第51話 決着



 その時、地上から響きわたったものは――

 島民たちの歓喜の声。


「いいぞ! 晶龍様、そのままやってしまえー!!」

「龍神様がこんな、図体がデカイだけの船に負けるはずねぇ!!」

「やっぱり晶龍様は、我々を守ってくださる――!」

「そうだそうだ! 戦争がどうなったか知らねぇが、ずっとこの島は晶龍様が守ってくださってんだ! よそ者がろくでもないことするでねぇ!!」


 さっきまで沈んでいたのが嘘のように沸きあがる島民たち。

 巨大戦艦の脅威から、晶龍がその爆光から島を守った。それは茶番とか関係なく多分、本能的に身体が動いて――

 その行動が、晶龍への信心を昂らせてしまっている。本人の願いとは真逆に。


 いいのか。これでいいのかよ、晶龍。八重瀬――

 このままじゃ……




 だがその瞬間、さらに信じがたい事態が発生した。

 次から次へと誘爆を起こし、今にも墜落寸前の浮遊戦艦。

 だが16門の陽電子砲のうち、残された約半数――つまり8門ほどの砲口に、再び光が宿ったのである。

 それは、たとえ身体を何度失っても魂で何かをもぎ取ろうとする、課長の――

 というか、ここで散っていった奴ら全員の、意地と執念だったかも知れない。

 爆炎の中、完膚なきまでに艦を破壊せんとしがみつく巨龍。

 そして、伸びきった大剣をさらに艦体にめりこませていく晶龍。

 その眼前で砲口は再び熱を帯び、閃光が走った――





 見えた。

 今度こそ完全に吹き飛ばされて空中へと四散していく、龍の身体が。

 戦艦も砲台もブリッジも、課長も七種も懐機も宣兄も、この空間を形成していた紅の城も。

 人も兵器も建築物も、何もかもが爆炎の中へと消滅していく。

 要するに――

 この時、完璧なまでに相討ちになったわけだ。俺たち人間側と、晶龍は。



 勿論、俺自身にも強烈な閃光と熱風が叩きつけられた。

 完全に意識を失ったかと思った、その刹那――

 聞こえてきたものは。



 ――巴君。

 お願いだ。今こそ……

 今しかない。



 轟音の中でかすかに響いたそれは、八重瀬の声。

 完全に爆風で吹き飛ばされたと思っていた俺の身体は、何故かまだ爆発四散もしておらず、何とか五体満足。

 視界の隅では、宣兄が声すらあげられず粉みじんになっていくのが見える。

 七種も懐機も課長も、最早どこにも姿が見えない。既に形すら残っていないんだろう。

 それでも俺がこうして、まだ、五体満足でいられるってことは――



 多分、俺に、そうしてくれと望んでいるんだろう。八重瀬も晶龍も。

 あの時の約束通りに。



 そんな中でも何故か俺には、島の――

 島の奴らの様子が見えた。

 晶龍の勝利を確信していたはずが、まさかの戦艦からの反撃。

 それを目の当たりにして、彼らの殆どは何が起こったのかまるで理解出来ず、理解を拒み、笑みの形のまま表情が止まっていた。


 そして俺と島民たちの間に割り込むように、最期の雄叫びをあげながら巨龍が血飛沫をあげる。

 角も鱗も牙も眼球も、その肉体の構成要素全てが光の中へ溶け崩れ、膨大な血液と共に失われていく。

 それはまるで、島民たちと俺に見せつけるかのように。



 ――晶龍様っ!!



 その時ひときわよく響いたのは、寧々の叫び。

 茫然と光景を見上げるばかりの島民たちの中で、ただ一人晶龍と八重瀬の真実を知り、その行く末を見届ける決意をした少女の、絶叫。

 晶龍に身を捧げる運命を負った巫女として、寧々は恐らく晶龍本人とも、二人だけにしか分からない会話をしたこともあっただろう。八重瀬ですら知らないところで。

 今の悲痛な叫びだけで。そして彼女の目から溢れ出した一粒の涙で――

 何となくそれは、俺にも察しがついた。


 そんな彼女にとって、この光景はどれほど痛ましいものか。


 だけど俺はそれでも、やらなきゃいけない。

 ここで俺が何もしなかったら、それこそ寧々の決意もろとも全てが無駄に終わる。

 そう思ったら自然と、四肢に力がみなぎってきた。




 眼前で砕け散っていく、巨龍の身体。

 そのすぐそばを、まるでスローモーションのように落ちていく何かが見えた。

 それは勿論、全身ボロボロになった晶龍。

 最早服は破損していない部分を見つけるのが難しいほどズタボロに破れ、身体中が血の赤と灰の黒に染まっていた。未だに大剣を手にしてはいるが、既に剣の光は9割以上消え失せているに等しい。多分、殆ど気絶しているに近い状態だろう。

 目をつぶっているせいか、ほぼ気を感じないせいか。ヤツが晶龍なのか八重瀬なのか、それすら判断が難しい。額の水晶の奥の奥にだけは、ほんの僅かに光が揺らめいているように見えたが。


