余命1か月になった時

@Rui570

余命1か月になった時

 都内のとある大学。乾悠仁はここで幽霊の正体について研究をしていた。

(幽霊と言えば死んだ者の魂とかよく言われているよなぁ…)

悠仁はそう思いながらもただの死んだ者の魂ではないとも考えていた。もしそうだとしたら一体何なのだろう?やはり心霊スポットなどに行けばすぐに幽霊の正体がわかるのではないか?

(そうだ。教授に相談してみよう。)

悠仁は研究室を出て、教授がいる職員室へと向かった。




 職員室。ここで悠仁は教授に研究を進めるために心霊スポットに行くべきなのか相談をさせてもらっていた。

「なるほど。それなら幽霊の正体についてすぐに解明することができるかもしれないな。」

「それなら…心霊スポットに行くべきですか?」

悠仁の質問に教授は頷く。

「ありがとうございました、教授!失礼します!」

悠仁が職員室を出ようとした時、

「乾君、待ちなさい!」

教授に呼び止められて悠仁は立ち止まる。

「どうかなさいましたか?」

「君はいつ心霊スポットに行く予定なんですか?」

「そうですね。明日か明後日くらいです。」

「なるほど。行く場合は霊能力者の方を一緒に連れていくといいかしれません。霊に憑りつかれてしまったら何が起きてしまうのかわかりませんからね。」

「そうですね、わかりました。」

悠仁はアドバイスをもらった教授にお辞儀をすると、職員室を出ていった。




 大学から自宅マンションへと向かう途中、悠仁の心は踊っていた。

「もうすぐ幽霊の正体がわかる!明日が待ちきれないぜ!」

その時、悠仁は胸を押さえて膝をついた。突然、胸に痛みを感じたのだ。

「な、なんだ…?今のは…」

悠仁は胸の痛みを耐えながら立ち上がって自宅へと向かう。

 この時、乾悠仁は自身の身に何が起きるのかについて何も理解していなかった。




 1週間後。悠仁は大学のパソコンを使ってレポートをまとめていた。

「前に心霊スポットに行ったとき、霊能力者の方からは悪霊は死んだ人間の中で残っていた怨念がそのまま現実に出たものだと話していたな。ということは悪霊ではない普通の幽霊の正体もこれで一歩近づけるかも…」

パソコンをシャットダウンさせたその時、

「うわっ…あ……」

悠仁の胸に強烈な痛みが走り始めた。

「またこれか…。先週から続いているな…いや、これまでより痛みが強烈だ…」

どうやら1週間前からこの胸の痛みは続いているようだ。だが、今回はこれまでと比べると強烈な痛みが走っている。次の瞬間、悠仁の体がぐらついて、悠仁はそのまま仰向けに倒れてしまった。

「おい、大丈夫か?」

近くで作業をしていた学生たちが声をかけるが、悠仁の意識は遠ざかっていく。やがて、視界が真っ暗になった。




 悠仁が目を覚ますと、そこは病院の病室だった。

「あれ…僕は…そうか…倒れたんだっけな…」

「気がついたようですね…大丈夫ですか?」

横に中年の医者が座っていた。性別は男で口髭を生やしている。

「先生、僕は先週から胸の痛みを感じるようになったんです。僕の身に何が起きているんですか?」

「それなら君が寝ている間に診させてもらったよ。」

そう言うと、医者の表情がとても辛そうになる。

「君の胸の痛みの症状はキルデス症候群という不治の病に侵されているということです。」

「キルデス症候群?」

はじめて聞く病気の名前を聞いて悠仁はきょとんと首を傾げる。

「キルデス症候群…それは突然胸の痛みを感じ、それが1週間も続くようだったらその病病気にかかったということだ。治療法は現在の医学ではどうにもならない。この病気にかかったら1か月後に心臓が止まってしまう…君の余命は1か月…」

