第13話 金星①

    ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

 長年放置された影響で茶色く変色した受付ロビー。破れ、ほつれ、一部が焼け焦げてしまった真っ赤なカーペット。風化と共に崩れ去り骨組みを露出させた壁からは錆びた鉄と砂埃のむせ返る臭いが漂っている。


 奇跡的にも劇場シアターはホシ達の影響を免れた事によりなんとかその形を保っていた。

 しかし目に映る退廃的な景色はどこか風が過ぎ去るようなもの悲しさと悲壮感を肌で感じさせてくる。


 ━━━━━まるでここだけ時間が止まっているかのようだ。


 ホシ達が襲来する前は子供達が笑顔を浮かべていたのだろう、辺りに転がっている小さな靴がそのことを教えていた。

 お母さんと手を繋ぎ、舞台の上で繰り広げられた物語を語り合う。……………………もう二度と戻らない思い出の残骸だ。



「イブちゃん………………」


「大丈夫だよ。さ、早く奥へ行こう」


「二人とも、芒炎鏡ぼうえんきょうはしっかり構えておいてねぇ」



 そうして寂れた廊下を真っ直ぐ進んで行くと、両開きの扉が私達を出迎えた。

 ここまで一本道で進んだことを考えるにおそらくこの先が劇場の最奥、舞台の入り口なのだろう。



「………………いい?」


「うん、行こう」



 ━━━━手に持った武器の握る力が強くなる。

 私達は警戒を固めながらその扉に手を掛けた。



「3、2、…………1」



 秒読みと共に開こうとする、━━━━その時だった。



『♪…………♪♪…………』


「…………ッ!?」


「これって…………歌?」



 扉の奥から微かながらに歌声が聞こえて来たのだ。

 高いソプラノの音色、その声色からして女性、しかし拙いイントネーションはどこか小さな子供を思わせるような歌声だった。



「………………どうするのぉ?」


「このまま待っていても意味はありません、行きます!」



 ━━━━そうして私は勢いよく扉を押し開いた。



「え、これが………………劇場?」

 


 そこには劇場と言うにはあまりにも寂れた光景が広がっていた。

 観客席の座席は大半が壊れて小さな広場のように開けていた。舞台は塗装が剥がれ落ち、板のところどころが煤けており不細工な風景画のようだ。


 そして舞台を覆っている穴だらけになった群青色のカーテンの奥からは、崩れ落ちた天井から降り注ぐ日光が差し込んでおり、その幻想的な景色は在りし日の星空を想起させた。


 そんな栄光から没落した舞台の上。


 ━━━━━群青のカーテンが彩る夜空を背景にして金星ヴィーナスはその姿を厳かに光り輝かせていた。



『♪♪♪〜♪〜♪♪♪♪〜♪〜♪〜』



 討伐対象であり人類のありとあらゆるものを奪った忌まわしき存在、金色の十芒星『コード・ヴィーナス』。

 日昼ひびるの夜空に輝く一番星は私達に構うこと無く、ただただ静かにその音色を口ずさんでいた。



『♪♪♪〜♪〜♪♪♪♪〜♪〜♪〜』



 それは世界中のみんなが知っている旋律。

 みんなで笑いながら手を取り合って、平和を願う。そんな理想の世界を思い描いた『小さな世界』を謳った歌を目の前の存在は奏でていた。


 しかし聴こえて来るソレはオーケストラや歌詞の存在しない孤独な独唱ソロ。その歌声から漂う寂しさと虚しいはまるで小さな子供の嗚咽のように感じた。



『♪♪♪〜♪〜♪♪♪♪〜♪〜♪〜』



 暗い雰囲気に暗いメロディ。まるでこの場所が夜の森の中みたいだ。


 樹々を通り過ぎる隙間風が頬を伝い葉を揺らす。

 一見すれば心が落ち着く最高の状態、しかしどこかぽっかりと空いた何かを私達は渇望している。金色の十芒星の音色には私達の心を激しく揺さぶるには充分の力を持っていた。



「あぁ、綺麗なおホシ様…………」



 そしてゆらめくホシに魅了されればあとは簡単。一瞬にして転げ落ちるのみだ。



「メイアさん!」


「ヴィーナスの精神干渉だ!」



 歌声に魅了されたメイアさんが虚ろな眼差しを浮かべながらヴィーナスへと歩み寄っていた。

 このままでは五年前の悲劇の再来となる。だが今回は違う。



「防護装置を…………!」



 私は歩み寄るメイアさんの戦闘スーツに取り付けられた精神攻撃用の防護装置の起動スイッチを急いで押した。



「…………ッ!? 痛ァい!」



 するとスーツから強力な電流が流れ、メイアさんは大声と共に正気を取り戻してくれた。

 


