広いこの大空を

しちめんちょう

広いこの大空を

黄昏時、あやめ色に染まった空を見ながら僕は浜辺に座る。暖かい風が体全体を吹き抜け、もうそこまで春が来ているということを感じた。君と会ってからもうすぐ9年が経とうとしているんだね────────




桜の花びらがもう全部散ってしまって人々が新しい生活に慣れ始めた頃、君は僕の前に現れた。


僕はいつも1人だった。これからもこのままなのだろうという諦めや悲しみが渦巻いていた。


そんな暗闇の中から君は僕を引き出してくれたんだよ。君との毎日は不安だったけれど、君の眩しい笑顔や君の周りの輝かしい世界が全て吹き飛ばしてくれた。



君は僕がダメな時はちゃんと怒ってくれた。


土砂降りの降る梅雨の時期だった。僕が目指していた夢を諦めると伝えた時の君の顔は忘れられない。君は悲しそうな怒っているような顔をしていた。


あの時君が怒ってくれなければ、背中を押してくれなければ、僕は今の仕事につけていないと思う。


今の仕事につくことができた時、君は自分のことのように泣いて喜んでくれた。僕はその喜んでいる顔を思い出すだけでどんなに挫けそうなことがあっても頑張れる気がしたんだ。



結婚してからの生活は楽しかった。仕事に疲れて家に帰ってくると、君は笑顔で出迎えてくれた。

休日は君の行きたがっていたカフェに行ったりしたね。


恥ずかしくてあまり君に愛情表現をしなかったけど、そんな僕でも君は愛してくれた。今思うともっと愛情表現すればよかったな。



君の病気が見つかって余命があと一年と宣告されたとき、僕は頭が真っ白になってただ茫然としていた。


君のほうがつらいはずなのに、僕に向かって明るく楽しそうに微笑みながら振舞ってくれる。


出会った時から君はどんなことがあっても苦しそうな表情を一切見せなかったから僕は強いひとなんだと勘違いしてしまっていたんだ。



ある晩、目が覚めて水を飲みにリビングへ行くと、君は泣いていた。


僕は馬鹿だった。


君は僕に心配をかけないようにしていただけなのに。君は本当は繊細で、もろくて、傷つきやすいのに。そういう人だと気づくタイミングはいくらでもあったのに。


僕は多分時間をかけて互いのことを知ればいいと思っていたんだろう。いつなくなるか分からない日常が永遠にあるものだと勘違いして。


僕は彼女に抱きついて、泣きながら謝った。君の心に寄り添えなくてごめん、と。


君はそれから楽しさも、悲しさも、苦しさも、全て僕に表現してくれた。僕も君に全部さらけだして、2人で全て半分こにして進んでいくことができたと思う。


亡くなる直前、君は亡くなる直前にも関わらず、笑って僕の今後を心配してくれた。僕は泣いてばかりで君に何も言うことができなかったっていうのに。




───僕は君からはかることが出来ないくらい大きくて、沢山の愛情や輝かしい世界をもらったのに、僕は君に何かしてあげられただろうか。

もっとああすれば、こうすればという後悔が吹雪のようにふってくる。


もし君が今、僕のそばにいるのなら、

君に今、どんな形でもいいから僕から何かをあげることができるなら、

広いこの大空を、眩しくて明るい太陽を、静かに輝いている月を、星々を──なんて言ったら君は、あなたに似合わずロマンチックねって言って笑ってくれるかな、





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