第4話 バスケ部後輩・左京加奈の場合(その3)

放課後になって、俺は図書室に向かった。

今日はバスケ部の後輩である左京加奈に「勉強を教える」という約束をしているからだ。

もっとも「約束をさせられた」と言う方が正確だが。


私立永田町学園の図書室は豪華だ。

所蔵数が都内の高校ではナンバー1を誇るだけでなく、DVDなどの動画記録やCDなどの音楽なども数多く置かれている。

そしてかなりのスペースの自習室も完備されていた。


そのテーブルの一つに、バスケ部一年の左京加奈が座っている。

俺の姿を見つけると、彼女は笑顔で手を振った。

俺は彼女の隣にカバンを置いた。


「悪い、待たせたかな?」


すると彼女は「とんでもない」といわんばかりに両手を振った。


「いえいえ、そんなことないです! 私の方こそ忙しいのに時間を取ってもらってすみません。でもどうしてもわからない所があって……」


「初めての高校での定期試験だもんな。不安になるのは仕方がないよ。それでどこが分からないんだ?」


「え~と、まずは数1から……」


そうして俺はしばらく彼女にテスト範囲の勉強を教えた。


「ショウ先輩、頭いいんですね。数学が出来るって言うのは理系なんですか?」


「いや、俺は大学は経済学部に進もうと思っている。やっぱり社会を動かしているのは経済だからね」


「文系なのに数学ができるって凄くないですか?」


「そんな事はないよ。今は金融工学って言って様々な数学を使って、もっとも利益が上がる投資方法を計算している。データサイエンスにも数学は必要だ。大学入試でも経済学部の多くは数学が必須になっている。文系が数学が苦手って言うのは昔の話だよ」


「やっぱりショウ先輩は凄いです。そんな事まで考えているなんて」


そう言って彼女は感心した顔で俺を見た。

まぁこうやって後輩に尊敬の目で見られるのは悪い気はしない。

そんなこんなで二時間が経過した。


「今日はこのくらいでいいだろう。もうすぐ6時になるし、そろそろ終わりにしようか」


「そうですね。おかげでわからない所もわかるようになりました。また今度、他の科目も教えて貰えますか?」


彼女は顔を傾げるような仕草で微笑んだ。

可愛らしい。


「ああ、時間がある時ならオッケーだよ」


俺はカバンに教科書と参考書を詰めると立ち上がった。


「ショウ先輩、今日は忙しい所、本当にありがとうございました」


彼女はそう言って俺に寄り添うように立ち上がった。

自然に彼女の手が俺の身体に触れる。

少し微妙な違和感があっただ、俺はそれを気にしていなかった。



家について着替えようとした時だった。

図書館ではほとんど左京加奈に教えていたため、自分の勉強はできていない。


(とりあえず夕飯前に英熟語だけやっておくか)


そう思っていたらスマホが振動した。

メッセージではなく電話だ。

見ると左京加奈からだった。


(さっき別れたばかりなのに、なんだろう)


そう思いつつ、俺は電話を受けた。


「もしもし、ショウ先輩ですか?」


「ああ、どうしたんだ?」


「それが……家の鍵をなくしちゃったみたいで……たしか制服のジャケットのポケットに入れたと思ったんですが」


制服のジャケットだって?

俺と加奈は隣同士の席で、椅子にジャケットをかけていた。

まさか……

俺は制服の右ポケットを探ってみた。

すると指先に固い物が感じられる。

取り出して見ると、見覚えのない鍵だった。

猫のゆるキャラらしいキーホルダーが付いている。


「その鍵って、猫のゆるキャラがついている鍵か?」


「そうです! やっぱり私、間違って先輩の制服に鍵を入れてしまったんですね」


「それで加奈はいまどうしているんだ?」


「家に入れなくって……近くのコンビニにいるんですけど」


「家族は誰かいないのか?」


「お父さんはいつも帰りは遅いし、お母さんも出かけているんです。私は兄妹はいないから……どうしよう」


彼女の声は今にも泣きそうだった。

俺も先輩として放ってはおけない。


「加奈の家ってどこだ? 確か前に渋谷の近くみたいな事を言っていたよな?」


「神泉と池尻大橋の間くらいです。国道246号を越えたくらいの」


そのあたりならウチから2キロはない。

自転車なら15分もあれば着けるだろう。


「わかった。俺が今から鍵を持って行ってやる。おまえの家の詳しい住所をマップで送ってくれ」


「え、でもそんな……悪いですよ」


「家族はいつ帰って来るか分からないんだろ。これから暗くなるのに一人で外にいるのも危ない。俺の家は奥渋だからチャリですぐに行ける。気にしなくていい」


「ショウ先輩……ありがとうございます」


そうして彼女は家の住所をマップのURLで送って来た。

俺は制服のまま家を出ると、自転車で彼女の家に向かう。

家を出る時、雪華が

「お兄様、もうすぐ晩御飯なのに、どこに行くんですか?」

と不審げに聞いて来た。

雪華は俺が一人で出ていく事を好まない。

しかし

「部活の後輩に渡す物がある」

と言うと、不満そうにしながらも黙って見送ってくれた。


夕方のため道も混んでいて信号にもけっこう引っかかったため、左京加奈の家に到着したのは20分後だった。


「ショウ先輩、本当にすみません。せっかく家でゆっくりできるのに、こんな所まで来てもらって……」


俺に会ってすぐ、左京加奈はいかにもすまなそうに頭を下げた。


「いや、でもこれからは気を付けろよ。今回は俺の家が近かったから良かったけど」


俺はそう言って鍵を彼女に渡すと「じゃ」と言って再び自転車に跨った。

その俺の腕を素早く、彼女は掴んだ。


「待って下さい。せっかくここまで来て貰ったんです。何のお礼も無しに帰すなんて申し訳ないです! ショウ先輩に失礼です!」


「え、いや別にお礼なんていいよ。自転車で来られる距離だったし、俺もすぐにやる事があった訳じゃないから」


「それじゃあ私の気が済まないです! 少しだけでもお礼させて下さい!」


彼女は「絶対に俺を離さない」といった様子で腕を引っ張った。


「せめてお茶くらい飲んで言って下さい。それくらいの時間はありますよね?」


(ウチで晩飯もあるんだけどな……)


そう思ったが、ここまで言われては仕方がない。


「わかった。それじゃあお言葉に甘えるよ」


俺はそう言って自転車を降りた。



「いまお茶を入れて持って行きますから、ショウ先輩は先に私の部屋に行って待っていて下さい。二階の階段を上がってすぐの部屋です」


家に入ると左京加奈はすぐにそう言った。

本人が居ないのに女子の部屋に入るのは躊躇われたが、逆にリビングに入って欲しくないのかもしれない。

そう思い直して、俺は二階の彼女の部屋に向かった。


部屋に入るとすぐ右手に照明のスイッチが光っていたので、それに手を伸ばす。

LEDの証明に照らされたのは八畳ほどの部屋だ。

小型の白いドレッサー、本よりも写真やぬいぐるみの方が多い本棚、部屋の中央にはガラス製のローテーブル、そして女の子らしいベッド。

勉強机がない所を見ると、自室では勉強しないか、またはローテーブルが勉強机代わりなのだろうか。

ベッドの上には洗濯物がたたんで置かれていた。

ベッドの上には部屋着らしいパジャマが置いてあり……

その上にあったのは…………



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この続きは明日正午過ぎに公開予定です。

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