第31話 どうやって書けば



 新しい年を迎えて、三が日が明けるとすぐに碧たちALOは活動を再開させていた。もともとの活動日である火曜日と金曜日以外にも、カラオケボックス等に集まってお互いのネタを見せあい、全員でもっと面白くするために意見を出し合っていく。


 KACHIDOKIの予選、ALOの出番は一月二八日の土曜日だ。三週間程度という残された時間、誰もが少しでも今より面白くするために必死だった。碧もどうすれば準決勝、そして決勝に進めるか頭を振り絞る。


 人を笑わせるために、真剣になる五人。集中している分、一日一日があっという間に過ぎていった。


 それは碧と筧のネタ合わせも同様で、予選本番が近づくにつれて、二人の熱は自然と高まりを見せる。


 筧は今回の予選のために新ネタを書きおろしている。今までのネタでは予選突破には足りないと考えてのことらしい。


 避難訓練を題材にしたネタは今まで以上に二人の掛け合いが多い。最初に伝えられたときは碧には少し難しい印象があった。でも、ネタ合わせを重ねていくうちに一つ一つでも形になっていく感覚があって、完成形は今までのネタの中でも一番面白いものになる予感が碧はしていた。


 準備期間が短い分、ネタ合わせもより密度の濃いものとなって、毎日終わったときには頭も身体も疲れ果てている。


 しかし、立ち止まってはいられない。残された学外での舞台が予選で終わることは、二人とも望んでいなかった。


 KACHIDOKI予選に向けた準備は、急ピッチで進められていく。碧も充実感を覚える暇もなく、ネタ合わせを重ねる。


 その甲斐あってか、少しずつでも自分たちのネタが面白くなっていると碧は感じていた。それは他の四人も同様で、予選を突破できるという空気が五人の間に漂い始める。


 KACHIDOKI優勝という目標に向かって、一直線に進んでいく碧たち。


 そんななかでも、碧には一つ懸念事項があった。


 仰向けになって座布団に倒れる。天井に向かって息を吐く。肺に入り込んでくる暖房の温い風。「どうしよう」と呟いた碧に反応はない。


 こたつの上には大学ノートが開かれている。書かれているのは「どーも、スケアクロウです」、「よろしくお願いします」というお決まりの文句だけ。


 KACHIDOKIの予選が一週間後に迫った日の夜。筧とのネタ合わせを終えた碧は、追い出しライブ用のネタを書こうとしていた。でも、結果は惨憺たるもので、ボケの一つも思いつかない。


