第48話 これからどこに行くのか





 目が覚めた時、僕は病院のベッドに寝かされていた。


 隣には星野さんがパイプ椅子に座っていた。目を覚ました僕を見るや否や、『突然一人で発狂したように叫んで失神してびっくりした』と文句を言われた。


 病棟にいる看護師さんたちが慌てて介抱してくれ、今とりあえず近くのベッドに寝かされている、というわけだ。


 呆然としながら星野さんの説明を聞く。そして先ほど見た光景を思い出していた。


「びっくりしたのよほんと、周りの人たちも集まってきて。すっごい声で叫んでたから」


「…………」


「何かあったんだと思うけど、なんで私じゃなくて大山くんなの?」


「星野さん、首は?」


 不服そうに言う彼女に尋ねた。少女に喰われて血が出ていた首は、今はなんともなく真っ白だ。星野さんは不思議そうに首を傾げる。


「首? 何が? そういえばこっち側ちょっと痛いかも」


「……痛いぐらいならいいや」


「どういう意味? ねえ、女の子ってどうなったの、私今憑かれてる?」


 早口で尋ねてくる星野さんに、今は何も説明する気は起きなかった。




 水谷さんがだいぶ昔に亡くなった看護師であることは、最初に出会った時に気づいていた。


 ナースキャップは一昔前のアイテムで、今は清潔面だとかいろんな理由で、全国的に廃止されている。現に、この病院でナースキャップなんてかぶってる人はいない。


 つまり水谷さんは、今生きてる人ではない。死んだ後も霊となって少女を探していたのだ。


 星野さんのめちゃくちゃな方法で少女を誘き寄せることに成功した。そしてずっと探していた少女に水谷さんは必死に喰らい付き、一緒に消えてくれたということだ。


 たぶん、ともや君ももう……容体は安定すると思うし、今後あの少女のせいで亡くなる人はいなくなると思う。全てはあの看護師のおかげ。


 それでも。僕はぼんやりと考える。


 もし、水谷さんが言っていたことが本当で少女を地獄に送ったのだとしたら、あれほど喰らい付いていた水谷さんもやはり一緒に堕ちてしまったのか。決して離さないという強い意志を感じ取った。堕ちるところまで、水谷さんは少女を離さなかったと思う。


「どうしたの大山くん?」


 首を傾げる星野さんをみて、僕はゆっくり上半身を起こした。少しふらつきがあり頭を押さえながら、それでも聞いた。


「地獄って、あるのかな」


「さあ……私はあったら面白いなと思うけど」


「善人なのに地獄に堕ちたらどうなるのかな」


「地獄にいる人がわざわざ天国に送り返してくれるほど親切とは思わないけど」


 なぜ水谷さんは自分の身を捧げてまで少女を消滅させたのだろう。


 昔大切な人を少女に殺されたのだろうか。


 水谷さん自身も少女に殺されたのだろうか。


 人の命を救う看護師として、生を奪うのが許せなかったんだろうか。


 答えは何も分からない。


「星野さん、あれちょうだい」


「え?」


「おやつ」


 無性に刺激が強いものが欲しくなった僕は初めて頼んだ。少し驚いた顔をした星野さんは、それでも無言でポケットから取り出す。小さな袋に入っている鷹の爪を僕の手のひらに出してくれた。そしてあの綺麗な声で言ったのだ。


「わかった、何も聞かない」


「…………」


「この世には理不尽なことがたくさんある。自分たちの力じゃどうしようもないことも。そういうことよね」


 僕は返事を返さないまま、赤いそれを口に含んだ。噛んだ瞬間ひどい刺激が襲ってきてむせたけど、その痛さがなんだか心地よいように感じた。目に浮かぶ涙をそのままに、必死に噛み締めた。


 水谷さんがどうか、地獄になんておちませんように。そんなありきたりな願いをするしか、僕にはできない。


 多くの命を救ってくれた一人の看護師を、きっと一生忘れない。








 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る