インターホンをのぞくとき

第30話 ノックからの相談

 

 見えざるものが視えてしまう僕、大山研一だが、バイト先にいる鈍感オカルトマニアの美少女にやけに気に入られてしまっている。


 それでも彼女以外にはこの能力を話したことはないし、周りにはただの「地味なメガネくん」の印象で通っている。


 星野美琴さえ大人しくしていてくれれば、僕の大学ライフは平和なものでいられるはずなのだ。






 その日バイトは結構暇な日で、珍しくみんな気が抜けてダラダラとしていた。たまにはこういう日があってもいいと思う。


 僕もなんとか慣れてきた人たちと少し雑談を交わしながら穏やかに時が過ぎるのを待っていた。


 そんな時ふと、野久保くん——通称ノックが、どうも浮かれない顔をしていることに気がついた。


 ノックは僕がバイトに入った時から世話をしてくれている面倒見のいい子で、明るく人懐こい同い年の青年だ。基本人見しりの僕も、彼とはすぐに仲良くなった。


 いつもニコニコしているノックは、その日うかない顔をして、話しかけられたら辛うじて愛想笑いを浮かべるくらいだった。そんな彼の様子が気になった僕は、そっと隣に近づいて声をかけてみる。


「ノック」


「ん?」


「何か疲れてる? 体調でも悪い?」


 僕がそう言うと、彼はああ、と申し訳なさそうに呟いた。


「ごめん、体調悪いわけじゃないんだ」


「じゃあどうしたの」


「ちょっと最近、変な現象があってね」


「変な現象?」


 少し首を傾げて聞き返した。彼はぼんやりとした様子で頷く。


「それであんまり寝れてなくて。眠いっていうのが大きいかな。ごめん大山、気にしないで」


 いつも明るく悩みなんかなさそうなノックが無理して笑っている様子は、友人として心配せずにはいられなかった。彼には色々助けてもらっているし、僕も助けられるものなら助けたいと思う。


「何があったの? 言いたくないならいいんだけど、話すだけでも楽になるかも」


 僕がそういうと、彼は一瞬迷ったような顔をしたが、俯き加減でポツリポツリと話し出した。







 それは三日前のこと。


 一人暮らしをしているノックは、その日友人と遅くまで居酒屋で飲んだあと帰宅した。結構酔っ払っていたらしい。ふらふらとした足取りで住むアパートにつき、二階にある部屋になんとかたどり着いた。


 中に入り靴を脱ぎ捨てる。見慣れた玄関からワンルームの部屋に移動し電気をつけた。アルコールからどこかテンションが高くていい気分だったらしい。


 さてまずは風呂でも入ろうかと思った時。彼の目にあるものが映った。


 それはカメラ付きインターホンだった。


 来客があってチャイムが鳴った後対応するあれだ。ノックの一人暮らしの部屋にもついていた。ボロアパートに住む僕の部屋ですらついてるのだから、今日本で普及率は高いんだろうか。


 ノックの部屋のインターホンは不在時に誰かチャイムを鳴らすと、ランプが点滅するようになるらしい。録画機能もついてるので、確認すれば「ああ、宅配便が来たのか」とかわかるというわけだ。


 そのランプがチカチカと点滅している。


 早速録画を見てみた。時刻は昼間の三時。操作してみると、そこには誰も映っていなかった。


「ん?」


 インターホンは押した瞬間を録画するはず。映っていないとはどういうことなのか。


「他にも履歴がある」


 今度はちょうど一時間後の四時。だがしかし、そこにも何も映っていなかった。


 首を傾げて考える。故障だとか? ピンポンダッシュは可能なのだろうか。


 履歴はまだ続いていた。それは全て一時間ごとに残っており、どの記録にも何も映っていなかった。明るい外が徐々に暗くなっていく様子がカメラに残されているだけだ。


 最後の記録は二十三時。そこにもただ漆黒の闇が残っているのみで、インターホンを鳴らした相手の姿は何一つ映っていなかった。


「悪戯? にしては手が込んでる」


 そう不思議に思いながらふと時計をみた。そしてあっと思う。


 もうすぐ零時だ。これまで全て一時間ごとにインターホンが鳴っているなら、次に鳴るのは零時ということになる。


 ノックは風呂に入るのをやめてそのまま仁王立ちで考えた。本当にインターホンが鳴ったとして、故障か悪戯かどう判断すればいいんだろう。


 その答えはすぐに出た。簡単なことだ、ドアスコープから直接覗いてやればいい。


 悪戯だとしたらカメラの死角になるようにどうにかしてボタンを押しているんだろう。ドアスコープからならさすがに見えるんじゃないのか。


 ノックはすぐに実行に移した。零時まではもう残り数分。こっそり玄関に移動し、念のため電気を消しておいた。こっちの明かりが向こうに漏れないようにだ。


 そっとドアスコープを覗くと、そこは見慣れた玄関前。薄暗い中でぼんやりと白っぽい床が浮かび上がっている。


 さてもうすぐ例の時間だ。誰かが来るのだろうか。果たして?


 どこかワクワクした気持ちで待ち構えるノックの耳に、あの音が響いてきた。




 ピンポーン


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