第3話

「キミも変わってるよねぇ、ディーテ。私たちフリルはさ、本能って言うのかな、まあ、とにかく、誰よりも輝きたいって言う、根源的な欲求があるじゃない。どのフリルよりも輝いて、女神様おかあさまに気付いてもらいたいって。人間の投げ銭は、それをたやすく叶えてくれるって言うのにさ。キミは誰よりも自分を見てもらいたいって思わないんだねぇ」


「……だって、もうどんなフリルよりも輝いて、誰よりも人間さんたちや女神様から寵愛される、絶対的なフリルがいるじゃないですか。みんな、こぞってその真似事をしてるだけ。イミテーションじゃ、本物の輝きには絶対敵わないのに」


「チッ」


「……言ってくれるねぇ」


「ヒィッ」


 途端、威圧を増す2翼。ディーテは一層、翼を縮こませ、消え入るような声で「ゴメンナサイ」と呟いた。


 しかし、これはディーテが抱え続けている、正真正銘の本音であり。


 フリリューゲルの誰もが目を逸らし続けている事実でもあった。


 伝説の11翼のうちの一翼にして、絶対的ナンバーワン。


 すべてのフリルの頂点に君臨し、その一翼以外の全てのフリルを総動員しても、絶対に敵わないと言われる、最強のフリルがいる。


 その名も、ランジュ。


 パパラチアのような薄紅の髪をたなびかせ、曇りひとつない真珠のような純白の翼を広げれば、どんな大厄災も、たちどころに消滅する。


 何者にも穢されず、傷つくことのないその姿は、まさに神秘そのもの。


 女神が産んだ最高傑作として、人間たちからも絶大の人気と崇拝を得るランジュは、追随するフリルたちの指針であり、理想だ。


 そして、どんな狂信者アンチよりも目障りな、目の上のたん瘤なのである。


「他の伝説級のように、大厄災の時にだけ出張ってくれればいいものを、いつまで一線で粘るつもりなんだろうか」


「おかげで、ランジュ様だけが人間たちの心を奪い続ける状況がちっとも変わらないもんね」


「せめて、人間たちの記憶から多少薄れるくらい……50年くらいか、大人しくしていてくれれば、何か変わるだろうに」


「だからって、他のフリルとユニットを組むわけでもないし。討伐によって女神様から与えられる祝福も独り占めで、ランジュ様ばかりが強くなり続けていくんだから、たまったものじゃないよ」


「忌々しいことに、今やもう、ランジュ様が人間たちの美の基準にまでなってしまった」


「私たち有象無象は、いかにランジュ様に近づけるか、なんてことで人気を競う羽目になっちゃってさ」


 大きなため息が二つ。とめどなく溢れ出す愚痴の応酬に、ディーテはウウと唸った。針の筵である。少なくとも、この場に……否。


 ディーテが所属する、フリリューゲルの育成を目的とした機関……雲上戦翼学習特区「FUBE」のどこを探しても、ディーテの思想に賛同する者は、殆ど存在しないだろう。


 厄災を祓い、世界の均衡を保つために産み落とされるフリリューゲルは、人間たちの崇拝を集めることによって、その輝きを増す。


 見目麗しいフリルは、人々の注目の的だ。


 誰もが、天空を自在に舞う翼の超越種たちを崇め、愛する。


 しかし、フリルは、自らの輝きを増すために、人間たちの愛を求めこそすれ、人間たちや、人間たちの捧げる愛を、必ずしも愛しはしない。


 だからこそ、必要以上に人間に肩入れをするディーテは、「FUBE」イチの変わり者であり、創始以来の落ちこぼれという誹りを受けているのである。


「まあ、そんなこと、今はどうでもいい。ディーテ。お前な、いい加減、少しでいいから。その珍妙なこだわりを捨てて、人間ウケのする変容を模索するんだぞ」


「そうだよぉ、気長なところを買われてキミの指導を任された私たちも、そろそろ我慢の限界。次の巣立ちの試練で結果が出せなかったらバイバイだからね」


「はい……頑張って練習します……」


 次の「雷舞」に出撃だというネメシィとサエマムは、じゃ、と手を振り、踵を返して飛び立っていく。舞い上がる雲に、ディーテも前髪を押さえつつ翼を広げ、みるみる小さくなっていく二翼の影を仰いでは、大きくため息を吐いたのだった。

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