第29話「国主様がいると便利ですねぇ」

「国主様がいると便利ですねぇ」


 手ぬぐいの中で団子状態になりながらも、狐次郎がのんびりと呟く。戌太郎もおっとりと返した。


「本当に。どうしようかと思いましたよ、門番が来た時には」


「戌太郎が複数でまぐわいたいと言うしかなかったですもんねぇ」


「やめてくださいよ。私は嫁さん一筋です」


 あはは、と狐次郎と戌太郎がのんきに会話をしている。申助はその姿を呆れた気持ちで見ていた。


「え、何? 何これ、どうなっているの?」


 トメが周囲を見回している。申助達の姿は見えていないようだった。国主が彼女に視線を移すと同時に、彼女の瞳に一瞬光が灯った。周囲にいる神々の姿が見えるようになったようで顔を青ざめさせる。


「……あの、なんで私まで連れ出したのですか? 私は出たくないって言ったのに……」


 トメが尋ねた。体が小刻みに震えている。これには狐次郎が答えた。


「あなたの話を聞きたいと思いまして。特に富士楽での生活を。それによって今後の対応を考えます」


「今後の対応?」


「ええ。あの場所は稲荷にとって都合が悪い場所なので」


 トメは苦しそうに襟元を正す。


「でも、私達にとっては救いの場所でした」


「……薬を飲まされていてもか?」


 戌二が暗い声で尋ねる。


「薬?」


「あなた達は、薬を飲まされて、思考力を奪われ、あいつらに都合のいい考え方を植え付けられていた。無理に俺とまぐわわなくてもいいのに、接待をしようとしていた」


「え?」


 トメは理解できないという顔をした。


「何を言っているの? 確かに場の雰囲気はあったけど、私は私の意思でアンタとヤりたいと思ったから立候補したの」


 戌二は目を見開く。狐次郎がヒュウと口笛を吹いた。地が出たのか、トメはいきなり強気な姿勢になる。戌二は気まずそうに顔をそらした。


「……そうなのか」


「なのに、実際には治郎兵衛の回し者って言うじゃない! ふざけんじゃないわよ」


 つん、とトメはそっぽを向く。

 申助はどうしていいかわからなかった。ここまでの拒絶をされるとは思っていなかったのだ。彼女の体からは相変わらず甘い香りがしている。洗脳されているのだと思っていたかった。


「国主様、これから国主様の館に向かってもらえませんか? トメを須久那様に見せたい」


 戌二が頭上の梟に話しかける。手ぬぐいを足で掴んでいたので、国主は返事を返すことができた。声は重々しかった。


「まぁ……、そうなるよな。大丈夫だ、向かっている」


「どうしたんですか?」


 気まずそうな国主に戌太郎が尋ねる。国主は低い声を返した。


「……薬の元となった植物を一茎持ってくるのを忘れていた。須久那に持って来いと言われていたのに……」


 心なしか国主の羽ばたく速度も遅い気がする。

 万能な神である彼も妻には弱いのか、と場に生ぬるい空気が流れたのだった。








「えー、生体を持って帰ってきてくれてないの!?」


 想像していた通り、国主に富士楽にあった大麻のような植物の茎を持って帰るのを忘れたと告げられた須久那は頬を膨らませた。じとり、と国主を睨む。

 帰るのが遅かったために彼女は心配して門の前で待っていてくれたのだった。そこへ梟に変身した国主が帰ってきて、開口一番に忘れたと言ったものだから須久那は腕を腰に当てて大声を出した。


「じゃあ一体何しに行っていたの? こんなにたくさんお客様を連れてきてさ」


 須久那が視線をずらすと、戌太郎、狐次郎、戌二、申助、トメと並んでいた。狐次郎と戌太郎はニコニコと笑い、手まで振っている。


「いやぁ、姐さん、相変わらずですね! 安心しました! それについてはこの宇迦之御魂神様第一の腹心、狐次郎が説明をしましょう!」


 相変わらず無駄に格好つけながら狐次郎が前に出る。須久那は動じた様子なく彼を見上げた。


「狐次郎、久しぶり。君も相変わらずね」


 彼女は踵を返す。


「まぁ、とりあえず皆あがっていって。お茶を入れるから」




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