ココログチ

川輝 和前

春と友人と運命と、そんな青春を

 私、弥刀川 御輝は、今年高校生となる超能力者である。

 ちなみに、超能力であることに気がついたのは、中学三年生の時だ。


(ほんっと嫌い……)


 教室の中で、仲良く話していた親友が急にバグったのが事の発端である。


「えっ……?」


 目の前で話している友人が、何かを話して口を動かしているが、私が聞こえてくる言葉と口の動きが急に一致しなくなった。


「どうしたの? 御輝?」

(はぁ……ほんっと一度話すと長くてダルいんだから)


「……長くて悪かったな! バーカ!」


 と、まあこのように。心が読めてしまったわけだ。

 中学最後の年にとんでもなくいらないモノを二つ手に入れてしまった私。

 なんでもハッキリと言ってしまう性格も相まって、自分でも驚く程に日に日に友人が減っていった。


 だが、そんな日々も今日で終わる。


「何故なら、今日から人生の春! J! K! だもの!」


 電車で四十分ほどかかる少し離れた高校に通うことした私。

 でも、そんなことは関係ない。心機一転。それが出来る場所なら遠さなんてなんのその。

 先生には、ここは山の中にあるし通学が大変だよ? なんて言われたが分かっていない。


「それがいいんだっつーの」


 辺りを木々に囲まれ、少しだけ古さを感じられる校舎をみて選んで正解だったなと思う。

 校門を抜け、階段を昇った先に校舎への入り口がある。入るとすぐに靴箱があって、一年生の教室は三階だ。


 今更だが、心機一転の高校生活はこれで二日目になる。昨日入学式が終わり、各教科の挨拶が終わって今日から本格的にといったところだ。


 正直、上手くやっていけるかという不安はあった。


 昨日入学式が終わり、クラスが発表されて早速花紫 静火という友人ができるまでは。


「おはよ、静火」


 そう言って扉を勢いよく開ける。

 教室には一人しかいない。当然だ。時刻は六時四十分。登校するにはやや早い時間だ。


「……」


 窓際の一番前の席に座っている『大人しい』と『可愛い』と『少しミステリアス?』という言葉が似合いまくる黒髪長髪がよく似合う女の子が、本を読んでいた視線をこちらへ向け、挨拶を返してくれる。


「いやーー、まだ寒さが若干残ってるわね。早く夏にならないかなぁ」


 私の席は彼女の隣だ。まだ慣れない椅子に腰かけ、冷えた手を温めるように、顔に近づけ息をあてる。


「……」


「だよねぇー、夏こそ青春! みたいなとこあるしマジ楽しみ」


 静火は読んでいる本を閉じて、わざわざこちらに身体を向けてくれる。


「ん? あぁ、任せて?さぁ、こい!」


 その動作で全てを察した私は、彼女の方へと身体を向け、そう言って胸を張る。


「……」


 少しの間。彼女の口は動いていたが、何も音は無い。


「うん! 聞こえないね!」


(また……駄目だった。残念。)