それを聞いて悠仁の頭の中が真っ白になった。

「そんな……僕が……余命1か月…」




 翌日。悠仁は一人ビルの屋上へとやってきていて、空を見上げていた。周囲には悠仁以外誰もいない。

「とうとうこの世ともおさらばか…もっと長生きしたかったぜ……」

悠仁はもう一度誰かがいて自分のことを見ていないのかを確認するために周囲を見回す。

誰一人も見ていない。それどころか屋上には自分以外誰もいない。

「今がチャンスだ…」

悠仁は屋上から下を一度見降ろしてから正面を向き、足を前に一歩踏み出した。飛び降り自殺をするつもりだ。悠仁がビルの屋上から飛び降りようとした次の瞬間だった。

「待って!やめなさい!」

後ろから若い女性の声が聞こえてきたかと思うと、誰かが悠仁の左手を握った。おかげで悠仁は屋上から落ちずに済んだ。

「なんで僕の自殺の邪魔をするんだ?」

悠仁は後ろを向き、自殺を止めた若い女性に尋ねた。

「君こそ…どうしてせっかくの命を捨てようとするの?」

「ぼ…僕は…余命宣告を受けた…病気のせいで…余命が残り1か月…」

「えぇっ…?」

若い女性の動きが止まった瞬間、悠仁は女性の手を振りほどき、飛び降りようとする。女性はまたしても悠仁の腕を掴む。

「余命宣告を受けてショックなのはわかるよ…」

「よせ!君に僕の気持ちが分かる訳がない!」

すると、悠仁はその場で座り込んだ。

「余命1か月だというのに……これから何をしたらいいのか分からないんだよ…」

女性も悠仁の隣に座り込む。

「余命宣告はショックだよね…。でも、人間には死ぬ前にやりたいこととかあると私は思うの。君は何かやっていたの?」

「僕は大学で幽霊に関する研究をしていた。けど、この病気がきっかけで今日中退したんだ。研究は順調に進んでいたのに…」

「そうだったのね…」

女性は立ち上がり、悠仁に手を差し出した。

「それなら私と一緒に残り1か月間を楽しもうよ。」

それを聞いて悠仁は少し迷ったが、すぐに答えた。

「分かった、そうするよ。僕の名は乾悠仁。君の名前は?」

「私は愛理。よろしくね。」

「苗字はないのか?」

「それが覚えていないの。ここに来るまでの間が何も分からなくて…」

どうやら愛理は記憶を失っているようだ。

「ということは家とかも…」

「うん…この後、どうしようか…」

「それなら僕と同居すればいいよ。」

それを聞いて愛理は驚く。

「そ、そんな悪いよ。」

「大丈夫だって…とりあえず僕の家に行こうか。」

「そ、そう…。じゃあ、そうさせてもらおうかな…」




 悠仁の自宅マンションの一室。悠仁は愛理に色々と説明をしている。

「ここにトイレがあって、その隣の部屋に風呂があるから。」

「なるほどね、分かった。」

悠仁の説明を受けた愛理はベッドに寝転んだ。

「一つ気になったんだけど…」

「何かな?」

愛理は悠仁のベッドで寝転びながら言う。

「夜寝る時ってどうするの?」

その質問に対し、悠仁は何も言えずに黙り込んでしまった。

「あ~、もしかしていつも寝ているベッドで私が寝ちゃうから、どうしたらいいんだって思ったんでしょ~?」

愛理はニヤニヤ笑いながら悠仁に詰め寄ってくる。

「そ、そそそ、そんなことないよ…ぼ、僕は……」

悠仁は顔を赤らめながら声を上げる。これはもう明らかに動揺している。

「僕は……座椅子でも倒して寝るから…気にしないでいいよ…」

「フフフ…そんなこと言って…一緒のベッドで寝るのも……いいよ?」

