第12話 女子陸上部エース:与謝野美紀の場合(その2)

朝食を食べ終わって家を出る。

当然のように雪華は俺の左腕にガッシリとくっついていた。

家の門を出た所で……腕組みして仁王立ちしているサイドポニーテールの少女が一人。

お隣さんで幼馴染で同級生の舞鶴向日葵だ。

「ま~た朝から兄妹でベタベタしてる!」

向日葵は明らかに怒っていた。

だが雪華も負けじと言い返す。

「なんですか、ソッチこそ。朝っぱらから人の家の前で!」

「朝っぱらから兄妹がイチャイチャしていたらおかしいでしょ! だから私はそれを止めてあげようと思ったのよ!」

すると雪華が右手で口元を押さえた。

「そんな事を言ってぇ~……プププ、本当はお兄様と私の仲を引き裂きたいんでしょ」

向日葵が虚を突かれたような顔をした。

「な、なんですって!」

「向日葵さんの本音は分かってますよ。私とお兄様の仲がいいのに嫉妬しているんです。それでこんな風に朝からストーカーをしてるんですよね」

「ス、ストーカーですって!」

向日葵が顔を真っ赤にしている。

これはかなり怒っているな、うん。

雪華はさらに俺にベッタリとくっついた。

「いくら向日葵さんが焦ってシツコクしたって無駄ですよぉ~。お兄様と私はもうとっくにふか~い仲なんですから」

「え、深い仲って、どういう意味?」

向日葵が目を白黒させる。

「言葉通りの意味です。なにしろ、今日も私とお兄様はお・な・じ・ベッドで、寝ていたんですからね!」

「同じベッドで……」

向日葵が卒倒しそうフラついた。

俺もその台詞には焦る。

「おい、雪華。オマエ、何を言ってるんだ!」

だが雪華は当然のような顔で言い放つ。

「だって本当の事じゃないですか。お兄様と私は昨夜は一晩中一緒に同じベッドにいましたよね? お兄様の寝顔、とっても可愛かったです。だから私、思わず抱き締めちゃったら、お兄様ったら私の胸の中で……」

「やめろ! やめてくれ! 他人が聞いたら本気にするだろ!」

「え、だって全部、本当の事ですよ。私、ウソなんて一つも言っていません!」

ダメだ、雪華にはいくら言っても、何を言ってもダメだ。

都合良く話をすり替えられてしまう。

俺は向日葵の方を向いた。

「向日葵、コイツの言う事を真に受けるなよ! コイツの言っている事はウソではないが……」

すると向日葵は、まるで幽鬼のようにふらつくながら俺に近づいて来た。

その目は怨念とも怒りともつかない光を宿している。

「ウソではないと……ショウ君?」

その言葉にハッとする。

「いやちょっと待て。確かにウソではないが、それはまた別の意味であって……」

向日葵は天を仰いだ。

「神は死んだわ……人類への絶望のため……」

「なにいきなりニーチェ風に大げさに言ってくれてるんだ。だからそんな話じゃないって言ってるだろ!」

向日葵は髪を振り乱し、いきなり俺の眼前に迫って来た。

「もうこうなったら放ってはおけない! 私がキッチリ監視するわ! あなたたち兄妹がこれ以上、道を踏み外さないように!」

しかし雪華は余裕の笑みを見せる。

「やれるもんならやってみて下さい! 私とお兄様の間は、誰にも引き裂けないわ。他人の向日葵さんが入り込む余地なんて無くってよ。私たちのは永遠不滅の愛なんだから」

「いいえ、お天道様に背く行為よ! 私がそれを喰いとめて見せるわ!」

「俺の話を聞けって!」

睨み合う二人の美少女の間で、俺は思わず絶叫していた。


(今朝はとんでもない目にあったな)

6時間目の授業が終了後、俺は陸上部の練習に出るため校庭にいた。

あの後、雪華と向日葵に挟まれながら渋谷駅まで歩くハメになった。

二人は俺を挟んで両側から、互いにマウントを取りつつ言い合っていたのだ。

それを見た、古くからの老舗のサンドイッチ店のおばさんが

「あらあら、ショウ君はモテモテでいいわねぇ」

などを笑っていた。

まったく近所にいい恥さらしだ。

(それにしても向日葵も雪華相手に本気にケンカするなよ。大人げない)

(俺だって雪華がベッドに潜り込んでくるのは阻止したいが……俺は一度寝ると中々起きないタイプだし……)

(この歳で部屋に鍵がついてないってのも考え物かもな。今度母さんに頼んでみよう)

「あの……」

自分の考えに没頭していたためか、そう声を掛けられるまで誰かが近くに来た事に気が付かなかった。

声を方を見ると与謝野美紀が立っていた。

(なんの用だろ)

俺は少し警戒した。

なぜなら与謝野美紀は、この学校では珍しく俺に反抗的な女子だからだ。

自分で言うのもなんだが、俺は女生徒全般に人気がある。

大抵の女子は俺と話す時は嬉しそうな笑顔だ。

だがメジャーな存在を嫌う人間というのは、どこの世界にもいる。

アンチ何とか、というような存在だ。

彼女がそうかどうかは分からないが、ともかく他の女生徒と違って何かと俺に対して反抗的な態度を取る事が多かった。

「なにかな?」

俺がそう尋ねると、彼女は少し言いにくそうな様子だったが、やがて口を開く。

「ショウ君はさ、普段は短距離だけど、この前は臨時でハードル走にも出ていたよね」

「ああ」

彼女が言う通り、この前の大会では自分の種目の百メートル走だけではなく、臨時で110メートルハードルにも出場したのだ。

そこでも俺は見事優勝を果たした。

「アタシもさ、次の大会では短距離だけじゃなくって、百メートルハードルに出る事になったんだ」

「そうなんだ?」

そう言えばハードルをやっている娘がケガをしたと言う話は聞いていた。

その代わりが与謝野美紀だとは知らなかったが。

「それで……悪いんだけど、この練習が終わった後に自主練をしたいから、それに付き合ってくれないかな?」

「俺が?」

思わずそう聞き返ししてしまう。

彼女は俺の反応を見て、身体を小さくしたように感じられた。

「うん、そうだけど……ダメかな?」

「いや、ダメって訳じゃないけど……本当に俺でいいの? 普段からハードルをやっている人に頼んだ方がいいんじゃないかな?」

だが彼女は小さく首を左右に振った。

「ううん。アタシのメインはあくまで百メートルだから。ハードルの方で走り方やフォームを崩したくないんだ。だから同じ短距離で臨時でハードルを走ったショウ君に見て欲しいんだよ」

(そういう理由か)

俺は納得した。

別に部活が終わった後の時間なら、付き合った所で問題はない。

「わかった。いつから一緒にやればいい?」

「とりあえず今日からやりたんだけど……」

「オッケー。じゃあ部活が終わったら、俺も残っているよ」

「ありがとう」

与謝野美紀ははにかんだような笑みを見せた。

彼女がそんな表情を見せたのは初めてだったので、妙に新鮮に感じた。



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この続きは、明日正午過ぎに公開予定です。

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