に浸かれば治せるのは心底ありがたい。湯治という言葉があるぐらい温泉と療養は切り離せないものだし、今までに無かったのが不思議なくらいな効果だな。


 仲間にも影響するということは、例えば怪我をした人間と一緒に温泉に入れば、俺の温泉魔法で怪我が癒えるということだろうか? そこまで考えて、先ほど怪我をしていたキュポポチョウのことが頭に浮かんだ。


 ……。


 いやいや、流石に助けに行くのは無いな。数時間の距離を戻るのは大変だし、道を間違える可能性だってある。道中には魔物がいるうえに、戻ったとしても、もうキュポポチョウは移動しているかもしれない。仮に元の場所にキュポポチョウがいたとしても、俺を警戒しているからこの温泉まで運ぶのは大変だし、そこまで苦労しても俺にメリットは何も無い。ただ、怪我をしたキュポポチョウが一匹助かるだけだ。


 そこかしこで魔物が死んでいるだろう世界で、ただ目についた魔物を一匹助ける意味があるのかって話だ。


 ……でも、目についてしまった。会って縁が出来てしまった。足に怪我を負ったキュポポチョウは、放っておけば早晩死ぬだろう。別に死んだって構わないが、それでもちょっとした後味の悪さが残る。そういうちょっとした後味の悪さは、美味い飯を食っている時とか絶好の景色の温泉に浸かっている時にふっと思い出されて水を差したりするものだ。


「……仕方ねえなあっ!」


 俺は頭をかくと、ザバンッと湯から立ち上がった。

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