第11話 聖女と交換日記



 日記を持つ手が震える。

 どういうこと? 聖女オリヴィア?

 私はあわてて続きを読んだ。


『混乱しているわよね。

 私は、これを日本で書いているの。

 私は日本で、死んだ人間の体に入り込んで日本人として暮らしているわ。

 もちろんあなたの体ではないわよ。』


 えっ、オリヴィアが日本に!?

 私みたいに魂だけ移動したってこと!?


『私は神殿にいる時、身の危険を感じていたの。

 だから、万が一に備えて自分の神力でしか開かない日記をあらかじめ作っておいたのよ。

 それがあなたが今読んでいるものよ。

 そして日本でも同じものを作って、それとつなげたの。』


 身の危険……?


『何か気になることがあったらその日記に書いておいてね。

 ただ、日本とそちらでは時間の流れが違うから、私の返事が届くまでに時間がかかるわ。

 日本の時間の流れはそちらの約五倍なの。

 さて、一度に書ける文字数は決まっているから、今回はここまで。』


 え、気になる情報をチラ見せして、今回はここまで!?


『最後に一つだけ。ルシアンを信用しては駄目よ。

 すべての元凶はあいつなの。』


 その言葉にドキッとする。

 ルシアンを信用するなって、どういうこと……? 元凶?


『私の言葉を信じられないかもしれないから、あなたに魔法をかけるわ。

 あなたが読んでいる日記にあらかじめ仕込んでおいたの。

 あいつの誓約魔法と違って死んだりしないから安心して。

 あなたと私の身を守るためなの、どうか理解してね。』


 そこまで読んだところで、頭にちりりとした痛みが走る。

 また何か魔法をかけられた!?

 みんな私をなんだと思ってるの、もう!


 オリヴィアの魔法のせいなのかあまりの情報量ゆえか、頭が痛む。

 考えをまとめるため、ひとまずソファに腰掛けた。


 それにしても驚いた……まさかオリヴィアが日本にいるなんて。

 しかも死んだ人間に入り込んで生活している? まるで私みたい……。

 情報を整理すると、オリヴィアは日本にいる。

 オリヴィアは乙女ゲームの世界から飛び出た人で、私は乙女ゲームの中に入り込んでしまった人、なの?

 うーん……何か違和感。

 いずれにしろ、オリヴィアは今、なんらかの力……たぶん神力を持っている。

 日本でこれと同じ日記を作ってそれをつなげて、なんて普通の人間にできるわけがない。

 それと、日本の時間の流れはここの約五倍。

 ……ってことは、オリヴィアの体から魂が抜けて八か月くらいだから、えーと……オリヴィアが日本に行って三年以上経ってる? 魂の移動時間をほぼゼロと考えれば、だけど。


 一番気になるのは、オリヴィアが身の危険を感じていたということ。

 ルシアンの話では、オリヴィアは自分で毒を飲んでそれが原因で魂が抜けてしまったということだけど……。

 身の危険を感じてあれこれ準備していたオリヴィアが自殺って、何か不自然じゃない?

 そのオリヴィアが、ルシアンを信用するな、すべての元凶は彼だと言う。

 まさか、ルシアンがオリヴィアを……!? ううん、いくらなんでもそんなこと。


 寒気がする。

 どちらかが嘘をついているの?

 どちらを信じればいいの?


 怖い。

 元気に楽しく生きられればそれでいいと思っていたのに、思っていたよりも事態は複雑なのかもしれない。

 そうだ、オリヴィアは気になることがあるなら日記に書いておいてと言っていた。

 どちらが信用できるかなんて、まだ判断できない。

 まずは情報を集めなきゃ。


 私は日記に書き込んだ。


『初めまして、桜井織江といいます。

 ここは『あなたに捧ぐ聖なる祈り』というゲームの数年後の世界に思えるのですが、私はゲームの主人公(聖女)に憑依したのでしょうか。

 それと、あなたはなぜ神力らしきものを持っているのでしょう。

 ルシアンを信用するなというのはどういうことですか?』


 ここまで書いて、急に疲労感に襲われる。

 単純に疲れたというよりは、エネルギーが急に奪われたみたいな。

 そういえば、字数に制限があると書いてあった。

 もしかして、この日記に文字を書くのって体力を消耗するものなの?

 オリヴィアはあんなにつらつら書いていたのに、私はたったこれだけで疲れてしまうなんて。今は健康体なのに。

 仕方がない、とりあえずある程度聞きたいことは書いたから、返事を待とう。

 日記を閉じると、カチッと音が鳴って自動的に鍵がかかった。それを引き出しにしまい、ベッドに体を投げ出す。

 体が重い。

 だめだ、眠い。今日はもう眠ろう……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る