 ――それでも聞こえてきたのは、晶龍の声。

 敗北者同然の自らの姿をその場の全員に見せつけるように、ヤツはそのボロボロ姿を晒していく。



 ――皆の者。儂の……負けじゃ。

 これほどまでに彼らが……

 今の人間どもが強力だとは、儂も想像もしなかった。



 その言葉がヤツの本心かどうかは、俺にも分からない。

 たとえ死んでも負けを認めなさそうなあいつが、これほどあっさりとこんな言葉を吐くとも思えない。

 ただその声は間違いなく、島民にも届いていた。ヤツの今際の言葉として。



 ――皆……どうか、これからは……

 誰かの言葉に惑わされることなく、自分の意思で、島を……守り……



 そんな言葉が届くか届かないかのうちに、一斉に悲鳴をあげる島民たち。



「じぇ、晶龍様あぁあぁ!!」

「何故……ワシらを置いていかれるのです!?」

「竜神様なしで、どうやって生きればいいってんだ! オレたちは!!」

「嫌じゃ、嫌じゃあ! 晶龍様ぁ!!」



 晶龍の死。それを目の当たりにして――

 大の大人たちがまるで子供のように絶叫し、地に伏して泣きじゃくる。

 彼らの号泣は結界全体を震わせ、ちょっとした嵐まで引き起こしていた。多分、晶龍の力が大幅に落ちたことで結界自体も崩壊しかかっている。

 むしろ冷静だったのは寧々や、それより年下の子供たちだったかも知れない。寧々の妹・なおは彼女に守られながら、ぽかんと空を見上げるばかりだ。

 姉の手を握りしめながら、そっと尋ねるなおの声。


「竜神さま、死んじゃったの……?」

「…………」


 そのまま無言で、妹の手を握り返す寧々。

 何故かその手の暖かさは、俺にまで伝わってきた。



 そう。

 八重瀬の言うとおり、この島は晶龍から解放されなきゃならない。

 晶龍が作り出した、時の牢獄から。

 それが八重瀬の望みであり、晶龍自身の願いでもあるなら――!



 俺は全身に力を滾らせると、



「神器、解放――」



 その呟きと共に、ボロボロだった背中の翼が復活し始め。

 血まみれの両手に、稲光が収束しだす。

 それさえももしかしたら、晶龍の結界の力かも知れない。だが、それでも


 ――俺はやる。やらなきゃならない。

 成功すれば絶大な火力を誇るが、大概失敗していた俺の必殺技。

 だけど今度こそ、確実にやってやる。



雷騰らいとう――雲弄うんぽんッ!!」



 同時に俺の翼から大量に放たれる、雷の雨。

 雷雨ではない。雷の雨だ。

 俺の力から生まれた無数の雷が空を引き裂き、真っすぐに――

 血まみれの龍へと。そして、無防備になって落ちていく晶龍へと、直撃していく。



 ――ありがとう、巴君。

 約束、守ってくれたんだ。



 そんな八重瀬の声が、頭のどこかで響いた。

 と同時に、俺の雷撃は八重瀬の腕を、脚を、次から次へとちぎりとり。

 腹部や顔そのものにも直撃し、その中身を空中に四散させていく。

 その光景はあまりにも強烈に、俺の目にまで焼きつけられた。

 焼けただれた腸、ちぎれた筋、砕け散っていく骨、潰れた眼球。

 そして、砕けていく『核』――その全てを。



 天地を揺るがす、島民たちの悲鳴と絶叫。

 血と炎が巻き上がる地獄のような光景の中、島民の殆どは恐慌をきたしていた。



 ――多分、島民たちにはより一層はっきりと、このグロ映像を見せつけられている。

 勿論それも、最後に残った晶龍の力によるものだろう。

 則夫などはパニックに陥り、天を仰いで何事かを叫びながらへなへなと座りこんでいた。

 腰を抜かしながら明らかに失禁している者までいる。しかも複数。


 信じ切っていた自分たちの『神』、その敗北――

 それを見て頭をよぎったのは、子供の頃教科書で見た、玉音放送の写真。

 夏が来るたびにニュースで特集されていた、白黒の映像。

 ラジオで国の敗北を知り、ひたすら地に伏せる人々の姿。

 何もかもを失い絶望にむせび泣く、惨めな人間たちの姿。


 ――俺たちの祖先が、100年前に味わった痛み。

 それがほんの少し遅れて、この島にもやってきた。

 ずっと止まっていた島の時間が、動き出す時が。




 俺の眼前で、ちりぢりに砕け散っていく八重瀬の身体。

 俺の放った雷は執拗にヤツの身体を砕き、貫き、焼いていく。それは四肢が砕け散ってもなお肉も骨も執拗に焼き尽くし、最早人ではなく粉末状の何かと表現した方がいいレベルになっていた。

 俺自身、これほどまでに人の身体を砕く力が自分にあったかと驚くほどに。



 自分たちが崇めていた神の惨状に――

 島民のほぼ全ては泣き、喚き、叫び、そして目を逸らしていたが。

 寧々だけはやはり、この光景を最初から最後まで見据えていた。

 とどめを決めた俺ですら、あまりの気持ち悪さに吐き気がして――

 同時にどっと疲労と痛みがぶり返し、意識が遠くなりかけているのに。



 それでも寧々の瞳は、瞬きすらしていないように思えた。

 青みがかった大きな瞳に映りこむ、八重瀬の血。散っていく晶龍のかけら。

 その全てを、一瞬たりとも見逃すまいとするように。



 そんな彼女の強い視線を意識しながらも、俺の意識も加速度的に薄れていった。

 やっと終わる。どれだけの長時間になったか分からない、この壮大な茶番が。



 ――俺は約束、守ったぜ。

 だから八重瀬。お前も、絶対に……!




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時の止まった島で、龍神は自らの死を希う~頼りない眼鏡男子のアイツが超チート魔神化して大剣の使い手となった理由~ kayako @kayako001

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