第29話 実験してみたい
「人体実験してみてもいいですか?」
私の質問に、ルシアンがソーサーに置こうとしていたカップがガチャンと派手な音を立てた。
「……失礼。今、なんと言いましたか?」
ルシアンが怪訝そうな顔で私を見る。
「あ……すみません。言い方が悪かったですね。神力を得たので、祝福の効果を試してみたくなったんです」
「……なぜ急に?」
「あー、それはですね……これから聖女として生きていくには、オリヴィアがやっていた祝福とかもしなければいけない場合があると思うんです。だからどうやるのか、どれくらい効果があるのかあらかじめ試しておこうかと」
ルシアンの視線は、冷たいまま。
うん、久しぶりに怖い。
変な汗が出てくる。
「えーと。しゅ、祝福って具体的にどうやるんですか?」
「体の一部に触れることで祝福します。効果は少し運が良くなったり、活力が湧いたりといった感じですね。以前も言った通り強い効果はありません」
「なるほど」
「物にまで祝福の効果、しかも強い効果を付与できるのは驚きですが」
そう言って彼は、テーブルの上の左手首――私が作った組紐ブレスレットを見下ろす。
そこに意識を向けられるのは恥ずかしくてむずむずする。
「……で。どう実験するのですか?」
「まずは超健康体で体力もある聖騎士から試そうかなと」
「具体的には?」
そう言われて考え込む。
具体的な方法までは考えていなかった。
「うーん、そうですねえ……。活力を与えるということだったので、例えば訓練後に『元気になりますように』と願いながら握手をする人と、何も考えず普通に握手をする人とで体力回復に差があるかどうか試したり」
「却下」
「ええっ!?」
「まず第一に。それをやったら聖騎士は全員、満面の笑顔で『元気が出ました!』と言うでしょう。祝福の効果などわかったものではありません」
「どうしてですか?」
「そして第二に」
あ、スルーされた。
「訓練後でハァハァ息を乱していて手が
なんでそう生々しい表現を……。
ハァハァとか手が湿っているとか言われるとちょっと腰が引けてくる。
「別にしたくはないですけど……でも実験ですし……」
「第三に。聖女オリヴィアは、聖騎士たちと距離を取るべきです」
「たしかに嫌われているからそうすべきだとは思いますが」
「最近のあなたを嫌っている聖騎士はいないでしょう。ましてや、メイドやレンの話が聖騎士団の中で広まったでしょうから」
「ではどうして?」
「あなたは美しい女性であることを自覚した方がいい」
そう言われて、思わず頬が熱くなる。
別に褒められたわけじゃないってわかってるんだけど、不意打ちだったから。
「そこで照れないでください」
「すみません、まだ言われ慣れてなくて。私じゃなくこの体の話だってわかってるんですけどね」
そう言うと、ルシアンは複雑な表情をした。
どうしてだろう?
「……私にとって美醜はどうでもいいことですが、多くの男にとっては違います。誓いを立て厳しい訓練を受けている聖騎士たちも、一皮むけばただの若い男。そんな彼らが、美しい女性、しかも神聖なる聖女に優しく手を握られれば間違いなく浮かれるでしょう」
そっか……そうだよね……。
美人生活に慣れていないから、美人が受ける好意について自覚が薄かったかもしれない。でも、一般的に考えればそうなるよね。
「多少浮かれるくらいなら問題ないかもしれませんが、必要以上にあなたに興味を持つ男が現れないとは言い切れません」
「それは困るかもしれません……」
アルバートは美人に弱い感がダダ洩れだけど、あの人はおかしなことをしないという確信めいたものがあるからそう困らない。変に距離を詰めてくるわけでもないし。
でも、あのマッチョ集団の複数人から興味を持たれるって、ちょっと怖い気がする。
モテない歴が長すぎて、モテを楽しむだけの余裕は私にはない。
「あなたは聖女オリヴィア。神殿の象徴であり、聖皇に次ぐ立場を持ち、聖騎士たちに無条件で護られるべき人間です。その立場や神秘性を崩してはいけません。気軽に男が近寄れる存在であってはいけないのです」
「……はい……」
ルシアンの言っていることは正しい。
オリヴィア時代に神秘性はガタガタになっている気はするけど、彼女は自分で聖騎士たちを跳ねのけられるほど強い女性だったろうし。
私のような小心者が下手に迫られたりしたら、聖女として普段取り繕っている部分が崩れて素の自分が出てしまうかもしれない。
「わかりました。握手会は諦めます」
「そうしてください」
でも、うーん、どうしようかな。
握手会は諦めたけど、祝福の効果を試すのは諦めたくない。
だって……。
「オリヴィア」
「はい」
「なぜそこまでして祝福の効果を試したいのか、違和感があります。もしかして……誰かから“あの話”を聞いたのですか?」
「……」
やっぱり、彼に隠し事はできないなぁ。
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