第13話 つけてくる

 フロントを抜けていくと、ゲームコーナーがあった。当時使われていたであろうゲーム機がそのまま置いてあり、埃を被っている。古い形のクレーンゲームや、ドライブゲームなどが当時の状態でひっそりと私たちを出迎える。私が幼い頃に遊んだスウィートランドと呼ばれるものもあった。ドーム型のマシンで、お菓子や小さなおもちゃが積まれており、上手くやればお菓子をゲットできるあれだ。


 細かい所まで懐中電灯を当ててみるが、今のところ幽霊らしきものはいない。


「こっちはお風呂みたいですよ」


 暁人さんがゲームコーナーを通り過ぎ、指をさした。見てみれば、大きなのれんのようなものがぶら下がっている。汚れと劣化でよく読めないが、おそらく『湯』と一文字書かれているようだ。


 お風呂、ってなんか嫌だなあ。水があるところって幽霊が寄ってきやすいと聞いたことがあるけど、実際はどうなんだろう。


 三人でゆっくり足を進め、風呂場までたどり着く。広々とした脱衣所があった。着替えなどを置く木製の棚と籠がある。大きなその奥には大きな鏡があり、汚れや傷があるものの私たちを映していた。なんとなく見るのが怖くて、視線を逸らす。


「こっちが浴槽だね」


 柊一さんがじっと見つめている先には、確かにお風呂と思しきものがあった。六個の洗い場と、中央にある大きな湯舟。そこまで大きいとは言えない大きさだが、数人で浸かるには十分な広さがある。


 柊一さんはためらわずに中へと入った。可愛らしい顔とはまるで違い、ずかずかと平気で進んでいく。


 その背中を追って私もそっと足を踏み入れてみた。昔はお風呂だったようだが、今は無論水一滴もないし、むしろ乾燥している。


 カエルが描かれた桶が足元に転がっていた。なんとなくそれに明かりを当て、ぼんやりと見る。場にそぐわぬ明るい声で、柊一さんが言う。


「しかしこんなところに入らされる芸能人たちも可哀そうだねー。僕たちみたいに攻撃できる能力があるならともかく、素人は相当怖いでしょ」


「だろうなあ。大概芸人とか、アイドルとかが多いよな」


「ねえ夏にやってた番組見た? 今回の依頼元じゃないテレビ局だったんだけど、すごい場所に入ってたよ。僕憐れんじゃったもん」


「お前プライベートでそんなの見てるの? 俺、仕事以外でそんなの見たくないわ」


 緊張感のない二人の会話が救いだった。仲のよさそうな様子に微笑み、少し肩の力が抜ける。もしかしたら、私のためにあえて明るい声を出してくれてるのかもしれない。あとはやっぱり、仲いいなあ。二人の恋路は私がしっかり応援します。


 表情を緩ませながらなんとなく懐中電灯を動かし、周りを観察する。丸い白い光がゆらゆらと動き、風呂場の一部を照らしていく。


 その光が洗い場をすっと通った瞬間だ。壁に貼り付けられた鏡たちに、自分の姿が映っていたのが分かった。だが白いパーカーを羽織った自分の背後に、何か赤い色を捉えた。


「あれっ」


 小さく声を上げて、すぐに気になった部分に光を当てた。だが、ぽかんとした自分がぼんやり映っているだけで、赤い物は特にない。振り返って周辺を見回してみるが、やはり何もない。


「どうしました」


 暁人さんがすぐに聞いてきてくれる。私は首を傾げた。


「鏡に映る自分の後ろに、何か赤い物が見えた気がしたんですが……一瞬だったので、気のせいかもしれません」


 私がそういうと、二人が厳しい表情で顔を見合わせた。柊一さんが言う。


「油断しないで。こういう場所では、気のせいだと思ったものは大概気のせいじゃないんだよ」


「え……」


「赤い色とは目立つでしょう。そんなものはこの風呂場にはないです。見間違えだとしたら不自然です」


 二人がそろってそういうので、さあっと血の気が引く。一瞬だけで何があったかもわからなかったけれど、私、ついに見えちゃったの……?


 暁人さんが周辺を観察しながらとどめを刺した。


「こうなったら正直に言ってしまいますが、ここには何かがいます。間違いなく」


「だよねえ。僕と暁人は分かっちゃうからさ」


 口を揃えてそんな絶望を言ってくる。私には感じない何かを、二人とも感じ取っているのだ。何かいる、このホテルには何かが……。


「遥さんだいじょうぶ?」


「……大丈夫、ではない気がしますが……ここまで来たなら、最後まで進みます……」


 とぎれとぎれになんとか答える。逃げ出したい気持ちはある、でも自分で同行するって決めたんだから、今日は最後まで回りたい。


 柊一さんが感心するように言った。


「根性あるねえ。じゃあささっと回ろうか、暁人」


 二人はまたしっかり私を挟んで歩き出した。


 風呂場より少し進むと、今度は食堂らしきところが見えた。すぐ隣は調理場のようだ。これまた廃業したそのままの状態らしく、調理場は鍋やボウルなどの調理道具もおいてあったし、食堂はテーブルも椅子もおかれたままだった。


 さらにはスタッフルームと思しき場所やトイレまで細かく観察し、やっと一階が終わった。ここにきてすでに一時間が経過していた。


 暁人さんが言う。


「次は上に行きましょう。ただ、さすがに客間全部を見るのは広すぎますから、噂のある三階奥の部屋だけみましょうか。番組も、主にその部屋を撮影すると言っていましたから」


「殺人事件があったという噂の部屋、ですね」


 ついに、きた。いやでも、三階奥が現場だというのも噂であって、確かな情報ではないらしいから、本当は違う場所だったかもしれない。


 そのままゆっくりと汚れまみれの階段を上っていると、柊一さんが困ったように言った。


「ごめんね遥さん、怖がるようなこと言っちゃうかも」


 突然そんなことを言い出したのでぎょっとして隣を見上げる。柊一さんは暁人さんに言った。


「暁人ー。僕たちをつけてくるあれ、ちょっと追い払ってくんない?」


 軽く言われたその言葉に、ぞっとした。

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