愛理はニヤニヤ笑いながら悠仁を見つめる。まるでいたずら心をむき出しにしている子供のように。それに対し、悠仁は顔を赤らめながら困惑している。

「もしかして悠仁君、照れているんでしょ~?可愛いねぇ~。」

ニヤニヤ笑っている愛理に悠仁は話題を変えようと咳払いをする。

「ん、うん…とりあえず、夕飯の準備をするから…何か食べたいものある?」

玄関前にある台所へ向かう悠仁の後を愛理がついていく。

「私はハンバーグを食べたいと思うけど、作るの?」

「うん。今から作るよ。」

その時、悠仁の胸に激しい痛みが走った。それによって、悠仁は倒れそうになる。隣にいた愛理は驚きながらも悠仁を受け止めた。

「悠仁君、大丈夫?」

「だ、大丈夫だよ…そんなことより…夕飯の準備を……」

しかし、悠仁は苦しそうだ。

「ハンバーグは私が作るから悠仁君は休んでいて。」

「大…丈夫…だ。僕も…」

しかし、とうとう倒れ込んでしまう。

「私がやるから休んでて。」

愛理は悠仁をベッドに寝かせた。




愛理がフライパンで焼いているハンバーグをひっくり返そうとした瞬間、焼いている途中のハンバーグが宙に浮き始め、ひっくり返ってからフライパンに戻った。

「あれ?今の何?」

その声を聞いて寝ていた悠仁が起きて台所へと歩いてくる。

「どうかしたのかい、愛理さん?」

「い、いや…その…ごめん…なんでもない。そんなことより、悠仁君だって寝ていないと駄目だよ。」

「いや、僕なら大丈夫だよ。それに、今日初めて僕の家に来るという愛理さんばかりに夕飯の支度を任せてばかりなのもなんか申し訳ないからね。」

悠仁は愛理の隣に立って、菜箸を持つ。

「ひっくり返すのはもう少し経ってからにしようか。」

悠仁は冷蔵庫からキャベツやレタスを取り出すと、包丁で切り始めた。

「悠仁君、野菜を切ってどうするの?」

「これでサラダを作るんだよ。これを盛りつけて、ごまドレッシングをかければ完成さ。」

「なるほどね、ハンバーグの方は私がやるからサラダの方は任せちゃってもいいかな?」

「分かった。」

悠仁が切った野菜をさらに盛っていき、ごまドレッシングをかけていた時だ。

「あっ、また勝手に浮かび上がった!」

声を上げたのは愛理だった。愛理の声を聞いて愛理の方を向くと、焼きあがったハンバーグが浮かんでいて、ひっくり返るのが見えた。

「ええっ?どうなっているの?」

悠仁と愛理は驚きのあまりその場で立ち尽くすことしかできなかった。




「なるほど。僕が寝ている間にもそんなことがあったんだ。」

悠仁と愛理は出来上がった夕飯を食べていた。愛理が先程、ハンバーグが突然勝手にひっくり返ったことを悠仁に説明したのだ。

「私がひっくり返そうって思った瞬間だったの。そのよく分からない現象が起きたのがね。」

「マジかよ…。そんな魔法みたいなことが存在するなんて…」

悠仁も愛理もなんでこんな現象が起きているのか考えていたが、結局何も思いつかなかった。




 夕飯を食べた悠仁は台所で皿洗いを始めた。

「風呂沸かしたから愛理さん、風呂入って。」

「いいの?ありがとう。」

愛理はバスルームへと入っていった。悠仁は皿洗いを続ける。

 やがて、皿洗いを終えた悠仁はリビングに戻ったが、その直後にバスルームの方から声が聞こえた。

「悠仁君、ちょっといいかな?」

バスルームの方へと向かう悠仁。次の瞬間、バスルームの扉が開き、バスタオルを巻いた状態の愛理が出てきて悠仁の右手を掴んで引っ張ってきた。