 今度は聞こえた。内容とは裏腹に、落ち着いた心の声だ。


 そう、彼女は絶望的に声が小さいのだ。

 でも彼女はそれを改善したいらしく、私と静火は訳あって、こうやって空いた時間によく会話の練習をする仲なのだ。


 では、なぜそのような関係に至ったかと言うと、それは入学式の日の後、クラス発表がされ、教室に入った時の話をしなければならない。


「一年三組……」


 入学式が終わりクラスが発表された私は、少しだけ遅れて教室に入った。決して道に迷った訳ではない。

 教室には着いていた。けど、私の足は教室の前の扉で止まって動けなかった。


 聴こえたからだ。悪意に満ちた声が教室の中から沢山。それは一人の女の子に向けられたものだった。


「ここでも……結局どこでも同じってわけね」


 体感として五分ほど、実際は十分ほど私は教室の扉の前に居た。そうして私は、ようやく踏ん切りをつけて教室の中へと入った。


 一瞬視線が自分に集まるが、すぐに元通り。

 そうしてさっきまでと同じような教室の賑わいが戻ってくる。


「はぁ……」


 もう慣れたものだが、やはり表面上の会話と心の中の声の両方を聞くと、頭が可笑しくなりそうになる。


「席はっと……」


 そんな中、黒板に張り出された座席表をみて、良かったと安心する。

 席は窓際の一番前の隣。私は隣の席へとそう挨拶した。


「よろしく!私、今日から隣の席の弥刀川 御輝!御輝って呼んでよ!えーーと、静火でいい?」


 荷物を置いて席に座った私は、隣の席へと早速そう挨拶した。


「……」


 彼女は俯いていた顔を上げこちらへ向けると、頭をぺこり。そうして、また俯き始める。


 その瞬間、教室がザワつく。とは言っても、何かを言ってきた訳では無い。

 音にならない言葉だけを向けられている。教室中の人間が、そうやってザワついている。


 その言葉を一人聞いて、大体のことを察する。

 どうやらこの教室に居る連中は、静火のことが面白いらしい。


「アホくさ……」


 そこで考えるのをやめた。

 そうして担任の教師がやってきて、アレやコレやをやっていき、初日が終わった。


 ホームルームが終わり、皆が続々と帰っていく中、隣の席の静火は、カバンから一冊の本を取り出し読み始めた。

 それを横目に見て、私は荷物をまとめて教室から出る。


「静火、また明日な!」


「……」


 静火はこちらを向いてまた頭をぺこり。それを見て私は、扉を閉めた。

 そして一分もしない内に、扉を思いっきり開ける。


「……?!」


 その音に、中で一人で本を読んでるはずだった静火が飛び上がる。言葉通り椅子から立ち上がって、両手を胸で抑えている。

 だが、反射的な行動だったからか、彼女は泣いた後が残る顔を無防備なまま晒していた。


「……ほんっと馬鹿だなぁ」


「……!!」


 その私の言葉を聞いてようやく彼女は、慌てて顔を隠すが、可愛いだけで特に意味は無い。


(こんなはずじゃなかったのに……また私は……)

(恥ずかしい……もう帰りたい……)

(なんか隣の人怖い……)

(悔しい……変わりたいのに……!もっともっと、沢山の人と話すことが目標だったのに……)


 ずっと聞こえていた。教室に入る前から聞こえていた彼女の声。

 彼女の声が、小さすぎることはすぐに分かった。だって、私が話しかけた時の、心の声と口の動きがずっと一致していたから。


 多分、小さすぎて相手に伝わっていない。きっと私が来る前に、クラスの連中と何かしらの交流を試みようとしたところ、失敗したのだろう。

 周りには聞こえていなかったみたいだけど、音は聞こえなくとも、声は確かにあった。残念なのは、私しかそれに気づいていなかったこと。


 周りが笑っていたのはきっとそういうことだ。


(と、隣の人! 帰ったはずじゃ…てか、泣いているところ見られちゃった! どうしよう!)


(帰ったフリ、な。上手かったろ? というか泣くほどに辛かったんなら先生とかに言えばいいのに)


(そ、そんなの出来るわけないじゃない!それに私は……守ってもらいたんじゃなくて変わりたいだけだから……って、あれ?)


(おお、その意気だよ! 私、結構静火のこと気に入ってんだぜ? すっごい正直っていうかさ、中々いないぜ? 心と口が繋がってるやつなんて!)


 静火の顔は、泣き顔から一転、化け物でも見た様な顔へと変わっていた。

 まあそれも当然だろう。私自身も、気味が悪くてこっちの方の力を使うのは人生で二回目なぐらいだし。


 テレパシー。私が扱える超能力の二つの能力。

 心を聞く力と、心を伝える力。


「目標? だっけ? 詳しい話、聞かせてくんね? 私、結構力になれると思うぜ?」


 どうして私がそんな気になったか、簡単だ。裏表が無く可愛い静火をほっとけなかったからに限る。

 後は、私の超能力を見ても驚くだけですぐに順応して、友人のように接してくれたから。


 お互いに気楽だったのだろう。本来なら拒絶されるありのままの姿で通じ合えることが。


 奇跡的、嫌、運命的な関係性だったのだ。


 それが、花紫 静火と私の出逢いであり、今に至る物語の始まりだ。


(変わりたい……皆と、面向かって沢山お話したい! です)


 話を聞くに、それが静火の高校生活の目標らしかった。

 だから、私は提案したのだ。


(じゃあ明日から特訓する?)


 そうして朝の時間、まだ誰もいない時間に、二人で話す練習をすることになったのだ。


(御輝ちゃん……また……放課後相手してくれる?)


(そんな申し訳なさそうな顔しなくていいよ、シズッチ)


(迷惑じゃ、ない?)


(私はとっても楽しいけど?気にしなくていいよシズッチ。これからも、沢山話そう)


 窓から入り込んでくる風は少し冷たくて、でも、教室を照らしてくれる春の陽射しは暖かくて。


 そんな日を境に、私達の少し変わった青春は始まったのだった。



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