後編・イケメンスパダリの正体

 ◇◆◇◆◇◆


 ほぼ同時刻。

 この国の首相がその官邸にて、防衛大臣と共に報告書を見て唖然としていた。


「……これは本当の事なのか」


 報告書を持ってきた補佐官が無言で頷くが、大臣はそれを認めず吐き捨てるように言う。


「馬鹿らしい! 荒唐無稽だ!!」

「お言葉ですが大臣、この情報の大半は友好国からもたらされたものです。我が国は明らかに他国よりも事態の把握が遅れています」


 反論する補佐官も、大臣と同じくらいの苦虫を噛み潰したような顔をしている。彼も本心では嘘だと思いたいのだろう。

 彼らの手にする報告書には以下の内容が記されている。


 銀河系から遠く離れたある星に住んでいた異星人―――便宜上【S31星人】と呼ぶ―――が、ひそかに地球に紛れ込んでいると言う事実。


 一つ、彼らは地球よりも遥かに高い科学文明レベルを有している。

 ワープに近いほどの速度での宇宙航行は勿論、地球人の見た目に完全に擬態できる能力。

 また、地球のあらゆるデータベースへのハッキングは彼らにすれば児戯のようなものらしく、痕跡も残さずに戸籍を作り、口座に金を入金することもできる。



 二つ、彼らは基本的に友好的であるが、地球の為に科学や文明を提供する意思はない。

 彼らを捕まえて利益にしようと目論んだ者も居たが、逆に捕まり記憶を消されている。

 何故なら……



 三つ、彼らにとって地球は新しい住まいであると共に"エサ場"であるからだ。

 元々彼らは地球人の食事に似た栄養摂取の他に【他人の感情や気力を皮膚接触により摂取】する性質があったが、それが実は僅かな量でも絶対に必要なもの、所謂いわゆる必須栄養素であると近年判明したのだ。

 しかも、自分の体内で産み出した感情ものは自分の為には役立たず、他人から分け与えて貰わねばならない。

 以前は彼らは母星の中でつがいを作り、お互いに与えあう関係を保つ事で生きてきた。


 しかし文明のレベルが高まり便利な世界になるほど、そこで暮らす人間の感情は複雑になる。精神を拗らせて病んだり、逆に感動が薄れて気力に乏しい人も増える。

 S31星人達自らが高い文明レベルを長年維持してきた結果、感動や気力、感情と言ったものを生み出し難い身体になってしまったのだが、それが彼らを緩やかな絶滅へと誘っていた。


 更に彼らはグルメである。人間の単純かつ純粋な感情、喜怒哀楽―――特にポジティブなものや恋愛感情を好む。

 もし彼らの正体がバレた地球人に触れた場合、(例え相手が摂取される事に同意していても)どうしてもそこには純粋な喜怒哀楽の他に、畏怖、躊躇い、打算などが混じる。

 それはS31星人にとって「不味い食事」なのだそうだ。


 つまりは地球人の中に紛れ込み、正体を知らない相手から負担にならない程度の純粋な感情や気力を分けて貰う、というのが彼らの望む形であり、現在進行形でその行動を取っている。



 四つ、この事はある地球人を非常に気に入った一人のS31星人から情報提供されたものである。

 地球の人々が彼らを必要以上に恐れたり、追いかけたりしないようにわざとカードを開いたのだ。

 この情報を世界に公開すれば地球上はパニックになり、お互いに自分の身体を触れさせないように疑心暗鬼になる。

 肝心のS31星人はそうなったら宇宙船に乗り込み、他のエサ場を探しに行けばいい。

 そうなりたくなければこの事は各国のトップだけが抑えておき、彼らのことは放っておけ、という意思表示だ。

 そしてS31星人にはその特性上、嘘は通用しない。

 各国のトップはこれを飲むしかないのだった。


「……静かな侵略を受け入れろという事か……」


 首相は眉間を揉んだ。顔色がよくない。


「不幸中の幸いは、現時点で地球に来ているS31星人は少数という事と、あまり仲間を増やす意思はないという事です」

「そんなもの信じられるか!」


 補佐官の言葉に大臣が唾を飛ばす。


「信じるしかないでしょう。どのみち我々には抵抗する術がありません。情報提供したS31星人によると、彼らの母星も感情の奪い合いで内乱が起きており、同じ轍は踏みたくないのでひっそりと生きたい、という事ですから」

「…………。」

「……純粋な感情、そんなものに価値がある時代がくるとはな」


 首相はぽつりとつぶやいた。腹芸でのし上がったこの場にいる男達には遠い世界の話だった。



 ◇◆◇◆◇◆



 江住は一人暮らしのマンションに帰宅した。

 目を閉じると頭の中には今日の美夜の様々な表情が浮かぶ。

 いずれもわかりやすい、子犬のような可愛らしい表情だった。

 そして映画館で味わった彼女のまっすぐな感情。以前一緒に映画に行った陸上部の先輩とは全く違う。


 江住は思わず左腕を撫ぜた。地球人でいえば喉を鳴らすようなものだ。

 あの後も何度も美夜に触れてしまいたくなり、欲望を抑えるのが大変だった。その為カフェで次回の約束をした後、すぐに駅で別れたのだ。

 そこで美夜の顔を思い出して、ついクスリと笑いが漏れる。


(彼女は「えっ…」と声を飲んでいたな。僕が彼女を食べると呟いたから? 何を期待していたんだろう)


 あんなにわかりやすくて純粋な妙齢の女性は滅多にいないだろう。

 美夜がこのままで居てくれれば、江住は番として生涯を共にし、ずっと大事に可愛がっても良いと思うくらい、素晴らしい味だった。


「……次は恋愛映画か。楽しみだな」


 どのシーンで美夜が何と思うか、あらかじめ予習しておいたほうが最も効率よく摂取ができる。

 江住はデートの日の二人分と、その前日に一人分の映画のチケットを予約した。

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映画館グルメマニアの彼 黒星★チーコ @krbsc-k

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