もう一人の客

第5話 初歩的なミス


 幼い頃から人には見えないものが視えてしまう僕、大山研一だが、普段はそういうやつらにはなるべく関わらないように、見えないフリをして過ごしている。


 そんな僕が心霊スポットなんかに足を踏み入れてしまった原因の星野美琴は、同じファミレスでバイトをする大学一年生だ。


 鈍感で本人は霊がちっともみえないらしいのだが「取り憑かれるのが夢」らしく、どうやらかなりのオカルトマニアと見た。


 おやつに鷹の爪を齧るほどの辛党でもある彼女は、外見だけはすれ違えば二度見してしまうほどの美少女だからめちゃくちゃ勿体無いと思っている。




 


 僕は手に持っているクリームパスタを慌ててキッチンへと持ち帰った。先ほどオーダーを取ったパスタが、どうやらオーダーミスをしてしまったらしい。まだバイトを始めてあまり時間が経っておらず、オーダー一つ取るだけでど緊張してしまうくらいなのだ。普段からのコミュ障が祟っている。


 キッチンに周り、中に声をかけた。


「す、すみません……! オーダーミスでした、至急キノコのクリームパスタをお願いします……」


 頭を下げてお願いすると、近くで作業していた男性がチッと舌打ちした。原田さん、という人だった。年は(多分)三十くらい、いつもイライラしながら鍋を振っている茶髪の男性だ。


「オーダーくらいちゃんと取れノロマ」


 小声だが確実に僕に聞こえるようにそう言った。びくっと体が反応する。勿論ミスした自分が悪いのだが、こうした言われ方をするとやっぱり落ち込む。ずれてきたメガネを直した。


「原田さん、すみません。とり間違えたの私なんです。お願いします」


 途端隣から声が聞こえてきた。凛とした、それでいて優しい声色だった。はっとして横を見ると、あのオカルトマニアがこちらを見て微笑んでいた。


 いつ見ても人形のように整った顔立ちをしていた。


「あれー? なんだ美琴ちゃん? そっかなんだあ、気をつけてなー」


 途端、原田さんはころっと態度を変えた。あまりの変貌ぶりに言葉を失くす。そりゃ野郎と美少女じゃ扱いが違うのは当たり前だが、それにしてもあんまりじゃないか。


 原田さんが奥に入っていったのを見て、こそっと星野さんが小声で言った。


「入ってすぐじゃオーダーミスぐらい誰でもするよ。気にしないで」


 それだけ言うと彼女はまたホールへと戻っていった。ポニーテールにされている長い髪を見ながら、決して悪い子じゃないのにな、とボンヤリ思った。


 それどころか、少し一緒に働いてみればすぐわかる。みんなはあの子をかなり慕っているし、お客さんだって星野さん目当ての人も多い。気遣いもできるし優しいところもある。のだが……


……憑かれるのが夢、なんて言わなけりゃなあ。


「大山、大丈夫?」


 背後から声が聞こえた。同い年のノックだった。フレンドリーな彼は僕ともすぐに打ち解けてくれた。色々僕に仕事を教えてくれたのも彼なのだ。ノックはキッチンの方を見ながら警戒しつつ言う。


「原田さんは明らか星野狙いだから。この前星野と飯行った大山を目の敵にしてるのかも」


「ええっ。だってあれは本当ちょっと連絡事項があったというか……」


「星野は誘っても全然乗ってこないタイプだから、大山どんな手使ったんだよ! うらやましー」


 教えてやりたい。心霊スポット、とか呪われる、とかの単語を使えば彼女はすぐ食いついてくるぞと。僕は冷めた目でノックを見る。みんな騙されてるんだなあ、あの外見に。


 だがまあ、見た目だけ考えれば確かに僕の人生ではあんな子と二人きりでご飯にいくなんて考えられないレベルだよなあ、なんて思ったり。


 その時、高い音が響いた。それは来客を知らせる音で、誰か新規の客が来たのだとすぐに気づける。僕は失敗を挽回しようと、急いで外へ出た。


 入り口には男の人が立っていた。若いその人を見て、最近覚えた営業スマイルを浮かべる。


「いらっしゃいませ! お客様は」


 こちらが言い終える前に、彼は人差し指を一本立てた。僕は空いている席をちらりと確認し、そこへ案内した。


「こちらへどうぞ!」


 時刻は夕方だった。外は日が落ちてきている。ファミリーレストランとは、名前の通りファミリーも多いが学生、サラリーマン、老人たちなど色々な層の客がやってくる。大人数だったり少人数だったり様々だ。まだ空いている店内で、一番奥の座席に彼を案内した。


「こちらへおかけください」


 男性と女性がそれぞれ腰掛ける。その足で今度はお冷ややおしぼりをとりに向かった。トレイに必要な分を乗せ、颯爽と再びあの席へ戻っていく。まだメニューを決めきれていない様子が伺えた。迷うようにページをめくっているのだ。


 僕は彼らの前に水などを置くとにこやかに言ってみせた。


「ご注文がお決まりになりましたらボタンでお知らせください」


 そう踵を返して戻ろうとした時だ。背後から低い声がきこえた。


「あの」


「! はい!」


「一人なんですけど」


 男性は怪訝そうにそう言って、向かいに置かれたお冷をゆびさした。


……しまった!


 僕は彼の向かいに座り込む女性を見る。


 首をだらりと垂らし、セミロングの髪の毛は顔にかかっていてその表情はよくみえない。黒いTシャツとジーンズを履いていた。ひっそりと椅子に座っている彼女は何を言うこともなくただそこに座っていた。それが生きてる人間じゃないことは明らかだった。


 やってしまった。

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