「あ、ありがとうねぇ。まだちょっとビリビリするけどなんとかなったわぁ」


「………………いえ」



 それにしても防護装置というご大層な名前だったが、ただの電流発生装置だったのか。これを開発した研究課の開発者は良い性格をしている。



「それにしても強力な精神干渉だわぁ。歌声を聴いただけなのにあの存在を神様みたいだと思ってしまったわぁ」


「はい。ですがこれ以上の被害は出させません……………!」



 そう言いながら未だ舞台の上で歌い続けるヴィーナスを睨んだ。



『♪〜♪〜♪〜♪♪〜♪〜♪♪♪〜♪♪〜♪〜』



 幸い奴は私達に気が付いていない。仕掛けるのにこれ以上のチャンスは無いだろう。

 私はゆっくりとした動作で手に持った芒炎鏡の標準を奴に定め、引き鉄に指を掛けた。



「二人とも、準備はいい?」


「うん、万全だヨ」


「さっきみたいな無様はもう晒さないわぁ。私がしっかりとサポートするわよぉ」



 みんな準備万端、フォーメーションも完璧だ。

 さあ、始めよう。


 狙いは真ん中、『バァン!』という鋭い銃声により開戦の狼煙が上がった。


 放たれたオレンジ色のレーザーは真っ直ぐと突き進みその硬い身体へと命中する。



『♪〜♪〜♪〜♪♪〜……………………』



 しかし真ん中を撃ち抜いたというのにヤツには傷一つ付くことはなかった。

 やはり芒炎鏡ぼうえんきょう程度の火力ではダメだったということだ。


「チッ…………天太てんたい芒炎鏡ぼうえんきょう、起動!」


 ならば全力を出すまで。

 私は早々に背中に背負った大剣を稼働させた。

 そして大剣をゆっくりと握り締め、群青のカーテンに昇るホシに向けてその切先を差した。刀身から眩いオレンジ色の光が輝く、どうやら天太芒炎鏡この子の方も準備万端のようだ。



『A…………a…………』

 