「ちょっと、どうしたんだ急に⁉」

「いいからこっちに来なさい!」

愛理は悠仁を風呂に入れようとしているようだ。悠仁は愛理の手を振りほどくとリビングに戻り、それを追うように愛理も走ってくる。

「ちょっと愛理さん、何をしたいんだ?」

「一緒に入ろうよ。お風呂に!」

「いや、別々でいいよ。恥ずかしいから!」

「また照れているじゃん、可愛い。」

悠仁を追いかけまわそうとした瞬間、バスタオルが床に落ちた。

「キャッ!」

「うわっ!」

悠仁は目を瞑る。すると、愛理は笑顔へと変わった。

「悠仁君、目を開けてこっちを見て。」

「いや、見れないよ。」

「大丈夫だって。ほら!前を向きなよ!」

悠仁が目を開けると、正面には下着姿の愛理がいた。

「引っ掛かったね、悠仁君♡」

「その恰好風邪ひくよ。」

悠仁はタオルとパジャマをもってバスルームへと入っていった。




 やがて、悠仁が風呂から出てきた。

「悠仁君、明日なんだけど一緒にゲームセンタ―行こうよ。」

「ゲームセンターって近くの?」

「うん、明日予定がなければでいいんだけど、どうかな?」

「いいよ。特に用事もないし。」

悠仁は座椅子に座り、倒し始める。

「そこで寝るの?」

「うん。ベッドは使っちゃっていいよ。」

愛理はベッドに寝転がりながら笑顔を見せる。

「一緒のベッドで寝ればいいのに…」

「いいよ、場所とか狭くなって愛理さんが寝にくくなると思うから。」

悠仁はクローゼットから掛け布団を出し始め、寝る準備を続ける。




 翌朝。悠仁が目覚めると、愛理が自身に抱きついた状態で寝ていることに気づいた。やがて、愛理も目覚める。

「あっ、悠仁君起きた?」

「うん。これは…どういうことかな?」

愛理は笑いながら謝る。

「ごめん、悠仁君が寒そうだったからつい…」

「なるほど、僕のことは気にしなくていいのに…」

悠仁は朝ご飯の準備をしようと台所へと向かった。




 朝ご飯を食べ終え、悠仁はゲームセンターへと行く準備を始めた。財布と家の鍵、黒いバッグを持ち始める。

「悠仁君、私は準備できたよ。」

白いドレスを着た愛理がやって来る。

「こっちも準備できた。それじゃあ行こうか。」

 準備を終えた悠仁と愛理は家を出て、ゲームセンターへと向かった。




 ゲームセンターについた悠仁と愛理は早速入っていく。周囲にはクレーンゲームがずらりと並んでいる。

「愛理さん、何かやりたいゲームってある?」

「そうだねぇ、何をやろうかなぁ?」

愛理は周囲を見回すと、レースゲームを指さした。

「悠仁君、あれやろう!」

「おっ、いいね!」

愛理に手を引かれながらレースゲームへと近づく。

 レースゲームをプレイし始めた悠仁と愛理。

「悠仁君、ペース上げないと優勝できないよ!」

愛理の操作するキャラクターは物凄い速さで走っていき、悠仁が選んだキャラクターも必死に追いかけていく。やがて、愛理のキャラクターが一番初めにゴールに到着し、悠仁のキャラクターも続いてゴール。

「やった、私が優勝!」

「僕は準優勝か…」

悠仁は愛理を見て苦笑い。

「悠仁君、次はあれをやろうよ!」

愛理は悠仁の手を引っ張って駆け出していく。




 その日から悠仁と愛理は楽しい時間を共に過ごすようになり、お互い距離も縮まっていくのだった。カラオケに行ったり、ボウリングをやりに行ったり、水族館でイルカやシャチのショーを見たりと、楽しい思い出を作っていった。

