03-02:謀略の渦

「実を言いますと」


 数秒の沈黙の末に、エルドは言った。


「我々ギラ騎士団は、すでに魔神サブラスの調査を行っております。事後になって申し訳ないのですが、我々の組織の性質上、そもそも許可など貰わなくても良いというのが事実でありましてね」

「くだらぬ枕詞まくらことばは不要だ。要点から言え」


 エライザのその鋭い視線を向けられても、エルドは全く狼狽うろたえない。それどころか、三人の座るソファに向かって近づいてきてさえいた。


「まず」


 エルドは両手を動かしながらやや声のトーンを上げた。


「まず、サブラスは格の低い魔神です。ウルテラは言うに及ばず、ハルザードやガメス、キクレス、パルドゥーンなどにも遠く及ばない」

「つまり?」


 アリアが先を予測しながら、エルドを促す。


大魔導級であれば、制御し得る可能性が高い。ということです」

「制御……」


 ヘレンが値踏みするように繰り返す。


「魔神を制御。確かにそれが可能であれば、強大な抑止力となりましょう。しかし――」

「それだけではありませんよ、女王陛下。魔神サブラスには他にはない特殊な能力があるのです。我々はそこまで突き止めました」


 エルドは大げさな身振りでそう言った。まるでプレゼンテーションでもするかのような、淡々とした演技じみた所作だった。ヘレンはその透き通った青い目を細める。


「その能力とは?」

「それはつまり、複製能力です」

「複製能力?」


 怪訝な声で問い返すエライザ。アリアはエルドの陶器のような顔を凝視している。


「サブラス自体を増殖させることが可能だということです。もっとも、いわば劣化複製でしょうが、それでも魔神の力を有しているのは間違いない。つまり、魔神サブラスを御すことさえできれば、必然何十何百もの魔神を従えることができる可能性がある、と」

「魔神を量産できるとでも」

「我々ギラ騎士団の研究では、少なくとも無制御の量産は意のままです」


 その言葉にエライザたちは一様に押し黙った。魔神の量産というのは眉唾だったが、人造無制御となれば話は少し違っていた。エライザたちは、人にかけられるべきリミッターが最初からない者たちである。人造無制御というのは制御を取り払った者という意味だろうとエライザたちは理解した。そうであれば、魔神の力を用いれば或いは――そう考えたのは事実である。


「これはメレニ太陽王国との関係を一変させる機会になりましょう。数十から数百の、しかも補充の容易な風の騎士団セインスを手に入れられるようなものです。長きに渡る隷属れいぞくの歴史に終止符を打つ事ができましょうぞ?」


 エルドは立ち止まって三人を見回す。


「今回、我々のこの慎ましやかな要求を飲んでさえいただければ、有事の際には大魔導数名分の戦力を供与することもやぶさかではない――我らが総帥はそうとも明言しています」

「そこまでうますぎる話だと、どうにも信用ならぬのだが」


 エライザは腕を組む。警戒は解いていない。


「腹の探り合いも嫌いではありませんが、明確にして明白な実利の前には、かようなことは虚しいだけとは思いませんか、聖騎士エライザ。サブラスほど我々人類の役に立ち得る魔神は、もしかしたらおらぬやもしれませんよ」


 エライザは目を閉じる。アリアとヘレンは険しい視線を交わし合う。エルドは両手の人差し指を立てる。


「魔神サブラスの力、我々ギラ騎士団の力。これがあれば、ディンケル海洋王国は戦うことなく、世界最強の国家の地位を手に入れることができるでしょう。そう、戦わずして、です。もっとも、今と同じ話をメレニ太陽王国の宮殿でしたとなれば、状況は一変するのでしょうけどね」

「……脅すつもりか」


 エライザの青紫の眼光がエルドを射抜くが、エルドは余裕の態度を崩さない。


「我々としては何処を利することになろうが、そんなことは問題ではないのです。魔神サブラスの発掘と研究を自由にさせてくれるのであれば、ですが。我々があなたがたと手を結ぼうとしたのは、ひとえにエライザ様、あなたがエレン神の聖騎士であるからにすぎません。ギラ騎士団は常に実利で動きます。我々の行動原理は単純明快ですが、それをわかりにくくさせているのはより一層の利を求めるあなたがたに他ならない」