 一方のヴィーナスはと言うと、私に撃たれたことに気付いて何かか細い声で呟きながらゆっくりとその身体を振り向かせていた。



far……… Mo……… ………e are youるの…………』



 言葉の意味は聞き取れないがその声色はまるで悲劇のオペラで奏でるような嗚咽だ。この場の雰囲気も合わさって儚さを物語っている。


 奴の言いたいことなぞ理解する必要は無い。ただひたすらに斬るのみ、それだけだ。


 だがそれだけでは終わらない、━━━━いや、ここが始まりだった。



『A…………A…………Arghhhhhhhhhhh!!』



 咽び泣いていたその泣き声は徐々に大きくなり、いつのまにか会場全体を響かせる慟哭へと化していた。


 そして響かせる声と同調するかのように、ヴィーナスはその身体を眩く輝かせていた。

 これはまさしく舞台の始まりを告げるオープニングだ。群青のカーテンも勢いよく開かれ寂れた舞台の全容を映し出している。



『Arghhhhhhhhhhh!!』



 光は収まらない、むしろその光量を増やし続けいつのまにか私達の全てを金色に染めようとしていた。



「ま、眩しい!! 早く止めないと失明しちゃうヨ!!」


「ライトカットのバリアは、え!? 全機能停止…………?」


「━━━━━ッ、届かないッ!」



 そうして私達は一切の抵抗を許されずに、その眩い光に包まれながら気を失うことしかできなかった。










    ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

 肌に触る微風、風に揺らぐ木々の音色、蛍が奏でる夜の歌声が私の五感を刺激した。

 刺激はまるでお母さん抱擁のように暖かく、そして何ものにも変え難い『暗さ』を纏わせていた。



「くっ………………」



 立ち上がりながら頭を抱えて朧げな記憶を必死になって呼び起こす。

 そして気付く、私達はさっきまで古びた劇場の舞台で金色の十芒星になす術なくやられていたはずだと。



「…………ッ! ハトちゃん、メイアさん!」



 気付くと同時に先程まで肩を並べていた仲間達のことが脳裏に過ぎり周りを見渡す。


 見渡した先には傷一つ付いていない二人の姿があった。

 よかったと胸を撫で下ろしながら二人を軽く揺さぶって起こした。



「二人とも」


「………………う、うん?」


「こ、ここは…………?」



 そこは見渡す限りの樹々の楽園、まるで絵本のおとぎ話の舞台に出てくるような森の国。先程までいたテーマパークの劇場とは全く正反対の景色だった。

 そしてこの暗さと空に広がる小さな星々輝き。


 ━━━━これは夜だ。五年前に忌まわしきホシ達に奪われた月夜景色つくよげしきが目の前に広がっていた。


「な、なんで夜が…………?」


「肌寒いなぁ、こんなの久しぶりだヨ」


「……………………」



 わからない、わからない、わからない。

 この唐突な出来事に脳が理解することを拒否している。


 敵からの幻覚攻撃だと思えればどれほどよかったか、しかし肌に感じる微風が、耳に感じる木々のゆらめきが、鼻に感じる自然の匂いが、この景色が現実だと教えていた。



『フフフ、ウフフ』

『イヒヒ、アハハ』



 その時だ、私達の真横を二つの光が通り過ぎて行った。光は無邪気な喜びを声に出しながら夜空の舞台で踊っている。


 その光を例えるなら『妖精』、星の光で作られた可愛らしい赤と青の妖精の姿。

 ふわりふわりと、まるで月明かりに吸い寄せられる蝶のように二体の妖精は薄明かりに照らされた夜空へと昇っていく。



『…………………………』

『アハハ、アハハ』

『ヒヒヒ、エヘヘ』



 ━━━━━その先に、ヤツがいた。


 金色の十芒星…………ヴィーナスは二体の妖精にくるくると囲まれながら静かに空の上で佇んでいた。

 その様はまるで夜空を照らす月。私達の世界の夜を奪った金星は傲慢にも月となり、地に立つ私達を見下ろしていた。



「…………二人とも見てよ。あのホシ、まるでお月様みたいだ。何もかも奪ってやることがあの程度なんだね」


「イブちゃん………………?」

 


 この景色を見て感じた感情、それは言葉では言い様のできない『いらだち』だった。

 十芒星、取り分けヴィーナスは『破壊者』だった。

 街を壊し、精神を壊し、そして世界を壊した恐るべき存在なのだ。

 それが目の前のヤツはどうだ。破壊者とは程遠い、まるで賢者のように達観しているじゃないか。



「さっきの劇場で見た時とは大違い。歌ってたかと思えば泣き叫んで、かと思えば静かになってさ。まるで躁鬱気質な子供みたいだよ」



 気に入らない、気に入らない、気に入らない。気に入らない。

 破壊者と賢者の二面性が気に入らない。奪った夜景色をまざまざと見せ付けるその傲慢さが気に入らない。私達を歯牙にも掛けてないその余裕が気に入らない。



「そして子供のようなその純粋さが気に入らない。だからここで倒す。このまやかしの夜諸共私の天太芒炎鏡で」



 天太茫炎鏡を起動する。

 今度は不覚は取らない。確実に仕留めるという覚悟を込めて白い柄を握りしめる。



「やろう。ここから私達の反撃の始まりだ」


「イブちゃん、いつになくやる気じゃん。ならわたしも一層気合い入れないとネ!」


「…………通信は変わらず不能、でも陣光衛星に問題は無し。うん、私もできるわよぉ」



『A…………Ahh…………』

『アハハ、遊ぼう!』

『イヒヒ、歌おう!』



 どうやらヴィーナスの方も私達という敵を認識してくれたようだ。

 か細い声を出しながら二体の妖精と共にゆっくりと意識をこちらへと傾けてくれた。



『ウフフ、踊ろう!』

『エヘヘ、楽しもう!』

『Ahh………………Ahghhhhhhhhhhhh!!』



 その叫び声によって戦いの舞台が作られた。

 森の木々が激しく揺さぶられ、微風は肌を切り裂く突風へと変わり、夜空を照らす星々が妖しい光を纏う。



「またこの光…………」

「……………………」



 そして楽しい楽しい童話の一ページが捲られた。


 ━━━━━ここは平和な森の国。

 そんな森の国に仲の良い二人の妖精さんが暮らしていました。

 妖精さんは毎日楽しく歌って踊って、森のみんなから愛されていたのです。



『踊ろう! 踊ろう!』

『歌おう! 歌おう!』



 平和で楽しい森の国。

 そんな森の国に三人のわるいあくまが現れたのです。

 あくまはおおきな剣で森の木を切り落とし、光の鉄砲とビリビリのばくだんでみんなをいじめて来ようとしていました。



『こわいよう! こわいよう!』

『やだよう! やだよう!』



 恐ろしい三人のあくまに妖精さんは怯えてしまいます。

 かわいそうな妖精さん、そんな妖精さんを助けようと、お空から金色に輝くおホシさまが降りて来たのです。



『……………………』

『おホシさまだ! おホシさまだ!』

『おホシさまだ! おホシさまだ!』



 そうしておホシさまと妖精は森を守護まもるために三人のあくまに立ち向かっていくのです。



『守ろう! 守ろう!』

『倒そう! 倒そう!』



 楽しい楽しい私達のを『わるいあくま』から守護まもる、ためにね。

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