第10話 剣の師はメイド様


3ヶ月が経過した。

忍は変わらずに魔法と剣術の訓練に明け暮れている。


魔法に関しては、火と治癒は中級まで習得し、土風水は初級で止まっていた。

得意属性とそうでない属性では、中級以上の難易度がぐっと上がっていた。

それでも、この短期間で中級魔法を使えるレベルまで達したのは十分な成果だと言える。


剣術の方は正式なものではないが、天明流の初級を名乗っても良いとセロスから許可が降りた。

全く嬉しくないが、それでもずぶの素人と剣士として名乗れることではまるで話が違ってくる。


約五十日もの間、ほとんど素振りだけしかして来なかったのを考えると実質、1ヶ月半で初級をマスターしたのだ。天才的に早いとは言えないが、平均よりはずっと早い方だ。


そんな厳しい鍛錬を続けている忍の見た目にも変化があった。

少しヒョロい印象だった身体も程よく筋肉がつき、ひ弱な印象は消えている。

つり上がった目は勿論そのままだが、無駄な肉が消えた事でシュッとしたフェイスライン手に入れ、自分でも中々気に入っていたりする。


「ふぅ、やっと日が変わらない内に素振りが終わるようになってきたぞ」


上着を絞るとポタポタと汗が垂れる。


エザフォースでも一日は24時間で、一年も365日である。そこら辺の感覚は地球のそれと変わらないらしい。


時間が分からないと不便だということでピグマリオンが、辺りを照らす光の玉に時を刻む魔法を追加してくれた。


時刻は23時30分。始めたばかりの時は素振りを終えるのが3時から4時の間だったので、かなりの進歩と言える。

その分剣術に打ち込めたり、時には休息を増やしたりと効率的に時間を使えるのだ。


「ふん、たかが素振り程度でいい気になられても困るわ」


数本の重ねた丸太の上で足をプラプラさせているのは、銀髪メイドのセロスだ。

この三ヶ月の間に忍は彼女の事もなんとなく分かってきた。


まず口が悪いのとしかめっ面はデフォルトであり、特別機嫌が悪い訳ではない。

本当に機嫌が悪い時は、口より先に手が出るし何より顔が怖い。眉間に皺を寄せ人でも殺しそうな目をするのだ。

そうでない時……つまりは今もだが、通常運転なのだ。


それともう一つ気付いたことがある。


(コイツ口開かなきゃ超絶美少女メイドなんだけどなぁ……そんでもってこの角度! ガーターベルトを装備した太ももが最高にえっちだ……!! あとちょっとでパンツ見えそう)


と、言う事だ。多くは語るまい。片野忍も男の子なのだ。


「貴方、私がここに座るとチラチラ足を見てるのバレてるわよ? 自動人形オートマタの脚に欲情するなんてまるで猿ね。ついでに言えば少し鼻の下を伸ばした顔、とっても気持ち悪いわよ。鼻ごと顔を潰してあげたいくらいだわ」


