第22話 画策

 ルナさんに慰められた僕はルナさんの隣で話をする。

 それは朝に起きた事。

 東郷くんから言われた不当な取引の事とルナさんの傷心に付け込もうとしている事。

 それら全部を話すと、ルナさんの顔はゆっくりと険しくなっていく。

 僕が全てを話し終えると、ルナさんは憮然とした表情のまま、僕の前に座る。


「オタク、ちょっとこっちに座って」

「え?」

「早く。座りなさい」

「……はい」


 有無を言わせない猛烈な気配を感じ、僕はルナさんの目の前に座ってしまう。

 すると、ルナさんは僕の頬を親指と人差し指で鷲掴みにし、思い切り引っ張った。

 頬が無理やり引っ張られる強烈な痛みを感じ、僕はすぐさま声を上げる。


「る、ルナさん!? い、いふぁい!?」

「痛いに決まってるでしょ、痛くしてるんだから!!」


 ぶにぶに、ぐいぐい。

 何度も何度もルナさんは僕の頬を引っ張り、声を張り上げる。


「オタクは何ですぐにそういうのに負けちゃうの!? 弱虫、意気地なし!!」

「うぅ……ふぉ、ふぉめんふぁふぁい……」

「もっと深刻な理由だと思ったのに、滅茶苦茶下らないし!! これは、お・し・お・き!!」


 バチン、とルナさんは僕の頬を話してから、思い切りひっぱたく。

 涙が出そうになるほど痛烈な痛みが頬に広がり、僕は思わず頬を抑える。

 しかし、ルナさんはぶずっとした表情のまま口を開く。


「それじゃあ、全然足りないくらいだよ、オタク!!」

「ご、ごめんなさい……」

「全く……まぁ、良いや。おしおきは後にして、とりあえず今はもっと話さなくちゃいけない事、あるもんね」


 そう言ってから、ルナさんはふん、と一つ鼻を鳴らし、僕の隣に座る。


「オタク。そういうのはどうしてすぐに相談しなかったの?」

「だ、だって……相談したら、また殴られそうで……」

「殴られたら先生だって頼ればいいでしょ? 別にチクって怒られるなんて良いじゃん。オタクはビビリすぎ!! もっと強くなりなさい。そうじゃないと、あたしが傍から居なくなるよ?」


 ルナさんの言葉を聞き、僕の心臓はきゅっと小さくなる。

 確かに。

 今回の一件はルナさんにこうして話をしてくれたから良かったかもしれないが、一歩間違えたら、ルナさんが僕の傍から居なくなっていたかもしれない。

 最初はそれを許容していたけれど、今は違う。

 ルナさんに離れて欲しくない。


「ごめんなさい……」

「分かった? これから何かあったらすぐにあたしに連絡する事。次無視したら、本気でキレっからね。良い?」

「うん……分かりました」

「良し。なら、良いよ。オタクの事、一旦は許してあげる。それで? オタクはどうしたい?」

「え?」


 ルナさんの問いに僕は一瞬戸惑ってしまう。

 これからどうしたいか。そんな答えは最初から決まっている。


「僕は……ルナさんと一緒に居たいです」

「うん。それはあたしもだよ。ずっとずっとオタクの傍に居たい。せっかく彼女になったんだから」

「よ、良かった……そ、そうだよね……せっかく恋人になったのに……」

「そうだよ。オタクもあたしの恋人なんだからね。もう離れたらだめだよ?」


 ナデナデ、と何度も僕の頭をなでてくるルナさん。

 それを感じて、僕は理解する。

 多分、この先一生、ルナさんには勝てないんだろうなって。

 しかし、何だか目が覚めてきた。

 これはちょっと考えなくちゃいけない。東郷くんについて。

 多分、これから先、ルナさんと関わる事になれば、間違いなく障害になるのはあの男だ。

 きっと、ルナさんと話す事を誰よりも許さない奴。


 僕は真剣に考える。


 今まで、見て見ぬふりをしてきたアイツをルナさんから遠ざける為に。

 ルナさんに酷い事をしてしまった、せめてもの罪滅ぼしで。

 僕が考えていると、ルナさんが首を傾げる。


「オタク? 何を考えてるの?」

「あ、えっと……東郷くんにどう仕返しというか……ルナさんを遠ざけられるかなって思って……」

「ああ、なるほどね……多分、あたしが強く言ってもあいつ、変わんないんだろうな~」


 前からルナさんは東郷くんに対して、強い物言いを続けている。

 けれど、東郷くんが全くめげる事無く、ルナさんとかかわりを持とうとしている。

 つまり、少なくとも正攻法で辞めて、といったとしても、多分、あの手この手で邪魔をしてくるって事だ。そうなると、こっちとしても非常に面倒くさい。


「だから、こんな事になったんだし。それにオタクに危害を加えちゃってるし。彼女としてもそういうの認められないんだよね~。かといって、こっちからボコるのもな~。オタク、できる?」

