第43話 真夜中の覚醒

 暁人さんは後ろを向き、そばにあったビニール袋を何やらごそごそ漁り、私に訊いた。


「何か食べられますか? かなり時間も遅くなりました、食事を取らないと。おにぎりやサンドイッチ、ゼリーにチョコレート。スープやサラダもあります。食欲がなくても少しは食べた方がいいかと」


「……じゃあサンドイッチで」


「はい、どうぞ」


 図書館に行った帰りに買ってきてくれたのだろうか。暁人さんは本当に気が利く人だなあ、と感心する。受け取ったサンドイッチは美味しそうだが、やはりあまり食欲がわかない。さっき、あんなものを見てしまったせいだ。


 ううん、でも食べないと。私は封を開け、無理矢理齧りつきながら暁人さんに尋ねた。


「暁人さんの方は何か分かったんですか?」


「ええ。とりあえず……これが被害者のリストです」


 彼はカバンから紙を取り出し、私に差し出した。覗き込むと、新聞記事のコピーらしきものが目に入る。


『寺田修(五十二) 寺田綾子(五十) 飯尾治(八十) 田辺昭一(五) 

 恩田美佐子(二十五) 西村喜一郎(七十九)』


「七人も……」


 つい呟いた。


 寺田というのは確か、その診療所を経営していた夫婦だ。そのほかにもさらに、四人の方が犠牲になっている。田辺昭一(五)という名前が気になった。さっき見たあの子は、昭一くんという名前だったのだろう。


 他にも若い女性、それから高齢の男性など、今までの目撃情報と共通している。やはり、火事で亡くなった人たちの霊が出没していると考えてまず間違いないだろう。


「宇野さんから伺った話と相違はありませんでした。やはりこの土地一帯に自宅と兼用した診療所があって、ある日突然男が放火。入口付近にガソリンを撒いて火をつけたそうです。火の回りも早く突然のことでパニックにもなり、逃げ遅れた方々が犠牲になりました」


「ひどい……」


「しばらく経ってから綺麗な更地になり、その後駐車場に。そして今に至る、と」


「でもやっぱり、この家にだけおかしなことが起こる原因は分かりませんね」


 私が尋ねると暁人さんが頭を掻いた。


「まるで分かりませんね。もう少し色々情報が必要です。まあまだ一日目なので、今日はこの辺で調査は終了しましょう。井上さんも疲れたでしょう? 詰め込みすぎても続きませんからね。三石さんがシャワーなど勝手に使っていいと許可をしてくれています。俺と柊一は朝シャワーを浴びてきたので、まあいいかと思ってますが、井上さんはどうされますか」


「そうなんですか? じゃあ私は」


 借りてきます、と言いかけて口を閉じた。


 それってつまり、霊が出まくるこの家で一人きりになり、無防備な恰好になるということか。二人はいつだって私のそばにいてくれたが、まさかお風呂までそうはいかない。


 しかも引き寄せやすい体質かもしれない、と言われたばかりの今、そんな勇気はない。


 項垂れて答えた。


「私も朝シャワーを浴びてきたから……今日はやめておきます。一人でお風呂に入るの怖すぎます……」


「そうだよねえ。僕か暁人が女の子だったらよかったのにねえ」


 残念そうに眉尻を下げて柊一さんは言うが、どっちかが女性だったら、私がイケメンから得られる癒しとパワーが減ってしまう。しかも絶対にとびきりの美女だろうし、隣にいたら自信なくしそうだから、二人は男性のままでいい、と強く思った。


「さすがにお風呂は一緒に入ってあげられないから、遥さん今日は諦めた方がいいね」


「諦めます……」


「となれば、腹ごしらえを済ませてさっさと寝ようか。夜に動くのは危険を伴うし、早く朝になるのが一番だよね」


 柊一さんは袋を漁り、やはりというかおにぎりを取り出して食べ始めた。私は手が止まってしまっていたサンドイッチを思い出し、それを何とか頬張りお腹に入れていく。暁人さんも適当に何かを食べ始め、三人でゆっくりとディナー、となった。


 その後、車に積んであった寝具を運び込み、床に敷いて寝ることになった。寝具と言っても軽くて薄めの物なので、ベッドに慣れてしまった自分がちゃんと寝れるか心配だったが、疲れもあったのかあっさり私は夢の中へ飛び込んでいった。


 






 瞼が自然と開き、そっと辺りを見回した。


 見上げるとオレンジ色の常夜灯がついていた。その灯りで周りの様子も少し分かる。広いとは言えない部屋の隅に寝ている自分、その反対側の壁に身を寄せて寝る暁人さん、窓側に寝る柊一さん。二人とも気持ちよさそうに寝息を立てていた。


 こっそり枕元に置いておいたスマホを見てみると、夜中の一時だった。カーテンのない窓からは真っ暗な空が見えた。雲が多いようで、月も星も見えない。


 困ったな、と一人顔をしかめた。目が覚めた理由は簡単だ、トイレに行きたくなったから。


 やや寒くなってきたせいなのか、時折こうして夜中にトイレに起きてしまう。今日は特に、ベッドではなく薄い布団を敷いただけの床で寝ているせいもあるかもしれない。


 ゆっくり上半身を起こした。


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