「わかりました」


 ヘレンが頷いた。エライザとアリアはヘレンへと一瞬視線を動かしたが、口は挟まなかった。


「しかし、エルド。私たちと手を組む以上、魔神サブラスに関する研究データはすべて開示の上、魔石を始めとする物理実体の一切を、我々の許可なく移動させることを禁じます」

「強気ですね、ヘレン女王」


 エルドは数秒間思案するそぶりをみせた。


「しかし、良いでしょう。十分です。我々は魔神サブラスそのものには関心がない」


 その言葉に、思わずアリアが表情を険しくした。


「まさか、他の魔神のアテでもあるということですか、エルド」

「他の魔神?」

「魔神ウルテラに手を出すつもりではないでしょうね」


 アリアの追求に、エルドは満面の笑みを見せた。だがそれは心を明るくさせるようなものではなかった。暗闇に潜む道化師のような、体温の無い悪魔的な笑みだった。豪胆なエライザですら、その表情を前に総毛立つのを止められなかった。


「魔神ウルテラですかぁ」


 エルドはわざとらしく言い、小さく咳払いをした。


「その話は、私の管轄外、ですねぇ」


 エルドはそう言うと三人に背を向けた。


「では、そろそろおいとまいたします。今後ともよろしくお願いしますよ」


 かすれた低い声でそう言うなり、エルドの姿が掻き消えた。アリアが密かに張り巡らせていた結界をいともたやすく突破していった。


「手強いな」


 エライザは周囲の気配を探索しながら舌打ちしそうな表情を見せる。ヘレンはソファに座り直すと、小さく手を打った。


「どう思いますか、ふたりは」

「……選択肢はないかと」


 アリアが首を振りながら言った。ヘレンは難しい面持ちで頷く。


「しかしアリア、エライザ。このままでは我々の頭を押さえる勢力が、メレニからギラに代わるだけ。そう思えなくもありません」

「いえ、そうとも限りませんね」


 アリアが言った。


「魔神サブラスの量産が可能である、あるいは無制御の人造化が可能であるというのであれば、我々がギラ騎士団を出し抜くことで彼らに対処の余裕を与えることなく防衛体制の確立が可能と思われます」

「先に量産体制を整えれば、か。しかし、それに気付いた奴らがメレニと手を組む可能性も出てくる」


 エライザは腕を組み、目を閉じながら言った。アリアは「いえ」と首を振る。


「あの男も言っていたでしょう、エライザ。あなたがいたから、彼らは我々を選んだ。つまり、ギラ騎士団とは言え、世界中のエレン神殿を敵に回すことを恐れている。少なくとも大きなリスクとして認識していることになります」

「しかし」


 エライザは目を開け、長い足を組み替えた。


「我々が奴らと手を組んだとあれば、奴ら、ギラ騎士団は、エレン聖神殿と手を組んだと吹聴してまわるのではないか」

「それはないでしょう」


 沈着冷静にアリアは応じた。エライザの詰問口調に対して全く平静に対応することのできる人間は多くはない。少なくともディンケル海洋王国においては、この場のヘレン、そしてアリア。他にいるとすれば「牙の五人」の残り三人くらいだ。


 一拍置いて、アリアは説明する。


「対外的にこの事実を彼らが自ら公表することはないでしょう。そんなことになれば、メレニ太陽王国と、ギラ騎士団の本拠があると言われるアイレス魔導皇国の間で戦端が開きかねません」

「なるほど」


 エライザとヘレンは同時に頷いた。エライザは「わかった」と静かな口調で言った。


「アリア、キミの主張は理解したし、私も同意する。しかし、キミのシナリオはそれでは終わらん。違うか?」

「最終的に」


 アリアの目がギラリと光る。


「サブラスの件から、ギラ騎士団を完全に排除します」

「ほう……」

 

 エライザは興味深そうに視線をアリアに向け、ソファに深く座り直した。

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