第29話 増えていた写真

「で、でもこれ何が心霊写真なの? どっか変なところある?」


「ああ……普通にみただけじゃわからないよね」


 星野さんは僕からアルバムを取った。じっと見つめながら詳細を説明してくれる。


「この写真に気づいたのはある家の奥さん。ある日スマホを見てみたら、アルバムの中に知らない写真が勝手に増えていた。それがこの写真」


「はあ、まあ勝手に増えてたなら確かに不気味だけど。誰かの悪戯とかじゃなくて?」


「そう思うでしょう。ところが、この写真が入っていたスマホっていうのは奥さんのスマホじゃないの」


「え?」


「その奥さんの、亡くなったお子さんのスマホ」


 どきん、と心臓が鳴った。星野さんは少しだけ口角を上げる。


「小学生の息子がね、事故死しちゃって。その子が使っていたスマホらしいの。時々思い出に浸るように電源を入れて写真を見てたんですって。そしたらある日突然この画像が増えていた。

 流石に悪戯じゃないでしょう? 家から持ち出すことなんてしないし、何より亡くなった子のスマホにだなんて不謹慎だもの」


「そ、れは確かに……」


 恐らく普段は遺品として大切に保管しているだろう。そこにある日突然画像が増えている。確かに不気味な事この上ない。初めてこれを見つめた時はかなり驚いたことだろうと思う。普通の写真でないことは確かだ。


 でも……。


 写真に映る無表情の青年を眺める。死んだ後も自分の家に戻ってこられるなら、僕はさほど問題ではないと思う。どこかで彷徨って寂しがってるよりマシじゃないか。


 それに。


「もしかして、いつまでも悲しんでるお母さんに何か伝えたかったのかなあ」


 亡くなった少年からの、無言のメッセージだとか。


 自分が死んでからも悲しむ母親。もう前を向いて歩いて行って欲しいというメッセージだとしたら、そこまで恐怖のものではないと思う。むしろ切なく美しい物語なのではないか。


「まあ、メッセージにしてはちょっと伝わりにくいけど」


 僕が苦笑していうと、星野さんが意味ありげに笑った。その顔をみて、ああ今の僕の意見はまるで見当外れなんだと思い知らされる。


 彼女は勿体ぶるようにジュースを一口だけ飲むと、こう言った。


「ここに写ってる少年、奥さんの子供じゃないから」


「…………え?」


 僕は慌てて写真を見返してみる。てっきり、亡くなったはずの少年がある日写真に写っていた、という話だと思っていたのに、この少年は違う子??


 頭の中がクエスチョンでいっぱいになる。


「大山くんの言う流れだったらむしろ感動的になったかもしれないけど、だったらきっと私の手元になんて来てない。

 写ってる場所は紛れもなく奥さんのお家。でもこの少年は全く知らない子なのよ」


 ゾクゾクっと震えが走った。無表情でこちらを見つめる男の子があまりに恐ろしく見える。


 家で眠っているだけのスマートフォン。ある日電源を入れたなら、自分の家の中で撮られた見知らぬ人間。


 あまりに怖い。これが生きてる人間だろうと、死んでる人間だろうと。


「そん、な……」


「スマホからはデータ消去したけど、そのままっていうのも怖いからお祓いのために現像はしたらしいの。そのエピソード付きだから、これは本物なんだろうなって思ってたの、大山くんに見せれてよかった」


 嬉しそうにいう星野さんに何も返せず、僕はただ瞬きもしないまま少年を見つめた。


 おもえばかなり青白い顔。子供独特の明るさや元気がまるでない。生きることに疲れたような、全てに絶望しているかのような目。じっとカメラのレンズを見つめる黒い瞳は生きてる者とは思えない。


 そしてその目とは真逆に、ただ頬を釣り上げましたというような違和感のある笑顔。


…………待て、


 笑顔、だって?