 楽しい日々もあっという間に過ぎていき、悠仁のタイムリミットも迫っていた。




 悠仁と愛理が出会って数日が経ったある日の夜。夕飯を食べ終えた悠仁が愛理に声をかけた。

「愛理さん、明日僕と最後に行ってほしいところがあるんだ。」

「最後?そっか、明後日でちょうど1か月か…。」

悠仁がキルデス症候群にかかって間もなく1か月。悠仁は最後のデートの計画を朝から考えていたのだ。

「まず遊園地に行って、それから二人で夜空に浮かぶ星を見たい…つまり天体観測をしたいんだ!どうかな?」

愛理はこくりと頷く。

「いいね!最後まで一緒に楽しもうよ、悠仁君!」

「うん、最後までよろしく。」

 愛理は悠仁の手を引っ張ってバスルームへと向かった。

「悠仁君、別に明日でもいいんだけど、一緒にお風呂入ろう?」

「たしかに、愛理さんがそうしたいならいいよ?」




 悠仁と愛理は湯船に浸かっていた。

「悠仁君、上がる前に行っておきたいことがあるんだけど、いいかな?」

「うん、いいよ。どうしたの?」

愛理は悠仁の肩にちょこんと頭を乗せる。

「最後のデートが終わっても私のこと…忘れないでね。」

愛理の瞳に涙が見える。それを見て悠仁も涙を浮かべる。

「大丈夫だよ。僕は君を忘れない…。僕は死ぬけど、君の心の中では生き続ける…」

「うん。」

愛理は微笑むと、風呂を出た。




 夜中。ベッドで寝ていた悠仁は隣でシクシクと泣く声に気づき、目を覚ました。一緒のベッドで寝ている愛理が泣いているのだ。

「大丈夫、愛理さん?」

「ごめんね、悠仁君と別れるとなると寂しくて…もっと色んな事したかったのに…」

「そうだね。僕に寿命なんてなければ…ごめん。」

「謝ることはないよ。私…悠仁君が大好きだから…」

それを聞いて悠仁も涙を流す。

「ありがとう。僕も愛理さんのことが大好きだ。だから、たとえ死んでもこの思いは変わらないよ。」

「私だって…!」

愛理は寝た状態で悠仁に抱きつき、悠仁も愛理を抱きしめる。




 翌日。悠仁と愛理は遊園地のジェットコースターに乗っていた。

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

乗り物がレールの上を凄まじいスピードで駆け抜けていき、悠仁と愛理の絶叫が響き渡る。

「悠仁君、手を握ってもいいかな?」

愛理は悠仁の返事も待たずに右手を握る。悠仁がドキドキしているのも束の間、乗り物がさらにスピードを上げた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ジェットコースターに乗った二人は遊園地を歩き回っていた。

