第24話 心の奥の奥


「おいやめろ、触んじゃねぇよ!」


小さな獣人の子供は差し伸べられた手を振りほどこうと必死だった。

灰色の体毛は汚れ、十歳かそこらだというのにこの世の全てを敵視するような、ギラついた目をしていた。


「やだ! 私あなたとお友達になりたいの」


子供ながらに整った顔立ちと、サラリとなびく金色の髪。

緑がかった瞳は不思議な魅力があった。

そんな彼女は獣人の子供と友達になりたいと言う一方的な好意を押し付けている真っ只中だ。


「知らねぇよ! 他にもいるだろ! なんでオレなんだよ」


それを鬱陶しく思ったのか、向けられた優しさや好意が恐いのか、とにかく獣人の子供は暴れ始めた。

そして無意識のうちに彼女を突き飛ばしてしまった。


「──いたっ! うぅ……いたいよぉ」


受身など知らない少女は尻もちをつき、壁に背中と頭をぶつけてしまい、涙を浮かべた。


「あっ……お、オレは悪くねぇ! おまえがしつこいからだ!」

「うわぁぁぁん」


泣きわめく少女をよそに、少年は逃げるようにその場を去った。

かと思われた。


「ほ、ほらこれ……! これやるからもう泣くなよ。お、オレの宝物なんだぞ」


数分後、戻ってきた少年の手にはキラリと光る赤い石が握られていた。


「うぅ、ひっく……くれ、るの?」

「お前が、あんまりにもうるさいから! 仕方なくだ!」


本音なのか照れ隠しなのか、しかし少年の心根が優しい事は十分に伝わった。

少女はそれを受け取ると、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で笑った。


「ありがとう……! わだし、ユキ! あなたのお名前は?」

「お、俺はケイトだ。別に友達になった訳じゃねぇからな!」


これが二人の出会いだった。

それから数ヶ月、仲を深めた二人を見てユキの父親がある提案をした。


将来、ユキを守る騎士にならないかと。

この時初めてユキが王族だと知ったケイトは大層驚いたが、二つ返事で了承した。


盗みでなんとか食いつないできたケイトにとって、人生を大きく変える分岐路だった。


そして五年後、ケイトは歴代最年少で騎士学校を卒業し、騎士団の見習いとして剣を振るっていた。

休暇を見つけてはユキと城を脱走し、街を見て回った。


勿論、途中で連れ戻されるのだが二人の関係を知っていた王はそれを咎めるどころか大笑いしていたそうだ。


この頃からケイトはユキに想いを寄せていた。

だが決してそれを態度には出さないと決めていた。

ユキは王族であり、自分は騎士になったとはいえ元は拾われた身。

身分が違いすぎる。それに、ユキはきっと自分の方をを見ていないと感じていた。


そしてその三年後、ケイトが血のにじむような努力の末、異例の速度で騎士団長まで上り詰めた時、イリオスとの戦争が始まった。

大国イリオス相手に戦力を温存できる訳もなく、当然のように騎士団も戦場へと投入された。

戦場へ駆り出される直前、ユキは何か言っていた気がする。


「────────約束だよ!」


(なんだったかな……大事な事だった気もするが……いや、それよりもうあまり時間がない。そろそろ戻り始めた方がよさそ──)


捜索を断念しようとしたその時だった。

悪臭の漏れる薄汚れた扉から、ユキの匂いがした。

間違いない。間違うはずがない。


「ユキ──今行くぞ」


それがいけなかった。

目の前から感じるユキの匂いに、ケイトはほんの一瞬警戒を忘れた。


「臭いと思ったら獣が迷い込んでいるとはな。どこから忍び込んだのかは知らんが……それもここまでだ」


背後から女性の声がしたと同時に、背には焼けるような熱を感じた。

赤黒い液体が噴出する様を声の主はどこか他人事のように眺めていた。


「き、さま……」


急激に身体の力が抜けていく。ケイトの身体は意思に逆らい、立つことを辞めた。ガクりと膝を突き吐血した。

次の瞬間には顔面を鷲掴みにされ、そのまま床に叩きつけられた。


「獣は檻にでも入っていろ。──雷撃ライトニング

「ぐあああぁぁぁッ」


彼女の掌からはバチバチと雷が迸り、それはケイトの顔面からつま先までを貫いた。

全身を焼かれ、感電により身体の自由をも奪われたケイトには最早為す術はない。

ガクガクと小刻みに痙攣し、次第に視界は黒く染まり始める。


「ユ、キ……」


最後にケイトが見たのは炎のように揺らめく赤い髪と、金を基調とし青色の装飾が施された甲冑。そしてその胸にある紋章は自身を飲み込む蛇の形をしていた。


◇◇◇◇◇


「ケイトの野郎、なにモタモタしてんだ。もう時間は過ぎてるぞ……!」


忍は抜け道で待機していた。二人が落ち合う約束をした時間は既に五分過ぎている。

これ以上はマズイ。ただでさえリスクが高い中、もし仮にケイトが捕まったとなれば城全体の警備が強化される。

王族しか入れないとはいえ、この通路がある以上ここも確認される可能性は十分にある。


それから更に五分程待ってみたが一向に来る気配はない。

こういう事態は二人共想定していた。だからこそ、時間になっても合流出来なかったら片方だけでも脱出しようと決めていたのだ。


幸いと言っていいのかは分からないが、二人には命を懸けるほどの関係性はない。

思う所がない訳ではないが、自身の目的の為にも忍は脱出を選んだ。


(悪く思うなよケイト。これ以上は共倒れだ)

「チッ……この城は何処までも俺をムカつかせるな」


苛立ちを抑えきれず壁を殴りつけ、忍は不本意ながら下水道へと急いだ。

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