「で、出来る訳ないよ!!」

「だよね。優しいオタクにそんな事出来ないもんね」


 非常に情けない話だが、正攻法で僕が東郷くんに腕力で勝つ事は不可能だ。

 何せ、僕はオタクだから。

 僕は考える。何か、何でも良い。彼に与えられるショック。

 身体的ショックというよりは、精神的ショックがいいかもしれない。

 精神的ショック……精神的ショック……。


 僕が考えていると、ルナさんが時計を見た。


「あ、やばい!!」

「え? どうしたの、ルナさん」

「終電無くなった!!」

「え?」


 どうやら、ルナさんが帰る為の電車が終わってしまったらしい。

 つまり、ルナさんが帰る事が出来なくなってしまった。これは、つまり?

 僕がルナさんの顔を見ると、ルナさんはてへっ、と舌を出してお茶目に笑ってから口を開く。


「オタク、泊めて?」

「まぁ……事情が事情だから良いよ。多分、僕のせいだし……」

「え? ホント? マジで? やった。よし、あたしはお父さんとお母さんに連絡して、と……」


 こっちは多分、事情を分かっているから説明する必要も無いだろう。

 とりあえず、今は東郷くんの事を……。

 ルナさんが両親に連絡すると、返信があったのかそのまま読み上げる。


「あ、迷惑掛けないようにだって。親から許可を貰ったので、オタク、お世話になるね」

「う、うん……ルナさんは茜と一緒に寝れば大丈夫だと思うから」

「何、言ってるの? あ、あああ、あたしとい、いい、一緒に寝るに決まってる、じゃん」

「へ?」


 いきなり、何を言い出すんだ、彼女は?

 僕が目を丸くすると、ルナさんは恥ずかしいのか顔を真っ赤にしたまま、言う。


「だ、だって……こ、恋人でしょ? 恋人なら、い、いいい、一緒に寝るのって、あ、あああ、当たり前じゃん?」

「ルナさん、大丈夫? 顔、滅茶苦茶真っ赤だよ!?」

「う、うっさい!! そもそも!! オタクが変な無視してなかったからこんな事になってないから!! だから、オタクのせい!! だから、一緒に寝るの!! 分かった!?」


 ルナさんにとっては罰ゲーム扱いかもしれないけれど、僕からしたらそれはご褒美だと思う。

 何せ、あのルナさんと同じベッドで寝られるんだから。

 ルナさんと一緒に、寝る? 僕はそこで思い付く。

 しかし、これは……。僕は少しだけ首を横に振る。


「いやいや、これは……さ、流石に無いよね……」

「オタク、どうしたの? 何か変な、やらしー事考えてるの?」

「そ、そうじゃなくて……東郷くんをこう、遠ざける方法を思い付いたんだけど……」


 僕が言うと、ルナさんが目を丸くする。


「マジ!? ちょ、教えてよ!! それでそれをすぐにやろう!!」

「え? な、内容を聞いたほうが……」

「じゃあ、教えて!!」

「わ、分かった。え、えっとね?」


 僕は思い付いた事をそのまま伝える。

 ちょうど、もうすぐ文化祭でもあるし、方法としては使えなくも無い。

 ただ、最大のネックはルナさんだ。ルナさんがこの方法を受け入れるか否かで変わる。

 僕の口から語られる方法をうんうん、と何度も頷いて聞くルナさん。

 それから内容を理解したのか、一度首を捻る。


「えっと……そ、それ、マジ? お、オタク、えっちすぎない!? エロエロ魔神!!」

「ちがっ!? いや、違わないかもしれないけど、恋のABCだったら全然……」

「や、やんの、それ!? ていうか、それ、効果ある!?」

「あると思う……ルナさんに対する執着は強いし、何より……ショックは大きいから……」


 この方法なら東郷くんの思いの強さを考慮しても上手くいくと思っている。

 逆に言うと、これで上手くいかなかったら、正直手の内ようが無い。

 完全な手詰まりになってしまう。だからこそ、これしかない。


「ぼ、僕も頑張る。もうルナさんを誰にも渡さない為に……」

「……くぅ……ま、まぁ、オタクが良いなら良いけど……」

「ほ、本当!?」

「うん……だ、だって、あたしはオタクの彼女だし……そ、その代わり、その……寝る時に練習しよう!!」

「……え?」

「あ、当たり前でしょ!? はい、けってーい!! そ、そういう訳だから、よ、宜しくね!!」

「え? あ……うん……」


 それは完全なる想定外だ。

 まさか、トレーニングをする事になるなんて。

 果たして、僕は夜、理性を保ったまま生きていけるのか?

 そんな疑問を抱いたまま、僕はただただ呆然とする事しか出来なかった――。

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