 年末年始に実家に帰ったときも、書こうと学習机には向かっていた。ネットでネタの書き方を解説している記事もいくつも読んだ。


 それでも現実として、碧は少しも筆が進まずにいる。明かりもなく、暗闇の中に放り出された気分だ。


 筧は毎回こんな大変な思いをしてネタを書いていたのかと思うと、改めて尊敬の念が湧いてくる。


 自分にネタを書く才能はない。そう思い知らされる日々が、碧には続いていた。


 でも、自分でネタを書くと筧に表明してしまった以上、碧は投げ出すわけにはいかない。


 もう一度体を起こして、大学ノートに向き合ってみる。だけれど、まっさらなページに飲みこまれて、頭は真っ白になったように、何も浮かんでこない。


 自分一人で考えるのには、限界があるのかもしれない。


 碧はスマートフォンを手にした。ラインのアプリを開く。


 誰に相談すればいいか。


 碧は友達リストの中から、その人物を選んで短いメッセージを送った。


〝平川、今ちょっといい?〟


 時刻はもう夜の一二時を回っている。もしかしたら、平川はもう寝ているかもしれない。


 だから、碧はたとえ既読や返信がなくても落胆しないように構えた。


 しかし碧の予想に反して、既読は送信してからわりあいすぐにつけられる。まるで面と向かって会話しているかのように、返信もすぐに続く。


〝うん、いいよ。上野、どうしたの?〟


 素直に受け入れてくれた平川のラインを目にしてもなお、碧は少し迷ってしまう。


 本当に平川にこんなことを相談していいのか。


 でも、自分からやり取りを切り出した手前、「やっぱいい」と送るのは、碧には気が引けた。


〝エメラルドシティのネタは、平川が書いてんだよね?〟


〝まあ新倉さんも書いてくることもあるけど、大体私が書くことが多いかな。それがどうかしたの?〟


 重ねて訊かれて、碧は小さく息を呑んだ。一文字一文字確かめるように入力して、「送信」をタップする。


〝漫才のネタって、どうやって書けばいいの?〟


 平川が返信をよこすまでには、少し時間があった。もしかしたら、質問がおおざっぱすぎたのかもしれない。平川は困惑していないだろうか。


 沈黙に耐えかねて、碧は事情を説明するラインを書き始める。だけれど、それを送信するよりも、平川が返信を送ってくる方が早かった。


〝えっ、どうやってって上野、ネタ書こうとしてんの? 確かスケアクロウのネタは、全部筧さんが書いてんだよね?〟


〝そうなんだけど、私も漫才やってるうちにネタが書きたくなってきちゃって。筧とも相談して、三月の追い出しライブでやる漫才は、私がネタを書くことになったんだ〟


 スケアクロウが解散することには触れず、簡単に事情を説明する碧。平川もただ一言〝なるほどね〟と返している。


 その裏に隠された意味を、碧は推測しなかった。平川がスケアクロウ解散を悟っていようがいまいが、これからする相談には関係ない。


〝でも、いざ書き始めようとしてみても、全然うまくいかなくて。本当にボケの一つも思い浮かばなくて。平川は高校のときからネタを書いてんだよね? だから、どういう風にネタを書いてるのか教えてもらえたらなって〟


〝うーん、教えるって言っても、私もそれほど多くのことを考えながら書いてるわけじゃないからなぁ。最近じゃもう手癖としか言いようがない感じだし〟


〝ていうか、碧はどこで詰まってんの? もう題材は決まった?〟


 そう平川に問われて、碧は頭を悩ませる。正直、今の碧は何が分からないのかさえ分からない状態だった。


〝いや、それすらも決まってない。何でも書いていいってなると、逆に何書けばいいか分かんなくなっちゃって〟


〝そっか。じゃあ、なんか私がお題とか出した方がいい?〟


〝いや、それはちょっと……。初めてのネタだから、何について書くかも自分で決めたい〟


〝なるほどね。まあ私から一個アドバイスをするとしたら、初めて書くネタの題材は、自分の外側に求めない方がいいと思う〟


〝どういうこと?〟


〝自分の内側にあるものの方が書きやすいってこと。上野だって好きなものとか関心のあるもの、あるでしょ? よく知ってるものの方がボケも浮かびやすいし、何より自分でやってて楽しい漫才になるよ〟


 平川のアドバイスは実用的で、自信満々といった顔が碧には見えるようだった。


 それでも、碧にはすぐにこれだ! という題材は思い浮かばない。


 もちろん好きなものは碧にもある。テレビ、漫画、音楽。でも、そのどれもが胸を張って好き! と言えるまでには至らない。


 薄い好きという気持ちに、自分がからっぽの存在にさえ碧には思えてしまう。


 それでも碧は指を動かして、返信を打ちこむ。平川の言うことは、道理が通っていると思った。


〝そうだね。考える一個のヒントになったかも。ありがとね、こんな遅い時間にもかかわらず〟


〝全然、大丈夫だよ。また困ったらいつでも相談してくれていいからね。上野がネタを完成させられることを、私も微力だけど願ってるから〟


〝ありがと。私、がんばってみるよ〟


 〝じゃあ、おやすみ〟。そう碧がラインを送ると、すぐさま平川も〝おやすみー〟と返してきた。やり取りを終えて、碧はスマートフォンをベッドに放る。


 そのままもう一度起き上がって、大学ノートに「好きなもの」と書いた。


 でもそれ以降、碧の右手は固まったように動かなくなった。誰に見せるわけでもないのに、書くことをためらっている自分がいた。


 シャープペンシルを置いて立ち上がる碧。


 きっとまた、明日からの自分が考えてくれる。そんな根拠のない楽観的な予測を抱いていた。




(続く)

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