第9話 亡国の剣姫


煌めく銀閃が走り、耳をつんざく音を響かせる。

片方は汗だくで必死な形相なのに対し、もう片方は余裕たっぷりの表情でそのことごとくを弾き返している。それも、素手で。


この攻防が始まり既に三十分程経過しているが、これまでの全ての剣戟を避けようと思えば造作もないだろう。それを敢えて弾いているのは、もし当たれば、なんて淡い期待を抱かせないためである。


もっと言えばセロスは忍の自尊心を徹底的に破壊している。


最後の一撃を見事に弾くとその衝撃で剣は忍の手を離れクルクルと宙を舞い、地面へと突き刺さった。


「ね。素手で十分と言ったでしょう?」


パンパンと手に着いた汚れを払うセロスには、かすり傷一つ着いていない。

幾度の剣戟を弾いて細かい傷もないのは、その受け方が完璧であり完全に見切っている事の証明でもある。


「ぜぇ……ぜぇ……なんでだ。フェイントだって入れたのに……かすりもしないなんて、お前何者?」

自動人形オートマタよ。知っているでしょう? ああでも、暇潰しがてら天明流剣術を習得してるわ」

「天明流剣術ぅ?」


聞き覚えなどあるはずもなく、間抜けな声で聞き返す。セロスは本日何度目かのため息をついて、


「まあ……貴方が知らなくても無理はないわね。亡国の剣術なのだから」


そこからセロスはざっくりと亡国エタンドルについてざっくり教えてくれた。

エタンドルは、ピグマリオンが宮廷魔導師を勤めていた国であり、セロスが造られた場所でもある。


そしてそのエタンドル特有の剣術が天明流剣術。

天明流は攻撃に重きをおいた剣術であり、その圧倒的な攻撃力は他の流派の追随を許さない。かなり過激な剣術で各国に恐れられる程名の知れた流派だ。


天明流には初級、中級、上級、剣豪、剣聖と序列がありセロスは過去の模擬戦にて剣豪を軽々と打ち破っている程の実力者であり、剣聖には敵わなかったもののエタンドルでは《剣姫》としてその名を知らしめた。


そんなセロスにずぶの素人が挑めば全て見切られてしまうのも当然だ。それにエタンドル流剣術上級の者でも、結果は大きく変わらないかもしれない。


「宮廷魔導師と剣姫って……もう国家戦力じゃん! で、その剣姫様から見て初めて剣を使った素人への助言はないのか?」


かたや魔法の最高峰、かたや剣の達人。二人がその気になれば街一つ滅ぼす程度は造作もないのかもしれない。

あの日捨てられたとはいえ、そんな規格外な二人に出逢えたのはこの上ない幸運であり、驚くと共に有難くも思っていた。


「そうね。論外、と言うつもりだったけれど、正直センスはあると思うわ。剣聖は無理だけれど、死ぬ気で鍛錬すれば上級……いえ、剣豪程度にはなれるかもしれないわね」


序列二番目の剣豪を剣豪程度と言ってしまうあたりセロスらしい。


「剣豪……」


(それって結構凄いよな。俺ってそんな才能あったんだ。全然知らなかった)


そう思うのも無理はない。地球ではどこを探しても真剣を扱う場面などない。鍛錬としてごく一部存在するものの、戦闘を想定しているかと聞かれればそれは違う。

この才能に気付かないのはある意味当然なのだ。


思わぬ評価に口元が緩み、ふつふつとやる気が湧き上がってくる。


「いつまで休んでいるの、さっさと立ちなさい。言っておくけれど、私……少し厳しいわよ」


少し、の部分が引っかかったがそれを言うとまた罵倒されそうなのでやめておいた。


「一度しか言わないからよく聞きなさい。右脚を一歩前へ、剣は腰の高さからから切っ先を敵の喉向けに構えるのよ。他にもあるけれど、この正眼の構えが一番バランスがいいわ」


