第54話 両親への挨拶(後編)

「……先ほどから貴方は、リュカと婚姻を結ぶことの利を説いていましたね」


 お母様が、この場で初めて口を開いた。


「はい、誰にとっても利のある婚約になると思います」

 

「それは理解できました。ですが、二人の人間が婚約を結ぶにあたって最も大事なことを貴方はまだ語っていません」

 

「最も大事なこと……?」


「貴方がリュカを愛しているか、です」


 ああああああああ愛しているか⁉

 お母様の言葉に、ぼくは真っ赤になった。


 だってだって王族の結婚なんて、政略結婚が普通なんでしょ⁉

 今回だって派閥争いを止めるのが目的だから、政略結婚ならぬ政略婚約だし!

 愛なんて聞かれても、お兄様も困っちゃうよねえ! ねえ⁉

 

「言い換えれば、貴方はどれだけリュカを大切にする意志があるのですか? リュカは私の大事な息子なのです。不幸にする者の元に嫁がせることなど、できません」


 厳しい声に、お母様がどれだけぼくのことを大切に思ってくれているか伝わってきて、胸がじんわりと暖かくなるのを感じた。

 お兄様を見定めようとするのは、それだけぼくのことが大事だからだ。だからこそ、理屈よりも想いを問うている。


 シルヴェストルお兄様はぐっと顎を引き、お母様をまっすぐに見つめ返した。


「オレは、リュカのことを愛しています」


 お兄様の言葉が、耳の中で幾度も木霊した。

 愛しています、愛しています、愛しています……。


 ほわわわわわわわわー⁉


 いやいや、お母様を説得するために言ってるだけだってば、ぼくったらもう。慌てない慌てない。


「オレはリュカに出会うまで、ちっぽけな人間でした。オレが兄であるというだけで、リュカが天使のような微笑みで惜しみない好意を振りまいてくれるのに、敵愾心を感じてしまっていました。

 そんなオレをリュカはひたすらに愛してくれて、いつしかオレの心は変わりました。オレが変わると、周囲のオレに対する反応まで変わりました。リュカに愛されて初めて、オレは人を愛することを覚えたのです」


 なんか壮大なこと言ってるけど、お母様を説得するためだよね⁉ ね⁉

 聞いているだけで、ほっぺが熱くなってきちゃった。


「オレはリュカに愛を教えてもらったのです。そんなリュカを一番に愛し、何よりも大事に扱うのは当然のことです」


 お兄様の顔をそっと盗み見ると、お兄様の耳が赤くなっているのが見えた。

 お兄様も照れてるってこと⁉

 

 心臓のドキドキが、止まらなくなってしまう。

 もしかしてお兄様もぼくと本気で結婚したいと思ってくれてるのかな、なんて。

 この場で考えている場合じゃないことに、思考が支配されてしまいそうになる。


「リュカのワガママ……望みならばなんでも叶えてやり、いくらでもスイーツを食べさせてあげて、生涯に渡り幸せな生活を送らせてあげることを誓います」


 ほわわわわわわ、結婚式の誓いみたいなこと言ってるよ! ぼく、もうリンゴみたいな顔色になってるかも!


「……そうですか」


 シルヴェストルお兄様の必死の告白を聞き、お母様は静かに目を閉じた。


 お母様は、どう感じたんだろう。

 いろいろな意味でドキドキとする時間が過ぎる。


 お母様は不意に目を開くと、ぼくを見つめた。


「リュカはどう思っているのですか。隣の方を、好いているのですか? 一緒にいて、幸せになれますか?」


 ぼくにも聞くの⁉

 まさか質問がこっちに来るとは思わず、あたふたしそうになる。

 ちがう、ぼくもお兄様みたいに立派に答えないと!


「え、えっと」


 もう駄目だぁ!

 お兄様は「えっと」なんて言わなかった!


「ぼくは、おにいちゃまのことがだいすきです。おにいちゃまはいっつもやさしくって、かっこよくって……あ、このあいだゆーかいされたとき、おにいちゃまが助けてくれました! おにいちゃまなら、いつでもぼくを助けにきてくれます!」


 ぼくは顔を汗でいっぱいにしながら、一生懸命に答えた。


「だから、ぼくはおにいちゃまと結婚したいです!」


 お兄様の目の前で、こんなことを宣言しなきゃいけないなんて! 本音・・だから、余計に恥ずかしいじゃないか!


「ふふ、そう」


 お母様の厳めしかった表情は和らぎ、ふっと口元が綻んだ。


「そういえば、誘拐犯からリュカを救ってくださった礼をまだ言っておりませんでしたね。シルヴェストル殿下、私の命よりも大切なリュカを助けてくださって、本当にありがとうございます」


 お母様は柔らかい微笑みを、お兄様にも向けてくれた。


「当然のことをしたまでです」


 お兄様は頭を下げて答えた。


 王太子だから、当然のことではないんだけれどね。

 本当は騎士に任せなきゃいけないんだけれどね。


 でも、大事な弟を助けるのは当然って意味かな。えへへ。


「リュカがこう言うならば、大丈夫でしょう。二人の婚約を許します。どうかリュカを幸せにしてくださいませ」


 お母様が、婚約を許可することを宣言した。


 お兄様とぼくは顔を見合わせ、ぱっと顔を明るくさせた。

 王の御前でなければ、「やったー」と叫んでいたところだ。


「お慈悲に感謝いたします」


 ぼくたちは、婚約できるのだ!

 これで派閥争いもなくなって、お兄様と会えなくなるようなこともない! バンザイ!

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