ちらりと見えた黒いティーバックを隠す事もせずに毒を吐いたが、今回ばかりはどんなに責められても仕方ないのかもしれない。


「ばっ、おまっ……! み、見てねぇし!? それに鼻の下も伸ばしてねぇし!」

「ふん、今日は強めのお仕置が必要みたいだわ。せいぜい貰った腕を斬り落とされないように努力する事ね」


慌てて否定するみっともない忍に、かなり際どいブラックジョークで返すセロス。もはやジョークなのかどうかも怪しい所だ。


セロスは丸太の上から降りると、自身同じ大きさの剣を構えた。刀身は横にも縦にも大きく、大剣と言うにふさわしい物だ。

生身の女性ではこれを構える事すら困難な圧倒的質量。自動人形のセロスならではの剣だ。


対する忍は少し細めの一般的な剣であり、まともに打ち合えば破壊されてしまう。


「おいそれやめろよ!! 前回それで死にかけてんだぞ!? せめて普通の剣にしてくれよ」


そう、忍の言う通り前回の打ち合いでは初めて披露した大剣で、忍は対処法など知らずまともに打ち合ってしまい死にかけている。

あと数ミリズレていれば首は繋がっていなかったかもしれない。


「……? 前回で大剣の対処法を学習できてないのかしら。低脳もいい所ね」

「できるか!! アホかお前」


不可解そうな顔をしているセロスに、忍は呆れていた。


「安心なさい。ちょっと痛くするだけよ」

「お前のちょっとはあてにならない。そこは学習済みだ」

「チッ……男の癖にうだうだうるさいわね。いいからさっさとかかってきなさい。この雑魚」


カチン、と忍の中で音がした。

セロスやピグマリオンからしたら、忍は間違いなく雑魚にカテゴライズされるだろう。

しかし、やはり忍も男の子な訳で、雑魚と言われて何も思わないはずがなかった。


たった三ヶ月と言えどかなりハードな修行に身を投じてきたのだ。二人と比べるとまだまだだが、それでも着実に力をつけている。


「いよぉし……! 今日こそお前をぶっ倒す!!」

「ふん、冗談は顔だけにして貰えないかしら。弱い犬程よく吠えるとは、よく言ったものね」


教えの通り正眼の構えで睨む忍に対し、セロスは大剣を片手で……それこそ通常サイズの剣のように軽々と持ち、切っ先を忍の目に合わせ半身の姿勢。


「──いくぞッ」


僅かな間睨み合い、先に動いたのは忍だ。

地を蹴りつけ一気に距離を詰める。

真上からの渾身の初撃は、何万と振るってきた素振りの軌道。唐竹の斬撃だ。


忍の剣において最も練度が高く、同時に威力の高い斬撃。

幾度となく打ち合いをしてきた忍だが、セロス相手に手抜きや気遣いは無用だと知っている。

仮にセロスに剣が触れたとしても切り伏せる事は勿論、傷を付けられるかどうかも怪しい。


相手は人間ではなく、魔法で強化された特殊な金属をベースに造られた自動人形なのだから。


しかし、振り下ろされた刃をセロスはいとも簡単に弾いてしまった。

それも、全く同じ唐竹切りによってだ。


甲高い金属音が辺りに響き一瞬の火花を散らす。


「クソッ! まだまだ!」


バックステップで体勢を整え、再び切りかかる。

上下左右あらゆる方向から刃を振るうが、そのどれもがセロスに触れることなく空を切る。


フェイントを入れ切っ先を突き出すも、大剣の腹で防がれてしまう。必死な忍に対し、セロスは涼し気な表情で淡々と攻撃を捌いているのを見ると力の差は明らかだった。


そんなやり取りをしばらく続け、最後に忍の剣を大きく弾くとセロスは得意げな顔をして、


「やっぱり雑魚ね、修行が足りないわ。……分かりやすく力の差というのを教えてあげる」


それまで片手で握っていた大剣を両手で握りなおす。


「せっかくだから天明流の上級の境地を見せてあげるわ」


そう言った瞬間、忍は全身の毛が逆立つのを感じた。忍を睨むセロスの迫力に気圧され、動こうにも身体は言うことを聞かない。


やがてその気迫は可視化されるレベルにまで昇華し、セロスの身体を白色のオーラが包み込む。


練気れんきを発現し剣に纏わせること、これが上級の条件よ」

「それが錬気……」


錬気を纏い始めてから、明らかにセロスの存在感が増した。今まで自分とやり合っていた時は、微塵も力を出していなかったんだ認識する程に。


そして白かった錬気は徐々にその色を蒼に変えていく。

それと同時に森はざわめき、小動物達は瞬時にその場から闘争を始める。

仲間へ危険を知らせるため鳴き声を上げ、少しでも遠くへと森を駆け、あるものは空へ飛んだ。


「これが練気れんきをより濃縮させたものよ。これが剣豪の境地。この次もあるのだけれど、この森が消し飛んでしまうから辞めておくわ。死にたくなければそこから動かない事ね。私もこれをするの久しぶりなの、手元が狂ったらごめんなさいね」

「お、おいまてセロ──」


言いかけた言葉は彼女の剣戟により掻き消された。



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