第8話 別れて、北へ

 海岸近くで一晩泊まってから、翌日も同じ温泉に二人で浸かる。やはり温泉の経験値量は多いのか、俺のレベルは10まで上がった。


 手に入れた天啓魔法とやらは、使い道がいまいち分かりづらいものだった。ステータスウィンドウから天啓魔法の欄を見てみると、


【天啓魔法:良い感じの時に良い感じの助言をするから期待していてくれたまえ!】


 と説明が書かれている。女神スパクアの天啓が良い感じに機能するのを期待せずに待つこととしよう。




 帰りも森の中を通ったが、水辺に寄り道しない分だけ真っ直ぐに帰ることができた。アメリアに魔力や魔法の使い方について色々と教えてもらいながら、一日ちょっとで森を抜ける。広い草原のような視界の開けた場所に出ると、アメリアは俺に王都までの地図をくれた。


「ここから北の方に向かっていくつかの町を経由するとエルニケ王国の王都に着きます。ブヘマウに向かうのならば、そこで準備を整えるのが良いでしょう」

「ありがてえ。アメリアはどこに向かうんだ?」

「ここから東の方にあるディズレンという町に帰る予定です。うふふ、ディズレンにも温泉はあるので、一緒に来ても良いのですよ?」

「それも悪くないんだがな……」


 俺は頭を掻きながら、アメリアの申し出を断った。


「せっかくの異世界の旅なんだ。自分一人での旅路も楽しんでみたい」


 自分一人で旅を楽しみたいというのは本音だ。しかし、他にも理由はあった。


 口に出しては言わないが、この異世界に来た直後にアメリアと出会ってから、一から十まで世話をして貰っている自覚がある。次に会う時はもっと対等な関係でいられるように、一人で旅をして色々なことが出来るようになりたいという気持ちもあった。


 どこまで伝わっているかは分からないが、俺の言葉にアメリアは微笑む。


「ユツドーさんはそう言うと思ってました」


 アメリアは黒く鈍く光る魔石のペンダントを取り出すと、俺に手渡してきた。


「餞別にこちらのペンダントを差し上げます。困った時はスパクア教徒にこちらを見せれば必ず力になってくれるはずです」

「ありがとう。あんたは俺の魔法使いの師匠みたいなもんだ。あんたが困った時も俺を呼んでくれ」

「うふふ、ありがとうございます。その言葉、覚えておきますからね?」


 アメリアが抱きついてきたので抱きしめかえす。別れの挨拶のハグを済ませると、最後にアメリアはこう祈った。


「あなたの行く道に女神スパクアの御加護があらんことを」


 アメリアを見送ってから、俺は地図を広げた。王都までの経路にはいくつかの村や町が点在している。女神スパクアが干渉している世界だ、それらの町にも温泉があるかもしれない。どこに行くかを好きに決められる自由にわくわくしながら、俺は次の目的地を吟味した。


 えーと、ここがテルスの森、北か北東の近いところに町があるな。北東のほうがでかそうだからこっちに行ってみるか。翻訳魔法によって地図に書いてある町の名前もなんなく読み取れる。


「よし、次はこのユースラってところに行ってみるか」


 俺は未知の旅路に心を踊らせながら、北への道を歩き始めた。



   *



 アメリア・スターリングはため息をついた。せっかく良い気分だったのにこれでは台無しだ。テルスの森を出てユツドーと別れてから一時間もしないうちに、姿を見せない数十人の魔法使いに囲まれていることにアメリアは気付いていた。スパクア教の正神派の中でも最も過激な実行部隊として知られるヴァルガロッタは、隊員の一人一人が隠密行動を得意とする暗殺者でもある。しかし、いかに高度な魔力遮断で気配を隠そうとも、アメリアにとっては児戯に等しい。


「出ていらっしゃいな」


 アメリアがパンと手と手を打ち鳴らすと、ゾロゾロと黒衣を纏った魔法使いたちが現れる。顔も身体も隠しているため、性別すら判断しずらい。黒衣の者たちが背中に背負う大きな十字架は、スパクア教に所属する魔法使いに最も多用されている魔法象徴シンボルだ。


