第55話 エスコート

「ふん、ふふーん」


 ぼくは紙にペンを走らせた。

 レシピを書いているのだ。


「クリームの作り方は多分、バター工房で聞けるでしょー。フルーツは……決まってないけれど、まあそこは我慢で。ふふふふ、ショートケーキのレシピだ~」


 書いているのは、もちろん念願のショートケーキのレシピ。どうやらクリームが存在しているらしいとわかった以上、ショートケーキを作らないわけにはいかない。


「見た目はこんな感じで~」


 今までのスイーツと違って、ショートケーキは見た目が大事なスイーツだ。ぼくはレシピに、ショートケーキの絵を描き添えた。


「殿下、お時間です」


 そこに声をかけてきたのは、アランだ。


「ええ~、いいところだったのにー」

「今日は衣装の仮縫いでございます」


 実を言うとぼくはこのところ、忙しくて仕方なかった。秋のお誕生日パーティで婚約発表するから、その準備で忙しいのだ。

 新しい衣装を用意したり、根回しのために方々に挨拶に行ったり。

 おかげで、ずっとショートケーキのレシピを書く暇もなかった。やっと時間が取れたと思ったら、もう終わりだ。


 忙しい時間を過ごしている間にとっくに春は終わり、夏になってから随分経っている。

 この分では、婚約を発表するまではショートケーキ作りに取り掛かれなさそうだ。下手するとショートケーキを作る前に冬が来てしまって、食べられるのは来年になってしまうかもしれない。

 

「はいはい」


 ぼくはショートケーキのレシピを、大事に引き出しにしまって立ち上がった。


「……」


 その引き出しに、アランがじっと視線を注いでいた。

 

「どうしたの、アラン?」

「いえ、なんでもございません。服飾職人たちを呼びましょう」

「うん!」



 それから、時は経ち……。

 ぼくの誕生日パーティ当日になった。


 婚約発表をするならば、立派な衣装を着なければならないと新調した服は、わざわざ新調しただけあってそれは素晴らしい出来だった。


 胸元には、大きな赤いリボンをつけている。溜息が出るほど質のいい布が使われているために、リボンは光沢でつやっつやしている。さらにレースがあしらわれていて、見た目も華やかだ。

 しかし、特に気に入ったのは、リボンの色だ。赤なのだ。


「えへへ、おにいちゃまの色だ」


 鏡の前で自分の姿を確認したぼくは、嬉しさにはにかんだ。


「殿下、立派になられましたね……」


 リュカの格好を見て、ステラが涙ぐんでいる。


「な、何泣いてるのステラったら」

「だって殿下ったら、ほんの一年前まで寝台で伏せっておられましたのに。今や婚約ですもの」


 これまでを思って、泣けてきたようだ。

 まったくもう、大袈裟だなあ。


「今すぐ結婚するわけじゃないんだから」

「ふふ、そうでございますね。まだまだお仕えさせていただきますからね」


 ステラは涙をぬぐって笑った。


 というか、本当にお兄様と結婚するわけじゃないし。

 派閥争いを止めるために婚約しただけだし。


 とは思いつつも、ぼくは知っている。

 本当にお兄様と結婚する将来が待っているらしいことを。


 そのことを考えると顔が熱くなって、頭の中がいっぱいになってしまうので、考えないようにしている。


「あ、『お婿様』がいらっしゃいましたよ」


 ドアがノックされる音を聞いて、ステラが飛んでいった。

 お婿様だなんて、ステラまで意識させるようなことを言うのだから、もう。


 ドアを開けるとシルヴェストルお兄様がそこにいて、ぼくの姿に目を見張った。


「リュカ……見違えたな!」

「そ、そう? えへへ」


 第一声で褒められ、もじもじとしてしまう。


「おにいちゃまこそ、すっごいかっこいいよ!」


 お兄様もまた、今日は特別に着飾っていた。

 両親への挨拶に行った日みたいに髪を後ろに撫でつけてオールバックにし、白を基調とした服装に身を包んでいた。違うのは、胸元にビジュー付きのジャボをつけているのだ。ビジュー……宝石の色は蒼。ぼくの目の色だ。


 ぼくら、お互いの色を胸元につけてるんだな。


「おにいちゃま、きこーし貴公子ってかんじ」


 照れるのを感じながらも、にひひと笑う。

 

「なら、リュカだけの貴公子だな」


 けれども、さらりとお兄様がそんな返しをするので、目が丸くなってしまった。それから、さらにほっぺが赤くなる。

 

 今日のお兄様はワルワルスマイルじゃなくて、爽やかな笑顔を浮かべている。本当に貴公子って感じだ。お兄様よりもカッコいい人間は、この世に存在しないのではないかと思わせられる。

 あれ、お兄様ってこんなにカッコよかったっけ⁉


 いつもみたいに手を繋ごうって思ったら、お兄様は手ではなく腕を差し出す。


「エスコートだ」


 あ、婚約したらそんなところまで変わるの⁉


「あ、え」

「大丈夫だ、オレの腕に捕まってくれればいい」

「う、うん」


 手を繋ぐのは、慣れっこだったはずなのに。

 エスコートとなると妙に意識してしまって、耳まで真っ赤になる。


 ぼくはそっと、お兄様の腕に手を添えた。

 服越しに感じるお兄様の体温に、胸がドキドキと大きく高鳴る。


「さあ、行こう」

「うん……!」


 ぼくたちは、歩き出した。

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