第33話 星降る夜に
万が一にでもアルバートの前でイビキをかいたら……と思うとさすがにハンモックでは昼寝はできず、結局、部屋に戻ってから昼寝をしてしまった。
はしゃぎすぎた反動と前夜の寝不足もあって夕食前まで寝ていたので、いつもの就寝時間である今もギラギラと目が冴えている。
ああ、だめだ、今日も眠れない……。
正直なところ、オリヴィアが次になんて言ってくるのか気になっているせいもある。
突っ込んだことを後悔してるわけじゃないんだけど、ちょっと怖いというか。
次にいつ引き出しから光が漏れるのか、日記にはなんて書いてくるのか。
それを考えると、どうも落ち着かない。
あーもう、気晴らしに夜のお散歩とか行っちゃおうかな。
今日は気晴らしデーだし。
夜に女性が一人で出歩くものではないとわかってはいるけど、ルシアン以外の全員が誓約魔法を受けているから、危害を加えてくる人はいない。
最初はなんて怖い魔法だろうと思ったけど、便利だよね。
ちなみに、私にかけたのとは違って、他の人が誓約を破れば本当に首が絞まるらしい。怖すぎる。
というわけで、夜の散歩に出かけることにした。
着替えてショールを羽織り、魔道具のランプを持って部屋の外に出たけど……ヒィィ暗い。
夜の廊下ってこんなに薄暗かったんだ。
お……おばけとか出ないよね?
いやいや、一度死んで他人に取り憑いてる私がそんなこと怖がるなんて
「オリヴィア」
「わぁっ!」
呼びかけられて、飛び上がる。
おそるおそる振り返ると、ルシアンがそこに立っていた。
体の力が抜ける。
「ランプの灯かりが見えたので来てみたら……。どうしたんです、こんな夜更けに。何かあったのですか」
「いえ、そういうわけでは。眠れないのでちょっと散歩して星でも眺めてみようかと……」
「聖女が一人で夜に出歩くのはあまりお勧めできません」
「……ですよね」
もう部屋に戻ろうと踵を返しかけたとき、ルシアンが手を差し出してきた。
「?」
「星を見たいのでしょう」
「え……」
「一人でないなら問題ありません。それに、今日はあなたの気晴らしをする日ですから」
彼は微笑して、なかなか動かない私の手を取る。
なぜかドキッとした。
私の手を引き、彼がゆっくりと歩き出す。
同時に、彼が私の手を握っていないほうの手から光の球を出した。わー、魔法だ。ランプより明るい。
「どこへ行くんですか?」
「星を見るなら庭園よりも屋上のほうが見やすいので」
そう言って、もうすでにどこかよくわからない場所を歩き、階段を上り始める。
私の手は握ったまま。
なんだろう、手を握るのは初めてじゃないのに、今日はやけに照れる。暗いから手を引いてくれているだけなのに。
「足元に気をつけてくださいね」
「はい。そういえば、ルシアンは手袋をしたままでも魔法は使えるんですね」
「外すのは、微調整が必要な魔法……例えば誓約魔法などを使うときだけですね」
「なるほど」
そうこうしているうちに、屋上へとつながる扉の前についた。
ルシアンが扉を開け、そこから屋上に出る。
何もない空間だった。ベンチすらない。
ああ、でも。
本当に星がよく見える。
降り注いできそうな、満天の星。
なんてきれいなんだろう。
「きれいですね。夜空をこんなにきれいだと思ったのは初めてです。星が、あんなにたくさん」
「ニホンではあまり星は見えなかったのですか?」
「そうですね。私の生活範囲の中で、こんなにたくさんの星が見えることはありませんでした」
きっと夜でも人工の光であふれていたせいもあるんだろう。
行ったことがないだけで、日本でも星空のきれいなスポットはあったのだけど。
そういえば、そういう場所に行ってみたいと思ったことがあったな。
行けないから、すぐに諦めてしまったけど。
でも今こうして、涙が出そうなほどきれいな星空を眺めることができた。
