第13話 どうか俺の嫁を返してください。
こうしてお互いの体を求め続け、三日が過ぎた。今回の発情期は早く終わったな、と申助はぐちゃぐちゃになった布団を見て思った。
本当に朝から晩までまぐわっていた。戌二が達したら少しの休憩が挟まるが、その間にもお互いの体を触りあうものだから動けるようになったらまた激しく求めあってしまう。
猿神族は七日間近く発情期が続くのでこれは短いほうだと言えるだろう。
申助は隣で気持ちよさそうに眠っている戌二を見る。
体を繋げた後だからだろうか、彼の顔を見ているとぎゅうと心臓が締め付けられる心地がした。そんな自分の思考に気が付き、ぶんぶんと頭を振って考えを散らす。
けれどやはり、この三日の間知らなかった戌二の顔を見たことで、彼に対する好感度があがってしまっていた。この小堂もきっと彼が掃除してくれたのだろうし、妖怪を蹴散らし連れ出してくれた姿はかっこいいと思ってしまった。抱くつもりだったのに抱かれてしまったのは想定外だったが、あれだけ気持ちよくされたら文句を言いづらい。
まだ、もっと、とねだる申助につきあって体を繋げてくれ、色々な性感帯を開発された。申助は自分が乳首や首筋、太ももを触られてよがる日がくるなんて思ってもいなかった。
「何、顔を赤くしてんだ」
もぞり、と戌二がみじろぎをし、目を開ける。
ひ、と申助は震え、顔をそらした。
「赤くしてねぇ! てか、猿神族なんだから、顔は赤くて当たり前だ!」
「体、痛いところはねぇか?」
戌二は起き上がると持ってきていた風呂敷を広げる。中には何種類もの薬に包帯、油に手ぬぐいが数枚入っていた。
「なんだそれ?」
尋ねると、戌二は中の貝殻を手に取る。この中に薬が入れられているのだ。
「傷薬に効く軟膏。どこも痛めてないか?」
戌二は朝の白い光の中で申助の体をまじまじと眺める。つられて自分も体を見た。たくさんの鬱血痕があるが、傷はつけられていない。
「大丈夫。……てか、それどうしたんだよ。たくさんの種類があるみたいだけど」
嫌な予感がしながらも尋ねる。
様々な種類の貝殻の蓋には「打ち身」や「切り傷」といった表記があった。飲み薬もあるようで、胃薬やら頭痛薬などもある。
「須久那様のところでもらってきた。ついでに男同士のやり方も聞いてきた」
あっさりと返され、申助は元々赤い頬がさらに染まる。
「なっ……、そ、そういえばお前、ヤってる間に誰かから聞いたみたいな事言ってたよな? あれってもしかして……」
戌二は頷く。
「そう。須久那様。ちゃんと断面図まで書いて説明してくれた」
申助は頭を抱える。なぜ女神である彼女が男同士のまぐわい方なんて知っているのかと思うが、彼女は医療を司る女神だ。神々の体についても詳しいのだろう。
「お前、ふっざけんなよ!? 次に須久那様に会った時何て言えばいいんだよ!」
「別に気にしないって言っていた」
どうやら戌二は申助との今の状況を喋ったのだろう。彼の夫である国主も須久那と同様に犬神族と猿神族に対しては中立の立場である上に、あの二柱があえて告げ口をするとは思えない。
頭を抱えて羞恥に悶える申助を見て戌二が鼻を鳴らす。
「おかげで無事に発情期を終えれてよかったじゃねぇか。傷薬もたくさんもらったし」
彼は軟膏に視線を落とす。特に切り傷、打ち身の薬は多くあるようだった。
くらりと目眩がする。黙っていると戌二は憮然と続けた。
「お前を傷つけたくなかったんだよ……。だから、なりふり構っていられなかった」
ぐ、と申助はつまった。そんな事を真顔で言うな。頬が熱い。これ以上赤くなる顔を見られたくなかった。そっぽを向いて顔を隠そうとする。けれど、伸びてきた戌二の手によって阻まれた。
彼の手のひらが額につけられる。
「熱はないな。もし体がだるいようだったら、解熱剤を飲ませろって言われた」
粉薬の入った懐紙を渡してくる。色々言いたい事はあるが、黙って受け取っておいた。
「あ、でも、もう水がない」
申助はきょろきょろと周囲を見回す。この三日の間に全部飲んでしまっていた。食事も最低限しか取らず、ずっとまぐわっていたのだ。
戌二も気が付いたようで「ああ」と呟き、空の風呂敷包みを首に巻いた。
「取ってくる。ついでに飯ももらってくるから、誰が来ても絶対に出るなよ」
彼は転変し、狼の姿になって祠の外へと出る。ぶわりと風が舞い、扉が開いたと思ったら次の瞬間にはまた風によって扉は閉められていた。
残った申助は火照る頬を両手で押さえ、その場に倒れこむ。
「……甲斐甲斐しいじゃねぇか」
ばくん、ばくんと心臓がうるさい。申助は頬を押さえて両足をバタバタと動かして気恥ずかしさをやり過ごしたのだった。
