第7話 嫌われ聖女


 ウィンドウが見えるようになったので、情報収集のために神殿の中を歩き回ることにした。

 ルシアンにあまり奥まで行くなとは言われたけど、一応神殿の中は自由に歩いていいことになっている。

 なぜなら、外部の人は中央神殿には入れない上、神殿で働くすべての人がルシアンのあの誓約魔法を受けているから。

 彼らの誓約は、「聖女を害さない」ということ。

 害するというのは殺害はもちろんのこと、暴力や拉致、同意を得ない性的な行為なんかがそれに当たるらしい。


 すれ違う人々は、怯えた表情でさっと頭を下げる。

 神殿じゅうの人に嫌われているというのはあながち嘘じゃなさそう。

 そんなことを考えながら歩き回るうちに、ふとあることに気づいた。


 ――迷った。神殿の中で。


 そもそも私、方向音痴だったの忘れてた。それ以前にこの神殿広すぎない!? 飾り気のない廊下がひたすら続くから見分けがつかないし!

 だんだん人気ひとけがなくなってきて、なんだか怖くなってくる。

 そんな中、複数の男性らしき声が聞こえてきた。

 部屋の場所を聞くにしろ送ってもらうにしろ、とりあえず人のいる方へ行ったほうがいいのかも。

 声のする方へ歩いていくと、やがてグラウンドのような広い場所に出た。

 そこではたくさんの男性が、木剣で打ち合ったり弓を的に射たりして訓練のようなことをしている。

 もしかして聖騎士の訓練場所か何か?

 全員男性で、女性はいないみたい。そういえばメイド以外は神官も男性ばかりだった。

 女性は聖騎士や神官になれないのか、オリヴィアが望んだから男性ばかりになったのか。……後者かな、なんとなく。

 聖騎士たちは普段着ている白い騎士服じゃなく、Tシャツとズボンといった簡素な服装。みんな鍛え上げられた体なのがよくわかる。

 二次元では純粋にかっこいいと思えるマッチョだけど、三次元でマッチョがたくさんいるとちょっと怖いなあ。


「聖女様におかれましてはご機嫌麗しく」


 後ろから声をかけられて飛び上がりそうになる。

 振り返ると、金茶色の髪に琥珀色の瞳の、ひときわ背が高く筋肉質な男性がそこに立っていた。

 美形なルシアンとはまた違う、男性的に整った顔。筋肉質ではあるけど、顔が小さく手足が長いのでずんぐりした感じには見えない。

 私を見下ろすその目には、なんの感情も感じられなかった。

 その彼の横に、ウィンドウが現れる。


 名前:アルバート・ホーガン

 年齢:二十七歳

 職業:中央神殿聖騎士団長

 性格:真面目


 なるほど、ここ中央神殿の聖騎士団で一番偉い人ってことね。

 性格、良い悪いだけじゃなくなった。謎のウィンドウ、ちょっとパワーアップした?

 あーでもこの名前、やっぱりうっすらと記憶に引っかかる。聖騎士団長アルバート。

 私が最初に目覚めた部屋にルシアンと一緒に駆け込んできた人だよね、この人。

 つまりオリヴィアが仮死状態だったことも知ってる人。

 でも私がオリヴィアじゃないことまでは知らないはずだから、気をつけなきゃ。 


「……ごきげんよう、アルバート卿」


 そう言うと、彼が少し驚いた顔をする。


「聖女様にそのように丁寧に呼んでいただけるとは。恐縮です」


 しまった……オリヴィアはアルバートとか団長とかあんたとかそんな感じで呼んでいたのか……。

 もういいや、呼んでしまったものは仕方がない。アルバート卿でいこう。


「ご無事に目覚められましたこと、心よりお喜び申し上げます。ところで、聖女様。こちらへはどのような御用でいらしたのでしょうか?」


 正直に道に迷ったと言うのは、あまりにオリヴィアらしくないのかな。

 彼女ならきっと神殿の隅々まで知っていたよね?


