03: 権力者たち

03-01:女王とギラ騎士団

 エレン神殿の聖騎士エライザ、筆頭宮廷魔導師アリア、そして女王ヘレン。ディンケル海洋王国の政治は、実質この三名が取り仕切っていた。この三名はそれぞれが大魔導クラスの魔法使いであるのだが、中でもエライザは「全能の騎士」とも呼ばれており、その二つ名の通りに魔法使い、治癒師、そして超騎士の能力を有していた。優秀な政治家としての能力もある。そしてなにより、圧倒的なカリスマを有する聖職者の頂点、でもあった。


「メレニからの圧力は、表面上は弱まったとはいえども――」


 女王ヘレンは、テーブルを挟んだ向こう側のソファに座っている、頼れる腹心二人を順に見ながら口を開いた。ヘレンの決して広くはない執務室でのことだ。


 ヘレンの艶やかな銀髪と、極端に色素の薄い青い瞳は、紛れもなくディンケル王家の血筋の証明であった。年齢不詳の白皙の美女であるが、実年齢は三十代半ばである。


 ヘレンは溜息をつきながら、目の前の羊皮紙を見る。


「ラジェスパの漁業権の譲渡など――」

「到底容認できるものではありませんね、陛下」


 エライザは青紫の瞳を細め、鋭い口調で言った。窓から差し込む陽の光を受け、やや癖のある金髪がゆらゆらと輝きを放っていた。エライザはなおも硬い声で言う。


「漁業権の後は、港の占有権の要求が来るでしょう。そうなったら我が国は海軍力を潰されたも同然。メレニのみならず、ジェンサやアルディエラムすら脅威になってきます」

「ですね」


 アリアが同調した。きらびやかな印象の二人とは違い、彼女はどちらかというと地味目な印象の女性だった。年の頃は二十代後半――のように見えるが、実年齢は不詳だった。


 メレニ太陽王国はディンケル海洋王国のさらなる弱体化を目論もくろんでいる。王国の中枢乗っ取りを画策してもいる。ヘレンを傀儡とし、メレニに染まった国内有力者たちによる元老院性を敷こうという動きも出ていた。今、ヘレンが政治的に信頼を置いているのはたったの五名しかいない。その筆頭がエライザであり、アリアだった。


「メレニによる我が国の属国化は日々進んでいます」


 ヘレンがわかりきったことを口にした。エライザとアリアは無言でうなずく。


「先々代の無念は、私の代で晴らさねばならぬと考えます。エライザ、あなたがに任ぜられたのは、その先駆けであると考えています」

「私の意見も陛下と同じです」


 エライザは堂々と言った。恐ろしく背の高いエライザは、そこに座っているだけでも迫力があった。エライザを一度でも間近に見た者は、悉皆しっかい、そのカリスマ性の前にひざまずく。国民からの人気は、女王であるヘレンをもしのぐ。しかし、政治の話になると、エライザは決して前には出なかった。あくまでヘレン女王を立てることに腐心している。それは二人の間にある強固な信頼関係の為せる業だった。二人は幼少期より共に学んだ学友でもある。


「しかし陛下、我々にはメレニと争うだけの戦力はありません」

「ええ、そうね。知っているわ、エライザ。エレン神殿の抑止力はあるとはいえ」

「エレン神殿は戦うための力を有しているわけではありません」


 エレン神殿は他の神殿と比べて神殿騎士も数少ない。戦争できるような戦力はないし、そもそも「気まぐれの女神」と呼ばれるエレン神の信者は、有事の際の団結力もそう高くはないだろう。


 聖騎士であるエライザは一万の兵士にも匹敵するという噂もあったが、一人で戦争ができるほど外交の世界は単純なものではない。


「あら」


 それまで黙っていたアリアが扉の方を振り返る。


「覗き魔は殺しますよ」


 アリアは立ち上がると両手で素早く印を結ぶ。エライザもヘレンも全く動じる事なくその様子を眺めている。


「これは失礼を」


 アリアの魔法が完成する直前に、暗黒色のローブを身にまとった、どこか陰鬱な雰囲気を纏う痩せた中年の男が現れた。あまり手入れのされていない黒い短髪もまた、その陰気な空気をいっそうに重たくしていた。


「お初にお目にかかります、お三方さんかた

「何者だ」


 エライザは悠然と足を組み替えながら肩越しに振り返る。男はわざとらしく一礼し、名乗る。


「私はギラ騎士団の大魔導の一人、エルドと申します」

「ふん、ここにきてギラ騎士団とはな」


 エライザは素早く周囲に視線を送り、エルド以外の侵入者がいないことを確認した。ヘレンはゆっくりとソファから立ち上がると、素早く両手で印を結んだ。強力な魔法障壁がヘレンを包む。


「メレニの差し金ですか」

「とんでもない」


 エルドは大袈裟に右手と首を振った。からくり人形のようなやつだなと、エライザは感想を抱く。


「赤の魔神、サブラス。ご存知ですね?」


 エルドの言葉に、エライザは目を細める。エライザたち三人は、その魔神サブラスが国内のにあることが判明したことを知っている。その情報の出どころは不明だったが、多くの者が知る所となっていた。


 しかし、運良く魔石を手に入れることが出来たとしても、その際に出るであろう犠牲者の数と、後にメレニ太陽王国に掠め取られる可能性が高いことから、ディンケルとしては知らぬ存ぜぬを貫くほうが得策である――三人の見解は一致していた。


 最初にそれに反応したのはアリアだ。


「サブラスは魔神ウルテラの尖兵として現れた――記録にはそうあります」

「さすがはアリア様、その知識の――」

「お世辞は不要」


 アリアの目がギラリと輝く。エルドは臆した様子もなく「おやおや」とおどけてみせる。アリアは眉根を寄せながら、刃のような口調で問う。


「それで、本題は?」

「我々ギラ騎士団は、サブラス結晶体のをつきとめました。つきましては、ディンケル国内でのギラ騎士団の活動を許可していただ――」

「バカを言うな」


 エライザが足を組み替えながら吐き捨てる。


「どの国家がギラ騎士団の活動を合法化などするものか。世界を敵に回すようなものだ」

「見返りとして、魔神に関わる研究成果を共有致します。強大な戦力を手に入れられるやもしれませんよ」


 その言葉に三人は一瞬視線を交わし合う。ヘレンが頷く。


「……詳しく聞きましょう」


 ヘレンはまたソファに腰を下ろす。エライザとアリアは油断なくエルドをにらえている。だがその異様な程に練り上げられた殺気を前にしても、エルドの飄々とした表情は変わらない。エライザは無機的な表情をして言う。


「ギラ騎士団の大魔導である以上、生かして帰すわけにはいかないところだが。それでも我々三人がいるところに単身やってきたのは評価してやろう」


 エライザの周囲の魔力が、むせ返るほどに濃くなった。しかし、エルドは意にも介さない。絶体絶命の状況でありながらも、エルドは腕を組む余裕すら見せた。

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