第20話 自分で見極める
ランプの灯かり一つの薄暗い部屋の中、私はソファに腰掛けている。
その手には例の日記。
私は緊張しながらそれを開いた。
『今日はルシアンについて説明するわね。
聖女としての仕事を一通り終えた私は、自由を望んだの。
私が聖女でいた三年弱の間、神殿には十分に貢献したわ。
それなのに、神殿に聖女がいるという体面のためだけにずっと籠の鳥なんて冗談じゃない。
私はただ自由に生きたかったの。
恋愛だってしてみたかった。』
自由に、かぁ……。
私も織江だったころ、何にも縛られることなく好きなように生きてみたいと思っていたから、その気持ちはわからないでもない。
『でも、ルシアンはそれを許さなかった。
私はわがままだったって自覚してるけど、それでも聖女として頑張ってきたのよ。
それなのに自由になることすら許されないなんて。
それなら勝手に出ていくと言ったら、ルシアンの様子が変わったの。
殺されるかもしれないと、その時初めて思ったわ。
それ以降監視は厳しくなって……そして本当に殺された。』
背筋が寒くなる。
ルシアンがオリヴィアを殺したなんて、やっぱり信じられない。
いくら思い通りにならないからって、聖女を殺して困るのはルシアンじゃないの?
『ルシアンの狙いは、その体に自分の思い通りになる魂を入れること。
おそらく
それがあなたよ。』
魂喚ばいの儀。
ルシアンの説明では、それでオリヴィアの魂を呼び戻そうとしてたって……。
『アナイノについてだけど。
言いづらいけど……私はアナイノやその広告を作るときに神力を使ったの。
売り上げを伸ばすために。まあ、ズルよね。
日本人は魔力耐性がないから、効果が出すぎちゃったけど。
でも、私がいたゲーム会社は本当に厳しいのよ。
それくらいやらなきゃ会社で生き残れなかったの。』
アナイノ、やたらダウンロード数が多かったのはそのためか。
そういえばアナイノの会社、ブラックで有名だったような。
過労死した社員も数人いたって話題になってた気がする。
『そのアナイノを、
魂喚ばいの目印になったのか、もしくはそちらの世界とのなんらかのつながりができたのか。
本当にごめんなさい。
だから私はあなたにアドバイスをしているのよ。
巻き込んでしまったから。
とにかく、あいつを信用しないで。』
アナイノをプレイしたせいで、私の魂がこの体に入ってしまったというの?
そして、日記の最後の一言が、私にさらなる恐怖を呼び起こした。
『あなたも用済みになったら殺されるわ。』
震える手で日記を閉じる。
体が小刻みに震えた。
オリヴィアじゃなく、ルシアンを信じたい。
でも、日記を読むたびに迷いが生じる。
ルシアンに話を聞ければ一番いいけど、オリヴィアの制約魔法があるからそれもできない。
オリヴィアをいまいち信じられない理由も、この制約魔法にある。
そもそも巻き込んでしまった私に申し訳なく思って熱心に忠告するような人柄ならあんなに嫌われていないんじゃ、という気持ちもあるし。
だからといって、「ルシアンはそんな人じゃない」と言い切れるほど、私はルシアンを知らない。
……それなら、知ればいいのかな。もっと彼のことを。
日記に振り回されるのも、そろそろ疲れてきた。
いつまでも「怖い」「どうしよう」じゃいられないよね。
ちゃんと……自分で見極めよう。
翌朝。
朝食を食べ終わって食後の紅茶を飲みながら、どう話を切り出そうかと思案する。
ルシアンのことを知ると言っても、いったい何から知ればいいのか……。
「私に何か質問でも? 何か言いたげにしていますが」
「あ、えーと……。ルシアンはいつから中央神殿の大神官なんですか?」
「三年半ほど前ですね。聖女が現れた直後に中央神殿の大神官に任命されました」
私の質問の意図を問うこともなく、彼がさらりと答える。
基本的に、質問したことにはいつも丁寧に答えてくれるんだよね。
「じゃあ二十歳か二十一歳で大神官に? その若さですごいですね」
「たいしたことではありません。他人よりも聖力が強かっただけです」
「だけって……。子供のころから強かったんですか?」
ルシアンが黙り込む。
あ……しまった。彼はつらい出来事で能力に目覚めたと聖皇が言っていた。
「ごめんなさい、ちょっと質問しすぎました。今のは忘れてください」
「なぜ?」
「……はい?」
「なぜ私について知ろうとするのですか?」
怒らせたかな、と思ったけど、彼の表情はいつも通り。
あれこれ質問するのが不自然だったかな?
何か言わなきゃ。えっと……。
「ル、ルシアンのことが気になるからです!」
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