怪談『おはようの窓』と、真相『おはようの母』
こんな怪談がありました。
『おはようの窓』
「おはよう!」
「……おはよう」
「のんびりアクビしてないで。雨降ってる日は早く出るんでしょ」
「雨? あ、本当だ」
「昼過ぎには止むから、傘忘れて来ないでよ?」
「うん」
春先に母が急死してから、窓の外から母の声が聞こえるようになりました。
生前と同じように毎朝、僕を起こしてくれます。
窓を閉め切ってエアコンをつけていた時期も、変わらず窓から声が聞こえていました。
その母の言う天気予報は、外れることがありません。
まあ、心霊現象にはなるんでしょうけどね。
このまま高校を卒業して大学生になっても、社会人になっても、母の声で目覚めたいと思っているんです。
――と、いう『怪談』になっている幽霊さんのお話を聞いてみましょう。
『おはようの母』
夜毎に行われる怪談会。
次の話し手は、キャラクターのエプロンをつけた奥さんだ。
あ、このエプロンは幼稚園に勤めていた頃のものです。
以前、幼稚園教諭をしていたので。
結婚後、家事をする時もこのエプロンを使っていました。
家の中では、どんなエプロンでも気になりませんからね。
実は私、死んでいることにしばらく気付かなかったんです。
毎朝『おはよう』と言って、高校生の息子を起こして。
家で掃除や洗濯をしているつもりでした。
でも、いつ頃だったか、掃除してもキレイにならないと気付いたんです。
洗濯機を回したはずが、洗濯カゴに服が溜まった状態に戻っていたり……。
だんだん思い出してきて、あぁ、自分は急死したのだったなって気付きました。
でも息子にだけは、幽霊になった私の声が伝わっていました。
母親は死んだと理解していても、私に起こして欲しいと願ってくれていたんです。
私も以前のように、部屋の中で『おはよう』と声をかけていました。
息子には何故か、窓から私の声が聞こえているようなんですけど。
ベッドの中から息子も『おはよう』と返してくれて。
その日の天気の話なんかを、少しだけするんです。
ベッドの中で寝ぼけている息子とは、会話をすることができました。
とても嬉しかったです。
ずっと、続けてしまいました。
でも、息子も大人になりました。
最近、彼女と同棲するようになったんです。
私より先に、彼女が息子を起こしてくれるようになりました。
母親の幽霊のせいで、彼女に嫌われては大変ですから。
何も言わずに見守っているんです。
でも息子は、私が消えてしまったのかと寂しがってくれています。
それが伝わってくるんです。
寂しさから、幻聴が聞こえていただけだったとも思うようになって……。
このまま何も言わずに息子を見守るか、何か伝えてからにするか。
……迷っているんです。
伏し目がちに、エプロンの奥さんは話し終えた。
参加霊たちが拍手する。
怪談会MCの青年カイ君も、拍手しながら、
「おはようは、起こす時だけの言葉ではありません。起きている息子さんに、彼女さんが居る間は無言で見守ると伝えてみてはどうですか」
と、聞いてみた。
「……言われてみれば。起こすタイミング以外で話しかけること、すっかり忘れていました」
と、奥さんは目をパチパチさせている。
「僕たちは幽霊ですから。もしかすると息子さんが寝ぼけている時でないと、会話ができないのかも知れませんけどね。息子さんが起きたばかりで彼女さんがトイレに行っているタイミングでもあれば、試してみてはいかがですか」
「はい。そうしてみます」
奥さんは明るい笑顔で頷いた。
「あたたかいお話を、ありがとうございました」
怪談会の参加霊たちが、もう一度拍手を送った。
亡くなった者の姿が見えたり、声が聞こえたりする心霊現象。
それを怖がる者ばかりではないのだ。
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