戌二が出て行って半刻程が過ぎた。羞恥の波が引き、せめてぐちょぐちょになった服や布団をなんとかするか、と申助は起き上がり衣服をまとめる。何日か分の服を持ってきてくれていたので汚れていない服から一枚取って着替えた。
布団は干す必要がありそうだったが、戌二に外に出るなと言われた手前外出するわけにもいかず、せめて、とばかりに障子の窓ごしに差し込む日光に当てておいた。戌二が戻ったら干そう。
ガサリと足音がする。帰ってきたのだろうかと木戸のほうを見ると、がらんがらんと鈴の音がした。
戌二があえて鈴を鳴らすとは思えないので参拝客だろう。
こんな山奥の寂れた神社に人間が来るとは思えなかった申助はついつい木戸に近寄り、聞き耳を立てた。
「神様、どうか俺の嫁を返してください。村の者皆があいつは神隠しにあったんだと言っております」
申助はキヌに最近は神隠しが流行っていると言われた事を思い出す。どうせ、彼の嫁も彼に愛想をつかして出て行ったのだろう。今頃江戸や京のほうで楽しくやっているのじゃないだろうか。
男は更に続けた。
「俺の嫁だけではありません。三吉の嫁も、作兵衛の嫁も、信介兄さんの娘も神隠しにあっております。俺の村からだけではありません。近隣の村々でも嫁や娘が神隠しにあっております。お願いですから、返してください」
男がどんな顔をしているか見てみようと申助はそろりと木戸を開ける。
二十代手前の塩顔の好青年がそこにいた。戌二ほどに見目が麗しいというわけではないが、けして悪くはない。
この男と結婚しておきながら不満があったのだろうか、と申助は首をかしげる。もちろん人間は外見から中身の予想はできない。どんなに顔がよくても性格が悪ければ愛想をつかされる。
けれど、男はいなくなった嫁を心配してわざわざお参りに来るくらいには愛していたのだろう。更には男の語った内容も気になる。申助はせいぜい一つの村から一人いるかいないかといった程度の話だと思っていた。
だからつい、口をはさんでしまった。
「それはどのくらいの期間で起こった話なんだ?」
尋ねると、男は口をあんぐりと開けて小堂を見た。
「……は? 今、声がした……のか?」
信じられないようにきょろきょろと周囲を伺う。申助は人間に声が通じる事に驚いていた。
人型の際には人間には話しかけられず、姿も見えないようだった。転変していれば猿の姿で認識してもらえたが、言葉はキィキィと鳴き声に変換されて聞こえるようだった。
ここが神域で、目の前の男が熱心に祈っていたからだろうか。こほん、と申助は威厳があるように努めて声を出した。
「私はこの神社に宿る神の……友人である」
妻と言うべきか迷ったが、気持ち的には友人だったのでそのまま紹介した。
「お前、自分の嫁が神隠しにあったと言うが、それはどのくらいの期間で起こったことなのか教えてくれないか?」
申助が続けると、男は驚いて後ずさり叩頭した。
「こ、これは、本当に神様がいるとは思わず……! 大変失礼をいたしました!」
「いや、だから、神隠しの頻度を……」
「私の嫁は二十日ほど前に消えました! 一生懸命銅鑼やほら貝を吹き鳴らして山の中を捜索いたしましたが、一向に見つからず今日まで来ており、どうにか戻ってきてもらえないかと神様のお力をお借りしようと……」
「で、三吉とやらの嫁は?」
放っておいたらいつまでも話しかねないので申助は話を他の嫁のものにしてしまう。
男は恐縮したように続けた。
「三吉の嫁は二ヶ月前でございます! 他にも複数の家でこの一年の間に嫁や娘が神隠しにあっております! ひどいものだと嫁入り直前になって神隠しにあうといった事も起こっております!」
「……なるほど」
確かに多い。そんなにいっぺんに女性が失踪するなんてことはこの辺りでは滅多にない。
「わかった。俺の方でも調べておく。嫁を必ず返すとは確約できねえけど……」
「ありがとうございます!」
男は額を地面にこすりつけながら返した。そんなにしなくてもいいのに、と思いながら申助は続ける。
「お前の名前は? あと、嫁の名前も教えてくれ」
「はい! 俺は治郎兵衛と申します! 嫁の名前はトメです!」
「わかった。もしよければトメが普段使っていたものを持ってきてくれないか?」
これは匂いを元に探すためである。治郎兵衛は頷いた。
「はい! でしたら明日の朝いちばんにトメの使っていた櫛や服を持ってきましょう!」
「おう。待ってるな」
返すと治郎兵衛は何度も頭を下げて帰っていった。
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