「ちょ、ちょっと星野さん貸して!!」


 僕はアルバムを星野さんの手から奪い取った。それを穴が開きそうなほどじっと見つめる。


 少年は口角を上げて笑っていた。ほんのわずかに開かれた口の奥には白い歯なんて見えず、ただ漆黒の闇だけが見えた。その黒から、何かが這い出てきそうな想像に囚われる。


「わ、笑ってる……! 笑ってるじゃん!」


 一番最初に見た時は確かに、彼は無表情だった。子供らしからぬ顔だったので印象に残っている、間違いない。でも今の彼はいつのまにか笑っている。一体いつのまに変化した? いや、そんなことはどうでもいい。


 この少年がみて笑っているのはカメラのレンズではなく、僕たちだと思った。不気味な笑顔でこちらを嘲笑うかのようにみている。


「え? 最初から笑ってなかったっけ?」


 星野さんは首を傾げて言った。鈍感な彼女には感じ取れないのだろう、この異様であまりに恐ろしい写真を。


 僕は慌ててアルバムを閉じた。パタンと音がしたとき、一瞬だが子供の声のようなものが聞こえた気がしたのは気のせいだと思いたい。


 絶対にもう開いてなるものかと強く心に決めて、隣の星野さんに言った。


「ほ、星野さん、これ……!」


「ああ、安心して。これ、借り物なの」


「え、え?」


「相当ヤバい代物だって聞いて見せてもらったんだけど。大山くんに見せたくて一瞬だけ借りたの。今からすぐに返しに行くし、お焚き上げの予定も決まってるから」


「……そ、そうなの……」


「あんまり写真を見続けなければ大丈夫だろうって言われてるから。借り物だし約束破れないから残念。それだけ強烈なら取り憑かれそうなのに」


「…………」


 なんの変哲もない茶色のアルバムを見下ろしてみる。


 心霊写真なんて、ほとんどヤラセとか気のせいとか、そういうのばっかりだと思っていた。顔が写るとか腕が多いとか、そんなありきたりなものばかりだと。


 だからまさか、こんな形で本物と出会うことになるなんて思ってなかった。えぐい。本物の力はえぐい。


「あーそろそろ店でなきゃいけないそうでーす! 二次会行く人はカラオケでもいきましょー!」


 明るい声がして、そういえばここが飲み会の席だったんだと思い出す。背景のうるささなんて忘れるほどの経験だった。僕は持っていたアルバムを星野さんに返す。


「もう開けちゃだめだよ。ちゃんと返すんだよ」


「うん、借りた人との約束だから、それは守るよ」


 星野さんはカバンの中に仕舞い込む。なんだか不安もあったけど、彼女の言葉を信じることにした。ていうか、僕に見せたくて借りてきたって。なんてことをしてくれるんだ、おかげで楽しい飲み会が最悪の終わりになってしまった。


「大山! カラオケいくー?」


 何も知らないノックが笑顔で聞いてくる。僕は必死に頬を緩めてなんとか答えた。


「あーいや、今日はもう帰ろうかな……」


「あれ残念。星野さんはー?」


「私もこれから人と会う約束あるから」


「そっか、了解」


 みんなそれぞれ立ち上がり帰宅の準備をしだす。酔っ払って眠ってしまった人が叩き起こされている。星野さんも涼しい顔をして立った。


「大山くんに見せれてよかった。わかってたけど、やっぱり大山くんって凄いね」


「お願いだから二度とこんなもの持ってこないで」


「ふふ、だって、普段こんなもの手に入らないんだもの。でもやっぱりあれ以外の写真は偽物なのね……残念」


 星野さんはそう悲しげにいうと、さっさと僕を残して席から離れてしまった。


 遠くにいたノックが隣に戻ってくる。嬉しそうに彼が耳打ちした。


「わざわざ大山の横に移動してたじゃん! 何話してたんだよー!」


「……内緒」


「うわーー! うらやましいー!」


 笑いながら悶える彼に、僕は何も言えなかった。とんでもない心霊写真を見せられていた、なんて。






 その後、星野さんはちゃんと約束を守って写真を返したらしかった。


 バイト先で会っても変なものを連れていないので、それだけは確からしい。多分あんなものずっと持っていた日には恐ろしいことになるはずだからだ。


 時々テレビ番組でみる心霊写真特集。幽霊だとわかりやすく女の顔とか写ってるのはとってもいいなと思った。


 だって——なんの情報もなしにあんな写真を見せられた日には、普通はおかしい写真だなんて気づけない。だって単に少年がはっきり写ってる写真だった。気づけないままずっと保管するかもしれない。


 ああいう写真、実は知らないうちにスマホの中に増えていたり……なんてことも、あるのかも。

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