第15話 「お、おい! 罰当たりだろ!?」

 狼なので足は戌二のほうが早い。

 結局行き先は同じなので途中から申助は戌二の背中に乗って目的地に向かった。木々をかき分け道なき道を走り、たどり着いたのはまだ新しい塚だった。こんもりと盛り土がなされており、小石が積み重ねられている。


「墓?」


「こんなところにか?」


 戌二はくんくんと匂いを嗅ぎながら盛り土の方へと近づく。そして、土を掘り返し始めた。


「お、おい! 罰当たりだろ!?」


「嫌ならあっち向いてろ」


 言われても申助は言葉には従えなかった。

 この下にあるモノに嫌な予感が働く。結局戌二を止められないまま彼の行動を見守っていた。

 ザリ。

 戌二の穴を掘る手が止まる。むわりと何かが腐った匂いが周囲を包んだ。あまりにも臭くて申助は鼻を押さえて後ずさる。

 中からは、死んだ赤ん坊が数体出てきた。


「う、うぇええええ」


 申助は気持ち悪くてその場で吐き出してしまった。死臭に鼻が曲がりそうになる。

 戌二も険しい顔をして赤ん坊の死体を見つめている。申助ならばここで逃げ出すところだったが、戌二は更に掘りすすめた。


「おかしい」


 手を止め、赤ん坊の数を確認した戌二は唸る。


「何がだよ……。てか、よくそんなの見られるよな」


「俺だって出来れば見たくない。でも、男の子供しかいない」


 戌二は申助に促す。申助は気乗りがしなかったが渋々戌二の隣に行って様子を確認した。

 赤ん坊は全部で五人。全員男だった。死亡時期はまちまちで、一番新しい子はつい昨日死んだような肌の色をしていたが、古い子はミイラになってしまっている。


「普通男女の産み分けはできない。だったら確率からしてこの中の半分は女のはずだ。なのに中には男しかいない」


「……あえて男を選んで殺して捨てたってことか?」


 こくり。戌二は頷いて再び赤子の上に土を盛っていく。

 心臓が重くなった。男だからと軽んじられていたかつての自分を思い出し、申助は強く頭を振る。

 元通りに盛り終わると小石を塚の上に置き、申助は手を合わせ戌二は叩頭した。赤ん坊たちが無事に成仏できるようにと祈りをささげる。


「俺の上に乗れ。匂いを追いかける」


 申助は戌二の背中に跨った。申助が乗ってもまだ、戌二の方が足が速い。戌二は周囲の匂いを嗅ぐと走り出す。死臭が来た方角に向かっているのだろう。


 それは申助も感じていたもので、戌二が向かう方角に行くに従って薄くなっていっていた。入れ替わるように甘くべとつくような何とも言えない香りがしてくる。

 申助は振り落とされないように必死でしがみつきながらも独特な香りに頭がクラクラとしていた。


 しばらくすると沢山の朱塗りの鳥居が並べられた場所に行き着いた。山の中にいきなり現れたものだから異界への入り口のようにすら感じられる。


「なんだ、あそこ」


「最近流行りの稲荷の鳥居だな」


 用心深く中に入った。神域に入り込む様子はなく、この鳥居に呪力はないようだと見当をつける。中に一柱でも神がいたらくぐった途端に存在を感じるのだ。

 何本もある鳥居の間を進んでいくと大きな木の塀が建てられており、朱塗りの門の前に女性が二人、槍を持って門番として立っていた。咄嗟に戌二は足を止めて鳥居の影に身を隠す。


「ん?」


 門番の一人が前を見た。


「さっき、何かいたような……」



「野良犬じゃない? ほら、あそこに尻尾が見える」


 もう一人が答える。戌二は犬ではなく狼なので不満そうにしていたが、あえて訂正することでもないと鳥居の外へと歩いて行った。

 戌二の背に乗った申助が話しかける。


「こんな所に集落があるんだな」


「稲荷の信仰にまつわる場所のようだが、神社というわけでもなさそうだ」


 裏手に回ると小さな扉があった。ここから入れないかと押してみるがびくともしない。引いてもダメだった。


「よし、戌二。トメさんの櫛を貸してくれ。俺が上から見てみる」


 申助は戌二が首に巻いていた風呂敷包みから櫛を取り出すと、ぴょん、と木にしがみついた。するすると登り、塀の中を見渡せる高さで止まる。


 中は、村という集落には小さく、大小あわせて家が五つしかなかった。

 西側に二階建てで茅葺き屋根の大きな家が一つあり、取り囲むように一番大きい家の半分ほどの広さの家が二つ、六畳ほどの小さな家が三つ建てられていた。


 小さな家の方が作りが良く、外装は赤く塗られていた。大きな家はというと、周囲を人間が行き来しているのであそこが人間の居住空間なのだろうと推測できる。


 東側はというと、大きな畑があり、桑が栽培されていた。隣に青菜や大根、サツマイモといった作物が植えられている。更にその奥に竹塀が建てられており、蔓性の植物が育てられていた。