「悠仁君、次はメリーゴーランド乗りたい!」

「分かった。じゃあ、メリーゴーランドに乗ろうか。」

 メリーゴーランドでは悠仁が乗った馬と愛理が乗った馬は隣同士だ。手をつないだ状態で回っている。

「悠仁君、しっかり手をつないでくれているなんて嬉しいよ!」

「愛理さんも僕の手をしっかり握ってくれているね。」

微笑んでいる愛理を見て悠仁も微笑み返す。

 愛理さん、僕はもう間もなくこの世ともお別れになるけど、君だけはいつまでも笑顔でいてほしい。

悠仁は微笑みながら目の前にいるたった一人の恋人を見てそう思った。

 その近くで一人の男が誰かと話をしていた。

「隊長、見つけました。彼女です。」

男の視線の先には愛理がいた。

「分かった。見つけ次第、確保するんだ。」

男は頷くと、悠仁と愛理に近づいていった。




 メリーゴーランドを楽しんだ二人は星空の見える広場へと行くため、遊園地の出口へと向かっていた。その時、黒ずくめの男がやって来た。

「久保愛理、見つけたよ。」

「えっ?私ですか?」

見知らぬ男に困惑する愛理。

「失礼ですが、あなたは?」

悠仁が男に尋ねる。

「俺は死神同盟の死道ボー太郎。」

「死神同盟?」

悠仁も愛理も言っていることを理解できない。

「我々はこの世とあの世のバランスを保つことが目的。死んだ人間はこの世にいてはいけない。愛理、君は1か月前にキルデス症候群で一度死んでいるんだよ。」

それを聞いた二人は驚きのあまり凍り付いた。

「そんなバカな!ならなんで愛理さんがここにいるんだ⁉」

「愛理のもっと生きたいという強い思いが実体化したのだよ。それと同時に物をひっくり返す能力も得た。これ以上この世にいると、この世とあの世がリバースしてしまう。」

この世とあの世がリバース…つまり生きている人間は皆死に、死んだ人々が全て蘇るのだ。

「分かったら俺と一緒に来い。」

悠仁は愛理の手を引いて逃げ出した。

「待て!」

死道も追いかける。

「分かっているのか?このままでは世界が混乱に陥るんだぞ!」

「でも、僕は愛理さんと最期まで生きたいんだ!邪魔をするな!」

悠仁と愛理を乗せたバイクは遊園地から走り去った。

「隊長、逃げられました。」

「気にするな。彼らの生き先は分かっている。」




 悠仁が運転するバイクはこれから行く予定となっている広場へと向かっている。

「悠仁君」

後ろから声をかける愛理。

「ごめん、私…言われて思い出したの。既に死んでいるってこと…」

「謝ることはないよ。このまま星空の見える広場へ行こう。」

「う、うん…」

 二人を乗せたバイクは広場に到着。夜空には複数の星が輝いているのが見える。しかし、愛理は浮かない表情だ。

「どうした?」

「きれいな星だね。連れてきてくれてありがとう。」

突然愛理は涙を流し始める。

「嬉しいよ。もう十分だから、このままあの世に戻らせて。」

「何言ってるんだ?せめて僕が死ぬまで…」

周囲の人々がバタバタと倒れていく一方、紫色の禍々しい光と共に空から人々が下りてくるのが見える。

「今までありがとう、悠仁君。私は既に死んでるの。このままだと、私の大好きだったこの世界が混乱に陥る…。」

泣きながら言う愛理を見て悠仁も涙を流す。

「だから…このまま幸せな間に逝かせて。」

そこへ、死道がやって来た。その隣にはもう一人の男性がいる。死道の上司・神道悟だ。

「見つけたぞ、愛理。」

愛理は死道達の元へと歩み寄る。

「私、あの世へ行きます。」

「待ってくれ、愛理さん。」

愛理に駆け寄る悠仁の行く手を悟が塞いだ。

「私は神道悟。死道の上司だ。君も事情を知っているはずだ。」

「分かっています。けど、彼女に伝えたいことがあるんです!」

悠仁は悟を通り越すと、愛理を抱きしめた。

「愛理さんと出会えて良かった。これからも…僕は君のことを愛している‼」

悠仁の腕の中で愛理は涙を流している。

「ありがとう…私も…悠仁君のこと…愛してる…」

愛理は悠仁とキスを交わすと、金色の優しい光に包まれ、星空の中へと消えていった。周囲で倒れていた人々も息を吹き返し、紫色のオーラを纏った人々も星空へと昇っていった。

「愛理さん…ありがとう…」

悠仁は夜空を見上げて呟くと、涙を流しながらバイクで広場を後にした。




 翌日。悠仁は愛理と初めて会ったビルの屋上で愛理のことを思い出していた。

「ここで自殺していたら…僕はこんな楽しい思い出を作れなかった…。」

愛理のことを思い出すと、やはり寂しく感じて涙も自然と流れ出てしまう。

「じゃあ…そろそろ帰るか…」




 自宅に到着した悠仁は大学で作成した未完成のレポートを取り出した。

『幽霊とは死んだ人間に残っていた強い思いが現実に出たもの』と書くと、ベッドに寝た。

すると、心臓の動きが弱くなり、視界がぼやけ、暗くなりかけていることに気づいた。

「とうとうこの世ともおさらばか…」

そう呟くと、悠仁は静かに目を閉じた。それと同時に心臓が止まり、視界も真っ暗になって完全に何も見えなくなった。

 乾悠仁がキルデス症候群による寿命でこの世を去ったのだ。




 キルデス症候群でこの世を去った乾悠仁が目を覚ますと、そこは自宅ではなかった。足元が白い雲のようになっていて青空と虹がどこまでも続いている。

「ここは…天国か…」

その時、後ろから誰かが抱きついてきた。振り向くと、そこには生きていた頃に同棲していた久保愛理がいた。

「愛理さん!」

「悠仁君、また会えてすごく嬉しい!」

「それは僕もだ…。死んでからまた会えるなんて…!」

二人は涙を耐えきれない。

「私達、これからはずっと一緒だし誰よりも愛しているよ!」

「僕も同じだ。これからもずっと君を愛しているよ!」

悠仁と愛理は抱き合ってキスを交わし、改めて愛を誓った。

 この結末は悲劇なのかそれともこれで良かったのか…それは君たち次第だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

余命1か月になった時 @Rui570

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