第16話 もしあなたさえ良ければ何日でもいてかまわないからね
集落に入り、まず連れて行かれたのは小さい朱塗りの小屋だった。厚い門に金色の取っ手がつけられ、角にも金色の細工が施されている。門番は扉を数度叩き、挨拶をする。
「
ここにいるのは御霊之神というのか、と申助は扉を見つめる。
中から了承の意を伝える返事があった。
ギィ、と重い音を立てて中に入ると、薄暗い室内には男が三人、円を組むように座っている。全員柔和そうな顔をしてニコニコと笑っていた。五十代前後に見える小さな男が一人と、三十代に見える体格のいい男と細長い男だった。
五十代ほどの男は髪にところどころ白髪が混じっており、申助よりも少し背が低い。黄色い肌と赤い頬は痩せており、骨と筋で構成されているようだった。
体格の良い男は御霊之神と呼ばれていた男で筋骨隆々としており、顔には自信が漲っていた。申助よりも頭一つ分大きく、喧嘩したらまず敵わないだろうといった風格があった。
細長い男は筋肉はついているが御霊之神ほどではなく、落ちくぼんだ目が印象的だった。手がやたら汚れており爪の中に緑色のゴミが溜まっている。
門番の女性が二人頭を下げた。
「先程、彼女が犬に追いかけられていたところを見つけ、保護しました。一晩だけでも匿いたいのですが、問題はありませんでしょうか?」
中央に座っていた三十代ほどの細長い男は立ち上がり、申助の正面へと来る。顎を掴まれ、左右から顔を覗き込まれた。恵比須顔が崩れ、ギロリとした瞳が姿を現す。
「ふぅむ、お前、何故ここに来た」
無遠慮に触られ、背筋に悪寒が走った。申助は目を伏せる。本当は触るなと言ってやりたいところだった。
「はい。……輿入れのために来ていたのですが、疲れて休んでいたところを山犬に追いかけられ、従者とも離れ離れになってしまいこちらのお二方に助けて頂いたのです」
男は申助の衣服を見る。単衣は犬神族の家にいた頃は日常的に着ていたので値のはるものではないが、庶民が精一杯めかし込んでいるものだとも見える。
「なるほど。では、一晩お泊まりなさい。もしあなたさえ良ければ何日でもいてかまわないからね」
にこりと男は微笑むと申助から手を離す。急に優しくなった顔に違和感を覚えた。
小屋を退室すると、外で待っていた門番達が快活に笑い背中を叩いた。
「よかったね。もし何ならここに住み着いたっていいんだよ」
「ここはどういうところなんですか?」
申助はキョロキョロと周囲を見ながら尋ねた。行き交う女性たちは皆笑顔である。
「御霊之神様を代表にした、女性が幸せに暮らせるように作られた集落だよ」
「女性が幸せに?」
「そうさ。あんたも輿入れの最中だったようだけど、それはアンタの意思で望んだ結婚かい?」
尋ねられ、言葉につまる。頭に戌二のことが思い出された。門番は訳知り顔で続けた。
「望んでもいない結婚をさせられる事はよくある話だが、考えてみたらおかしい事だと思わないか? 私達は奴隷じゃない。なのに何故親や兄弟の都合で結婚をさせられなければならないんだ?」
申助は口を引き結んだ。
申助は政略結婚だったが、勝負に負け、自ら望んで姉の代わりになることを志願した。そう思ってはいるが、以前戌二と話している際にそれすらも母の思惑通りだったのかと考えてしまった事があった。猿神族は母系社会だから、女である姉よりも男である申助のほうが存在としては軽い。だから姉の代わりに男の申助を女にしてまで犬神族に嫁がせたのではないのか、と。
「……それが嫌になって、みんなここに逃げて来たのですか?」
申助は思考を振り払い、小首をかしげて返した。
「少なくとも私はそうさ」
もう一人の門番が胸を反らす。
「私はね、結婚が嫌で嫌で仕方なかった。相手の男が好きじゃなかったんだね。だから、夜這いをされても全力で拒否をしたし、嫌すぎて走って村を飛び出した。そうしてさまよい歩くうちにこの富士楽にたどり着いたのさ」
「私もだね。でも、私は次女だったから、家に残るわけにもいかなくて奉公に出されることになったんだ。そこのオヤジが助平でね。権力を傘に女中に手を出しまくって、私もやられそうになったんだ。だから逃げてきた。ここは本当に快適だよ」
二人が周囲を見渡した。つられて申助も視線をめぐらす。この集落の女性が朗らかに笑うのはそういう理由があったからなのだろうか。
「アンタも、もし輿入れが嫌だと言うのならばいつまでもここにいていいんだからね」
門番の一人が優しく瞳を細める。申助は何とも言えない、曖昧な顔で頷いた。
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