 畑で農作業に従事しているのは全員女性だった。彼女たちは楽しそうに笑っている。女性の楽園、という言葉が申助の頭によぎった。同時に、先程捨てられていた男児の遺体も思い出す。


 嫌な予感にゾ、と背筋が粟立った。


「おい、どうなっているんだ」


 下から戌二が尋ねる。申助は木の上から降りた。


「なんか、女がいっぱいいた。てか、ここには女しかいないんじゃないのか?」


 答えると戌二は不思議そうな顔をする。


「女しかいない集落? 何故?」


「それは俺が聞きたい。この中にトメさんもいるのかな」


 申助は櫛を取り出すと再び匂いを嗅いだ。油の中にある、人間独自の香りを記憶する。


「匂いは微かだがこの中からもするな」


 戌二も頷く。

 なるほど、と申助は人間の姿に戻ると戌二の抱えている風呂敷から自分の衣服を取り身に纏う。


「よし! 行ってくる」


「ちょっと待て」


 踵を返そうとした申助の裾を、未だ狼のままの戌二が噛んで引き止める。


「どこに行くんだ」


「だから、この姿で中に入ってくるんだよ。ちゃんと女に見えているだろ?」


「こんな山中にお前みたいな襦袢に単衣を着た女が一人でいるわけないだろう。怪しまれるに決まっている」


 それもそうか、と申助は立ち止まった。


「それに、人間には俺達の姿は見えないだろう」


「いや、それがどうやら声は聞かせられるようなんだよ。実際に昨日俺は次郎兵衛に話しかける事ができた」


 戌二はふん、と鼻をならす。


「話しかけられても姿が見えるとは限らない」


「じゃあ、あそこの門番で試してみたらいいだろ?」


 返すと申助は門へ向かって歩き出した。


「万が一猿に見られて捕まったらどうするんだ」


 戌二が単衣の袖に噛み付いてくる。


「こんな山奥なんだから猿くらいいくらでもいる。見逃してくれるだろ。お前だってさっき見逃されただろ」


 大丈夫だ、と胸を叩いて安心させようとしたが、戌二は眉間にシワを寄せ、ふぅふぅと息をもらしていた。噛むな、と自分の服を引っ張るが、戌二の力も強く、引き払えない。

 ふいにひゅ、と戌二が噛んでいる衣の部分が槍によって切り取られた。

 何事かとそちらを見ると、申助の腕が引かれ、誰かの胸元に吸い寄せられた。


「この野良犬! さっさと失せろ!」


 先程の門番の一人が戌二に向かって槍を振りかざし威嚇していた。

 もう一人の門番の背中に申助が隠される。どうやら彼女たちの目には女が犬に襲われていると見られたらしい。

 戌二はあんぐりと口を開けて彼女たちを見ている。


「怪我はないか? もう大丈夫だ」


 申助をかばってくれた門番が振り返る。彼女の瞳にはか弱い女性の姿が映っていた。

 どうやら呪符を身につけている時には人間にも申助の姿が見えるようだった。

 作戦成功だ。


「ありがとうございます! 先程からこの犬に追いかけられてしまっていて怖かったんです」


 さも助かったというように門番に抱きつく。戌二の冷たい視線を見てみぬふりをして目に涙まで溜めてみせた。


「私、従者ともはぐれてしまって……。本当に困っていたんです」


「……………………」


 一瞬歯茎を見せたものの、戌二はそれ以上は何も言わずに踵を返すと森の中に消えていく。流石に見捨てることはないだろうし、これが申助の演技なのだとわかっていただろうから近くで待機していてくれるだろう。


「可哀想に。でしたら、こちらの集落で休んでいかれますか? ここは富士楽といい、女性ならば誰でも歓迎している集落です」


「いいんですか!?」


 申助は目を見開いた。

 こんなにあっさりと物事が運ぶとは思わなかった。こうして、申助は門番たちに案内をされて門の中へと入って行ったのだった。



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