「今日一日で、やりたいと思っていたことはだいたい叶ってしまいました」
「……こんなのは日常のごく一部のことに過ぎません。さすがにやりたいことが少なすぎです」
「あはは、そうですね」
視線を星空から彼に移す。
昼間のアルバートと、よく似た表情をしていた。私を見る、不安そうな瞳。
だめだなあ、きっと私が心配させているんだよね。感傷的になっている自覚はあるし。
「ごめんなさい、せっかく気晴らしさせてもらったのに、ちょっと後ろ向きな発言でしたよね」
「……オリヴィア」
彼が私に向かって手を伸ばす。
その手が肩に触れ……落ちかけていたショールをかけなおした。
……一瞬、抱きしめられるかと思ってしまった。
自意識過剰すぎて恥ずかしい。
「やりたいことが少ないのなら、これから見つけていけばいい。ここで」
「ここで……?」
「ええ。あなたの居場所はここですから」
その言葉がうれしくて、胸がぎゅっとなる。
うれしいのに、泣きたくなってくる。
私は、ここにいていいのかな。
「大神官として、聖女に関することに私情を挟むのは許されないことだと思っています。それでも、私はあなたに伝えたい。皆に……私に必要なのは、以前のオリヴィアではなく、あなたなのだと」
「ルシアン……」
視界がぼやけて、涙が一筋、頬を伝う。
ああ、そうか、私。
ずっと、誰かに必要とされたかったんだ。
ただ身近な人を困らせるだけでなく。悲しい顔をさせるだけでなく。
あなたが必要だと言われる存在になりたかったんだ。
だから聖女として頑張りたいと思ったのかもしれない。動機が不純だよね。
でも、アルバートには私に仕えられて幸せだと言ってもらえて。今こうして、ルシアンにあなたが必要だと言ってもらえて。
今日は、なんて幸せな日なんだろう。
「オリヴィア。あなたの中には、いつかあの女が戻ってくるのではないかという不安があるのでしょう。だから先のことが考えられず、やりたいことを見つけられない」
「……」
「この先何が起こるか、私にもわかりません。あの女が戻ってくるようなことが絶対にないとは言い切れない。それでも、私は可能な限りあなたを助け、守りたい。あの女ではなく、あなたを。たとえそれが罪になるとしても」
「ルシアン……」
見上げると、目が合った。
アイスブルーの瞳が揺れる。
しばらくそのまま見つめ合い……彼が視線を少し伏せ、私の涙を拭いてくれた。
ルシアンは元のオリヴィアではなく私を助け守りたいと言った。つまり、元のオリヴィアの魂が戻ってきても、選択可能な状況なら私を選ぶ、ということなのかな。
彼がなぜそこまで言ってくれるのか、それを問うことはできない。
彼の言う通り、私は今、先を考えられないから。中途半端に踏み込めない。
「……少し冷えてきましたね。部屋に戻りましょう、オリヴィア」
「そうですね」
そう言われて顔を上げたそのとき、ルシアンの肩越しに流れ星が見えた。
「あっ……今、ルシアンの後方に流れ星が!」
「そうなのですね」
「日本には流れ星が光っている間に願い事を言うと、それが叶うという伝説があるんです」
「それは不可能では? 気づくと同時に消えています」
「あはは、そうですよね」
本当に、星が光っているのは一瞬で。
願い事を言うことなんて、できなかった。
「……真夏に流星群が見られることがあります。その時までに願いを用意しておいてください」
「わぁ、是非見たいです、流星群。願い事も考えておきます」
「やりたいことが一つ増えたようですね」
「ふふ、そうですね」
心が温かくなる。
彼の優しさが、ただうれしかった。
流星群を見ることができたなら、その時は星に祈ろう。
ずっとここにいたい、と。
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