第9話 結末


 ――その後。


 北宮の徹底的な捜索が行われ、紅妃殺害にかかわった侍女や女官たちは、その罪に応じた罰に処された。

 黒雪慧も後宮を去った。黒家自体にも厳罰が下されたということだが、後宮内にいては外の子細はわからない。ただ、あの名家ももう二度と高い地位には付けないだろう。


 ただ、確実なのは、これから黒家と紅家の対立は激化していくだろう。

 侍女たちがやったことと言おうとも、紅家はおそらく許さない。


 この対立の火はいずれ大きく燃え上がり、龍帝国の空を焼くかもしれない。

 真実を皆の前で暴いたことを、皇帝は後悔するだろうか。


(――しないだろうな。なんとなく)


 蒼月瑛が入れる紅の茶を眺めながら、胸中で呟く。


「後宮も静かになりましたね」


 蒼月瑛は窓の外を見つめ、感慨深げに呟く。

 視線の先には、秋の訪れを告げる一片の赤や黄色の葉が風に舞っている。部屋の中には淡い菊の花の香りが広がり、窓辺では赤い鬼灯ホオズキが揺れていた。


 四人いた妃たちも二人になり、多くの侍女や女官が後宮を去り、賑やかだった後宮もすっかり静かになっていた。


「でもまたすぐに、新しい妃たちが来るでしょうね」


 蒼月瑛は言って、鈴花を見つめて涼やかに笑う。下界のことなど関心のない仙女のように。


「――蒼妃は、すべてわかっていたのではないですか?」


 問う鈴花に、蒼月瑛は否定もせずに微笑んだ。


「……おふたりの雰囲気や行動――下腹を締め付けない帯の位置、あとは女の勘でしょうか。妊娠している片方が殺されたのなら、もう片方の勢力が怪しいと誰もが思うでしょう?」


 軽やかな笑みに、鈴花は苦笑した。


(――怖い人だ)


 すべてを見通しながら、出しゃばらず、鈴花に情報を与えて傍観に徹した。

 いざとなればどの側にも立てるように。立ち回りのうまい、頭のいい妃である。


「本当に、愚かなことだと思いますわ。ずっと隠し通せることではないのに。それほど、彼女たちも必死だったのでしょうね。あの家は、とても厳格なところですから」


 蒼月瑛は、黒雪慧の侍女と女官たちに憐れみを向けていた。その背後では、紅い影が揺れていた。


 秋の気配を感じさせる風で、窓辺の鬼灯ホオズキが揺れていた。


 夏の残り香を宿した赤い灯が、ふわりふわりと、揺れていた。




 ――その後の冬に、黒雪慧は姫を産んだ。しかし、残念ながら死産だったという。




◆◆◆




 半ば習慣と化してきた蒼月瑛との茶会を終えた鈴花は、自分の宮に戻る。


 そして、宮の前に立っていた人物に気づいてわずかな嬉しさと、そして寂しさを覚えた。

 そこにいたのは焔だった。


 ゆっくりと、落ち着いた足取りで焔の前に行き、その姿を見つめる。

 黒い髪、黒い瞳――わずかなあどけなさと、ひどく大人びた雰囲気を持つ青年。

 その正体はもう気にしないことにした。


 彼が武官であろうと、宦官であろうと、それ以外の何かであろうと。

 これから紡ぐ言葉は変わらない。


「お前には世話になった」

「少しは役に立てたのか?」

「ああ。とても」


 焔は、皇帝に言われて鈴花の手助けにきた。

 事件が解決したいま、もう会うことはないだろう。


「もしよければ、また剣の稽古を見せてくれ」


 別れの言葉の代わりに言うと、焔は意外そうな顔をして。


「いいのか?」


 そう、問うてくる。

 鈴花は思わず笑みを浮かべ、そして頷いた。


「お前の剣はとても綺麗だ。見ていて飽きない」






 後日、鈴花の元に、皇帝から簪が二つ、送られてきた。


 白い花の意匠の、贅を尽くしたような簪と、落ち着いた造りの蝶の簪。一緒に使っても、それぞれで使っても良さそうな逸品だ。


(褒美のつもりだろうか……)


 文も言葉も何もないので意図は読み切れなかったが、悪い気はしなかった。



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