第8話 人間関係に悩んだら、食うべし

 私はいま、魂が半分になっているらしい。フィルじいいわく、そのせいでミルフィリアとしての記憶が、中途半端なんじゃないかと。


 自分としては、小井手ミチルの記憶がはっきりしてるだけなんだよなあ…… 。

 魂が半分だとか、ミルフィリアとしての記憶が欠落してるだとか言われても、体感としてしっくりこない。


 ── まあ、それはさておくとして。

 この『ミルフィリア魂はんぶん事変』は、魔王配下の者による策謀の可能性が出てきた。

「リアが城から消えて、こうしてまた戻ってくるまでの間、幹部達の動きはどうだったんだね?」

「様々です。── 本当に様々で、あれは…… 受け入れ難いものです…… !」


 アリスの説明によると、例のノータイム・ラスボス戦で、私とともに勇者も姿を消したそうだ。

 事態に動揺する勇者パーティーを、アリスと、かろうじて駆けつけた幹部1名とで撤退させた。

 魔国ベルフレーン側もニール共和国側も、魔王と勇者が消えた事態は元より、両者の戦闘が発生したことすら伏せている。そもそもニール共和国にいたっては、勇者を擁立した事実すら、おおやけにはしていない。(各国の中枢には、とうに知れている事だが)


 その後、魔国の幹部陣の意見は、割れに割れた。


 この事態を広く、民に知らせるべきだ。

 いや、すぐにでも次の魔王を立てるべきだ。

 そもそも、あの魔王の資質に問題があったのだ。現魔王は存在事態を無かったことにすべきだ。

 魔王とともに勇者も姿を消した以上、魔国の危機は退いた。魔王のいない平常時の体制で、問題ないはずだ。

 いや、この事態は異常だ。国を挙げ、他国に協力を要請してでも、早急に魔王の行方と事態の原因を調査すべきだ。


 等々などなど…… 。


 そして割れた意見とともに、有力家系を中心として、潜在していた派閥間の対立も顕在化。

 結局、魔王配下の者達は、自分の利と身の振り方を心配するばかりの者が大半。行方の分からなくなった魔王を探そうと、注力しようとするものはごく一部なのだそうだ。

 なるほど…… 。


「えー、そうかあ。一枚岩じゃ無かったかあ」

「…… 」

 おどけてみたものの、相変わらずアリスの表情は固い。彼女のような忠臣にとっては、確かに腹立たしい事態だろう。


 そもそも魔王はこの国に、常に存在するわけではない。国の危機が訪れると、候補の中から選抜される仕組みだ。

 そして魔王を取り巻く配下の者達は、もともと権力者の家系であることが多い。突然、降って湧いたトップに、全員が素直にかしずくはずもないのだ。


 そんないびつな体制を揺るがす、この状況。幹部達が結束して、消えた魔王を取り戻すべく努力する…… 。

 なんて状況を期待するのは、無理筋むりすじだろう。


 アリスは難しい顔をしたままだ。その眉間を指で、ぐいぐい押してやる。

「しわが寄ってる。悩んでもしょうがないし、気楽にいこうよ」

「はあ…… 」

 能天気な人だな。とでも、思っていそうな顔だ。

 よく言われるし、自分でもそう思う。でも、すぐに解決しない問題を思い悩むのは、エネルギーのムダだしね。

 ヤなことには、必要な時だけ真面目に取り組む。それ以外は極力、楽しい気分で過ごすに限る。


「人間関係に悩む時間があったら、呪いを解く方法を見つけないと! ね、フィルじい、半分になったっていう私の魂、どうやったら戻ってくる?!」

 空気を明るくしようと、努めて元気な声でフィルじいに話をふる。彼は、昨夜のヒューにそっくりの困ったような笑顔を返す。


 ここで困った笑顔は困るんだが。── えっ、まさかダメなヤツ?

「フィルじいなら何とかできるかも、ってヒューが言ってたけど…… 」

「残念ながら…… 。だが昔の仲間にも声をかけて、できるだけ調べてみよう。大丈夫、きっと何か手がかりはあるはずだよ」


 おおーん…… マジですか…… 。


 * * *


 状況打破のアテが外れてがっくりきたが、アリスとフィルじいが用意してくれた昼食で元気が出た。

 ご飯は大事だ。

 落ち込んだら、食べて寝るに限る。

 人間関係に悩んだら、食うべし。そして寝るべし。

 それでだいたい、私は元気になる。


 元気になったところで気分を変えて、店を見せてもらうことにした。

「ねー、フィルじい。お店の中、見てもいい?」

「もちろんだとも」


 店といっても、大層なものではない。玄関と居住スペースとを分ける場所に、ちょっとあつらえただけのものだ。言われなければ、店とは気づかない。

 背の高い棚に、取り留めなく並ぶ品を眺めていく。


 生命力増幅剤、火龍のブレスをも防ぐ火除けの衣、全ステータス異常解除を付与した高回復薬、死神の穢れを退ける聖水、古代魔法を記した魔導書、聖なる魔獣の解説書…… 。


 陳列は昔から全く変わらないので、何がどこにあるか完全に分かる。

 どれも高レベル冒険者には重宝する品だが、あいにくこの森にそんな人は来ない。この辺りは目ぼしいダンジョンも無いし、そもそも冒険者という存在自体が、この国ではレアキャラだ。

 大半の冒険者はニール共和国か、その隣国の聖フレーデル公国を拠点にしている。


 これらの品を欲しがるような冒険者は現れず、たまの客といえば古くからの顔馴染みだけ。だからいつ来ても、置いてある品の顔ぶれは変わらない。

 そう思いながら、棚を見ていたが…… 。


「ん?」

 棚に1冊、見覚えのない装丁の本がある。背表紙に綺麗な紋様が入っているが、タイトルは書かれていない。手にとって中を見る。


 日記?紀行文?

 軽く目を通すと、誰かの旅の記録のような内容だった。

 ところどころ、景色や動植物が描かれている。── とても上手い。というか、ひと目で好きな絵だと感じる。何というか…… 気持ちが掴まれる線だ。


 フィルじいが、

「ああ、それは…… 」

と、口を開きかけたそのとき。


「はわああああああ…… !!」

「ひっ…… !」

 背後から奇声に襲われ、心臓が止まりそうになった。

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