言われた通り右脚を前に出し、セロスに切っ先を向けるように構える。


「正眼の構え……なんかいい感じだなこれ」


素人の割に中々様になっているのではないだろうか。

忍自身もイメージしていた剣士の構えと一致していて、しっくりきていた。


「まずはその構えから素振りを一日千回。異論は認めないわ」

「千回……それをやれば強くなれるんだな?」

「それは貴方次第よ。ある程度慣れたらまた次を教えるわ。まずは剣術を使いこなす身体を作らないと話にならないの。せいぜい励む事ね」


それだけ言うとセロスは踵を返した。


真剣の素振り千回となると、相当ハードだ。

しかし国相手に復讐を企む忍が常識的な鍛錬で事足りるか、と言われれば答えは否だ。


「うし、とりあえずやってみるか!」



◇◇◇◇◇


それから数時間経過した。

沈みきった太陽が既に顔を出そうとしている。


その間適度な休憩を挟みながらだが、忍はセロスに言われた通り千回の素振りを終えていた。

最初の方こそ勢いよくブンブンと振っていたが、五十を超えた辺りで疲労が溜まり、百を超えると腕が痛くなっていた。


それ以降は地獄だった。義手のおかげで血豆などが出来ることはないが、疲労の蓄積によりマナ操作がおぼつかなくなり何度も腕が動かせなくなった。

それに加え全身の筋肉は悲鳴をあげ、少し動かす度に痛んだが、それでも忍は歯を食いしばって剣を振り続けた。


「せ、せん……はぁ……はぁ……」


彼を動かしていたのは強さへの憧れも勿論あるが、大半は復讐心からくるものだ。

それがなかったらこの苦行を終えることなど出来なかっただろう。


フラつきながら、虚空を見つめなんとか最後の一振を終えると、忍は全身の力が抜け崩れ落ちた。


(肩いてぇし腰もいてぇ。脚も……てか全身痛てぇ。もういっそこのまま寝ちゃおうか)


ゴロンと大の字に寝転び、荒くなった呼吸を整えボケっと空を眺める。と言っても眺める程空は見えず大量の枝葉を見ていた。


「今日一日で色々やり過ぎた。もう限……界……」


疲労は限界を超え、既に満身創痍だった忍はそのまま本能に従い意識を手放した。


それから少しした頃、忍の様子を見に二人が外へと出てきた。


「ピグマリオン、彼をどうする気? まさか自分の代わりに復讐させようとでも言うの?」


疲労で眠っている忍を見下ろしながらセロスが言った。


「そうではない。だが復讐を諦めれば一生時は止まったままだ。私のように後悔して欲しくはないのだ。あの時──私がイリオスを滅ぼしていたのなら、彼はこんな目にあうこともなかった。ある意味、彼の理不尽は私の責任でもあるのだよセロス」


悲しげな目をして遠い日の後悔を綴った。

忍はこの事を知らないが、エタンドル滅ぼしたのはイリオスだ。

そしてガラティアを襲ったのもイリオスの魔道士であり、なんの偶然かピグマリオンと忍は同じようにイリオスを恨んでる。


「……そう。ならもう、私は何も言わないわ」


セロスはそっと忍を抱き抱えて家に戻ると、ベッドに寝かせた。




それからの忍の一日は中々ハードなスケジュール組まれていた。

午前中はエザフォースについての一般教養。

昼から夕方にかけては魔法訓練。マナが尽きればポーションを使い、夕食までの間ぶっ通しだ。

その分覚えも早く、本人も楽しんでいるみたいなのでこれはまだマシだ。


そして夕食後は剣術。今はまだ素振り千回だけでかなり時間を使っているため他のことは出来ないが、それでも断トツで一番しんどいのはこれだった。


強くなる為、復讐を果たす為この過密スケジュールを忍は文句を言うことなく、毎日淡々とこなしていった。






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