「別に……ちょっと聖騎士団の見学に来ただけ」


「……」


 ほんの一瞬、彼が眉をひそめる。

 迷惑だから勝手に見学に来るなってこと? こ、怖いよぉ……。


「整列!」


 よく通る低い声に体がビクッと震える。

 彼の号令を受け、訓練をしていた聖騎士たちが横二列に並んだ。

 アルバートが少し距離をあけて私の隣に立つ。

 まさか見学と言ったことでこんな大事おおごとになるとは。うう、マッチョの大渋滞。

 そういえばオリヴィアが各地からイケメン聖騎士を集めたって言ってたっけ。たしかに、かっこいい人が多そう。

 でも怖い。


「聖女様にご挨拶申し上げます」


 聖騎士の一人がそう言うと、みんな胸に拳をあてて頭を下げた。

 そのまま頭を上げない。


「……顔を上げてちょうだい」


 ずっと頭を下げさせたままというのも落ち着かないからそう言ったんだけど、聖騎士たちはひどく気まずそうな顔をして私から視線をそらしている。

 ……迷惑そう。さすが嫌われ聖女。

 こんなに大勢いて誰も歓迎していないってつらい。

 もう帰ろう、と思ったそのとき。


「聖女様。大変申し上げにくいのですが、こうやって聖騎士たちをからかいにいらっしゃるのはもうおやめいただけますか」


 棘のある声でそう言ったのは、鮮やかな赤い髪をした聖騎士だった。

 例にもれずマッチョで長身。ツーブロックの赤い短髪といい耳を貫通しているリングピアスといい、街にいたら絶対に目を合わせないであろう怖いお兄さんって感じ。

 そんな怖そうな人にいきなり批難されて、体が硬直してしまった。心臓がバクバク動いている。

 言葉を返せないでいると、彼の横にもウィンドウが現れた。


 名前:ヴィンセント

 年齢:二十五歳

 職業:中央神殿聖騎士団副団長

 性格:気難しい


 この見た目と雰囲気でなおかつ気難しい……。絶対にお近づきになりたくないタイプ。


「やめないか、ヴィンセント。聖女様に無礼なことを言うな」


 アルバートがたしなめる。

 ヴィンセントは、鼻で笑った。


「いいえ、この際だからはっきり言わせていただきます。たとえ聖女様から誘われたのだとしても、俺たち聖騎士が聖女様に手を出せば厳罰を受けます。特に若い聖騎士にとっては美人に膝に乗られたり体に触れられたりするのは生殺しなんです。だからここに男――」


「ヴィンセント!」


 ひときわ鋭いアルバートの声に、ヴィンセントが黙る。

 ああ……なるほど。

 見学に来たと言ったときのアルバートの表情も。

 顔を上げろと言ったときの聖騎士たちの反応も。

 単に見学が迷惑だったわけじゃない。

 聖女オリヴィアが男漁りに来たと思われてたから。実際、過去にそういうことをしてきたんだろう。

 オリヴィアが男好きという情報を、甘く見ていた私のミスだ。

 アルバートも私が聖女だから礼を尽くしてるだけで、私のことが嫌いなんだろうなと思う。ヴィンセントのように。

 大変申し訳ございませんと謝罪するアルバートの言葉も、どこか遠くに聞こえる。


 聖騎士たちの視線が突き刺さる。

 この場にいるのがいたたまれない。

 みんなに嫌われている自分が、ひどくみじめに思える。

 気の強いオリヴィアなら、きっと鼻で笑うか「この無礼者」と怒りをぶつけるんだろう。

 私もそうしなきゃいけない。だって私はオリヴィアだから。

 でも、できない。こわい。つらい。口を開いたら泣いてしまいそう。

 黙って去るしかない? それだときついことを言われて逃げだしたように見えない?

 もうどうしたら――


「聖騎士団はいつからならず者の集まりになった?」


 低く落ち着いた、でも聞き惚れてしまうくらい綺麗な男性の声。

 この声に初めて安心感を覚えて、泣きそうになってしまった。

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