反転を促すエンドロール

蒼樹里緒

本文

 薄暗い廊下に、人間とは思えない奇声や銃声が響き渡る。血と硝煙と腐った肉の臭いが、身体と服にもこびり付きそうだ。既に私のメイド服の白いフリルエプロンは、返り血でほぼ赤褐色に染まっている。

 拳銃型の魔法銃を手に、私は迫りくるゾンビの群れを白銀の光弾で次々と撃ち抜いていった。対不死者アンデッド用の特殊な仕様だ。私の魔力が尽きない限り、弾切れする心配もない。

「残念だったわね。おまえたちの欲しがるものは、もうここにはないわよ!」

 館の地下に封印されていた、ゾンビどもの生みの親ともいえる人物の遺骨。それを奪われないよう死守するのが、あるじに仕える私の務めだ。遺骨は、既に主が別の場所へ持ち去っている。私がおとりとして敵を引き付け殲滅せんめつするのが、最大の目的だった。

 地下へ続く隠し扉の前で、私は長い黒髪を振り乱してゾンビを倒し続ける。

「主の名にかけて、おまえたちをこの場で根絶やしにしてやるわ!」

 不敵な笑みで宣言すると、中年男性の声がかかった。

「カット!」

 ゾンビたちが動かなくなり、カメラも止まる。

 照明の光が射す中、監督が満足気に私を褒めた。

「いやー、アクションも含めていい芝居だよ、ステファニー。最高のが撮れた」

「ありがとうございます」

 私も、微笑んで答える。

 ホラー映画の夜間撮影現場には寒々とした風も吹き込むけど、芝居で激しく動いていると身体も自然と温まる。ロケ地の洋館も、作品の雰囲気にぴったり合っていた。

「こないだ降板したあの女優も、ステファニーくらい度胸と根性があればなぁ」

「私はホラーには慣れてますし、芝居も撮影も本当に楽しいです」

「そりゃあ何よりだ。この後もよろしく頼むよ」

「はい。ところで、監督」

「ん?」

 拳銃を握ったまま、私はゆっくりと監督に歩み寄る。

「今までに降板された女優さん、結構多いそうですね。メイド役、私で何人目ですか?」

「何言ってんだ、君で二人目だぞ」

「あら、おかしいですね。この映画の公式サイトには、少なくとも六人は降板したとお知らせが出てますが」

「いやいや、誰だよ、そんなに盛った奴は」

「やはり、ご自覚がないようですね」

「は?」

 ぽかんとする監督の額に、私は銃口を突きつけた。

「おい、ステファニー、何を――」

「嘘はいけませんよ、監督。あなたはもう、んですから」

 ゾンビも撮影機材も、幽霊である彼がこの空間に創り出した幻影だ。

 絶句して目を見開く相手に、私は淡々と語る。

「降板した女優は全員失踪、映画は制作中止。あなたは、撮影終了後に彼女たちを暴行してたそうですね。芝居の臨場感が足りない、とか難癖を付けて。その結果、加減を誤って全員死亡。死体は、ロケ地の山奥に都度埋めたと」

「ステファニー、気でも狂ったのか?」

「そして、六人目の被害者が実は山奥へ運ばれる前まで生きていて、あなたの頭部や首を小道具の銃で何度も殴打。あなたは、ここで被害者と共倒れになったというわけです」

「いい加減にしろよ。そんな作り話、誰が信じると――」

「では、どうしてこの現場には、ほかの役者やスタッフがいないんでしょうか」

「それは……ッ」

「映画撮影も、あなた単独でできるわけがないですよね」

 引き金に指をかけ、私は指摘し続けた。

「私に調査と除霊を依頼なさった元スタッフさんも、仰ってましたよ。『この洋館には幽霊が出るって噂が立った。きっと、監督がまだを続けてるんだ』――ってね」

「俺は……俺はただ、最高の映画を撮ろうとしただけだ!」

「だからって、この近くを通ったお若い女性たちを引きずり込んで強制参加させたのは、よろしくないと思いますけど。どうにかしてくれ、って自治体にも苦情が殺到してるそうですよ。というわけで――」

 ぐり、と銃口を監督の額にねじ込むように押しつけ、私は冷徹に宣言した。


「あなたの未練と魂を、断ち切らせていただきます」


 音もなく、閃光が霊を貫く。

 映画監督だった男は、細かい光の粒になって夜気に消滅していった。

 この銃は、映画の小道具じゃない。元々、私の商売道具だ。

「ごめんなさい、監督。私も嘘をついてました。本業は役者じゃなくて、霊媒師なんです」

 私は申し訳程度に謝罪を呟き、洋館を後にした。

 この出来事が短編映画だとしたら、エンドロールにはきっと被害者全員の名前もクレジットされているだろう。


   ▼


 表向きは古書店として営業している私の店に、珍しくの依頼が飛び込んできた。専用の合言葉を、相手が口にしたのだった。

 私のれたコーヒーを飲み、憔悴しょうすいした様子の中年男性は、気まずそうに切り出した。

「あんたが噂の凄腕霊媒師か。随分若いお嬢さんなんだな」

「よく言われます。それで、ご用件は?」

「あんたも、ニュースで見たことあるだろ。制作中止になった映画の」

「あぁ、降板された女優の方々と監督が亡くなられたという」

「そう、それだ。俺は、その元音響スタッフでな」

 すぐに察した。

 男性の向かいのソファで、私は真剣に耳を傾けた。

「映画関係者の方々に、何か不幸な出来事が?」

「メインのロケ地だった洋館に、幽霊が出るって噂が立ってな。最初は、SNSや匿名掲示板で面白おかしく言われてるだけだったが――」

「実害が出てしまった、と」

「ああ。きっと、監督がまだを続けてるんだ」

 元音響スタッフは、苦々しく眉根を寄せた。

「近くを通りがかった若い女性を役者として呼び込んで、あの映画の山場を無理やり演じさせるらしい。関係者は、俺も含めて被害者やその家族から話を聴いてる」

「なるほど。監督が怨霊化してしまったんでしょうね。しかもおそらくは、ご自身が死んだというご自覚もない」

 今まで色々な怨霊と対峙してきたけれど、そういうケースも珍しくはない。自身がまだ生きていると思い込んだ霊に話を合わせ、隙を見て適当なタイミングで除霊していた。

「あんたの腕を見込んで頼む。報酬は言い値でも構わん。監督を……止めてくれ」

「承知しました。情報が必要ですので、詳しくお話をお聞かせください」

 私も、演じるのは得意だ。

 怨霊との化かし合い、今回も勝ちに行く。

 紙とコーヒーの匂いが漂う室内で、私は誠実に微笑んだ。

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反転を促すエンドロール 蒼樹里緒 @aokirio

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