 ヴァルガロッタの魔法使いたちはアメリアの前に来ると、一斉にひざまいた。アメリアは不機嫌そうな面持ちで全員を睨みつける。


「何の御用ですか?」

「我らヴァルガロッタ、『全天』のアメリア様の護衛のために参りました」

「あらあら、護衛。わたくしを殺せる魔法使いがこの世界にいるとでも?」

「それは……。しかし、大司教ともあろう方が護衛もつけずに行動することは許せません」


 単独行動を邪魔されて憤るアメリアだったが、彼女の言葉に答えた魔法使いの声には心配の色が含まれており、これでは怒ることはできない。


 アメリアは破格の戦闘能力を持つがゆえにスパクア教の大司教の座にまで上り詰めた魔法使いだ。生粋の武闘派であり、こういったしがらみを鬱陶しく思っている。早くもユツドーとの日々が恋しくなり、本当に逃げてしまおうかしら……と思ったところで、そのユツドーに関して重要な任務を託す必要があったのを思い出した。


「まあいいでしょう。そういえば異世界転移者に会いました」

「はっ、聖女様の予言通りですか」

「ええ。それでどなたかに重要な任務をお願いしたいのですが……そうですね、あなたにしましょう」


 アメリアは黒衣の者たちの中から、一人を選んで指差した。指定された者は慌てたように前に出る。


「はいっ! えっ、私ですか!?」

「異世界転移者の血液を採取しておきました。これを使って異世界転移者を追ってください」


 アメリアはユツドーの首を噛じった時に採取しておいた血液を取り出す。魔法によって入念に保存された血液を使えば、追跡魔法でユツドーの居場所を追うことは容易い。アメリアは任務を託した者の肩を掴むと、真剣な瞳で見つめる。


「いいですか? 今からあなたに重大な任務を託します」

「は、はいっ!」


 自らが先陣を切って戦う武闘派であるアメリアが、誰かに任務を託すこと自体が珍しい。一体どれほど重大な仕事なのだろうか? 肩を掴まれた者はもちろん、それ以外の魔法使いたちもごくりと唾を飲む。


「異世界転移者のユツドーさんに追いついたら、なるべく近くに居れるようにしてください。そうですね、できれば同じパーティに所属するのが望ましいでしょう」

「はい!」

「そして一日一回はユツドーさんがその日に何をしていたかを報告してください。魔法写真が撮れた場合は高く買い取ります」

「はい! 異世界転移者の監視任務ですね!」

「そしてこれが一番重要なことですが……ユツドーさんと誰かが恋仲になりそうな場合は、徹底的に邪魔をしてください」

「はい! 徹底的に邪魔を! ……あの……今なんと?」

「ユツドーさんと誰かが恋仲になりそうな場合は、徹底的に邪魔をしてください」


 本来であればアメリア自身がユツドーと一緒にいたいところだが、大司教としての仕事が溜まっているため片付けなくてはならない。アメリアとしても忸怩たる思いでの選択であった。


 アメリアの指示に周囲が疑問符を浮かべてざわつくが、異議を唱える者はいない。アメリアの実績から来る信頼が、一見意味の無さそうな指示にも従うべきだとヴァルガロッタに判断させた。


 アメリアの魔力量は、この場にいるアメリア以外の全員を合わせた量よりも遥かに大きい。肩を掴まれている者にとっては、死神に触れられているような心持ちだっただろう。アメリアが微笑みながらさらに念押しする。


「分かりましたね?」

「は、はいぃぃぃぃぃ」


 震え上がった声が辺りに響き渡る。


 アメリアはユツドーの言葉を思い出しながら、薄く微笑んだ。



『組織のごたごたなんか放って逃げてさ。こうやって旅しながら、食って湯に浸かって寝るだけの生活をしてもいいんじゃないか?』

『あら? ではわたくしが逃げた時は、ユツドーさんも一緒に旅してくれますか?』

『別に構わねえよ』



「逃げちまってもいい、ですか。欲しい言葉をくれたのですもの。責任は取っていただかないとね?」

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