液晶モニターのための取り組み

榊 薫

第1話

 斑点状の水玉が液晶モニター画面に、時折、出現する、「まだらな水玉模様」は次第に成長し大きくなって同じ場所に現れる、アルミニウム製のモニター用液晶皿を納品した親会社から、「液晶皿が変色した原因が素材ではないか主成分を確認してほしい。」と切削加工会社に連絡があり、営業部門の担当者が一早く分析に持ち込んだ品物には塗装の表面に斑点状の丸いシミが発生していました。

彼は親会社から言われて誠実に対応し、「先入れ後出しの可能性はないが、保管場所以外での放置など自社の責任で起こった可能性がありそうだ」といった話題が技術分野で取り交わされた場面では、営業の立場で話題に入り込んで、他社の保管場所、天候や作業に手抜かりがなかったかなど想像力も働かせ、組織の一員としてなくてはならならない存在になっていました。

一見、表面的に上司やまわりの意見に合わせているように見えますが、葛藤を避け、実態の裏に潜んでいるものを推理し、最適なものづくりにこだわるところもあります。

素材試験

分析試験に持ち込まれたアルミ素材の表面にはテフロン塗料が施されていました。そこで、正常箇所とシミの発生した異常箇所にカミソリの歯を寝かせて塗膜を剥ぎ取り、それぞれに蛍光X線を当てて比較しましたが、素材はJIS規格6000系の主成分や副成分に差異や異常は見られませんでした。


その結果を踏まえ、取引先の塗装会社に出向いた折、トラブルの状況や自社の加工には問題がなく、「できれば、塗装会社でも取り組んでもらえることはないか」と考えていることを塗装会社の社長に遠回しに言ってみました。塗装会社の社長は努力を惜しまず、常に少しでも改善の余地や不可解なところがあると気になる性格で、完璧にこだわって多少ハードワークになっても苦にならず、責任を負っているという思いが、むしろ生きがいとなって、使命感に燃えて、営業担当者と意気投合し「解決できるまで対応する」ことを伝えました。


数か月後、その塗装会社の社長は、「塗料原料の粉末成分を知りたい」ということで、2種類の国産品と米国品を分析に持ち込みました。

目的はアルミニウムの上に塗布するものを選定するためでした。国産品は安価ですが米国品は高いということで、「なぜ高いのか」知りたいとのことです。

仮説

一般的には、不純物があれば原料製造会社に責任転嫁するところですが、使うに当たって自ら身銭を切って調べようとする熱意に引かれて、トラブルの起こる原理について考えてみました。

アルミニウム表面に起こる斑点状のシミは、銅、塩化物などが微量の水分で腐食して発生したと思われます。銅、塩化物などの異物が混在して塗布され、腐食させる場合には重力でこれらが下に沈みアルミニウムと接触する必要があります。ということは、これらを測定するには原料の微粒子の中で下に貯まったものを測る必要があることになります。そこで、試料の下から上に向かって測定する装置を使うことが望ましいことになります。

異物試験と結果

塗料の元素を知るために下面照射型の蛍光X線分析装置を使って定性分析を行いました。

国産の一つは、微量の銅が検出されました。

他の国産品からは塩素が検出されました。

米国品からは、これら異物は検出されませんでした。


測定と推論

銅が検出されたものを詳しく調べるため、袋の下側から粉末を採取し、顕微鏡下で眺めると、直径数ミクロンの赤銅色した粒子が含まれていました。銅粒子はきれいな球形で小さいため、その表面電荷は、塗料粉末粒子の静電気で引き寄せられやすいことが想定できます。

結論とその後

アルミニウム素材には、銅、塩化物は微量でも腐食を起こすことを告げると、試料を持参した社長は「米国品を利用することにする」と言って帰りました。

その後、アルミニウム皿で液晶を作っている親会社で腐食事故が発生しました。原因を調べたところ、腐食箇所から銅が確認されました。その結果、その親会社は米国品を使っていたこの切削加工会社と塗装会社に発注を集中したため、それぞれの会社の経常利益は3倍に増加するほどになりました。

どの会社も「自分の会社だけ良ければ」といった考えが一般的となっている中で、切削加工会社の営業担当者が、自社の責任範囲だけでなく、取引会社とのコミュニケーションを通じて問題解決に尽力したことが評価されます。

転ばぬ先の杖となる取り組みで、事前に不純物の有無を知るための測定では、どれだけ微量な濃度まで測るべきか分かっていないと確認できず、不純物によるトラブルの原因が分からないことがあります。

局部的な腐食に及ぼす原因の解析では、分析感度の高いものを選ぶ必要があります。それができなければ、存在すると思われる場所を特定し、そこを測定する必要があります。感度の低い装置でも、予め濃度の高そうなところを予測しておいて、そこを測定すれば検出できることが多いです。

米国品が高価である理由は、粒子の荷電で生じる静電気対策として、原料製造時に帯電防止剤で処置し、保管対策や製造加工箇所の周囲に静電気で引き寄せられる微粒子や埃の防護対策を講じているためと考えられます。


腐食の広がり方を眺めると、一点を中心に円形に広がった局所的分布を示しており、その中心にある銅粒子が周囲のアルミニウムとの間で電位勾配を生じ、水分によって流れる電流による目に見えない反応で引き起こされる腐食現象を捕らえておくことが重要です。

技術の視点では、塗料原料製造、保管時に原料微粒子の静電気で起こる微量な不純物混入の可能性を予め予測しています。

不純物混入の可能性を予め予測したこの企業は、材料設計力、放置時の管理力、改善管理力に優れ、高く評価できます。


補遺

テフロンやプラスチックの粉体に生じる静電気で引き寄せる粉塵、繊維屑などは目に見えにくいことが多く、気づかずに加工成型することで製品の割れ易さや液漏れ原因などにつながることから材料選定段階で、その材料が使われている機能を見つめ直し、疑うことが大切です。

テフロンやポリエチレンなどのプラスチックは負に帯電します。正に帯電する材料は,羊毛や人の髪の毛のようなたんぱく質系のものやナイロン(ポリアミド)です。

絶縁抵抗が高いプラスチック材料から帯電した電気のリークは,表面を伝わって流れることが多いです。金属など導電性物体は,大地に結ぶ(接地する)ことで,電荷は消失します。電気抵抗の高いプラスチック材料はリークが小さく、界面活性剤(帯電防止剤と称することもある)を塗布することで物体表面のリークを大きくできます。

自動車のタイヤは,カーボンの微細粉を練り込んでいるのである程度の導電性を持っており,そのため、自動車ボデイは接地状態になっています。

空気が乾燥する時期、金属の鍵を直接素手で差し込んだり、ドアの取手を掴む瞬間に火花が飛び痛い思いをしますのでお気を付けください。


銅はアルミニウムを腐食します。たとえば、すずめっきがすり減って剥がれた銅製の鍋で煮物をするとき、落し蓋の変わりにアルミホイルを入れると塩分で腐食し、ぼろぼろになります。極わずかな銅イオンやその微粒子でもアルミニウムを腐食することが知られています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

液晶モニターのための取り組み 榊 薫 @kawagutiMTT

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