未経験イケメン、チャンス逃してます!

震電みひろ

第1話 とあるイケメンの苦悩

俺、桜花院おうかいんしょうは、学食のカウンターから味噌カツ定食を受け取った。

近くにいる女生徒から、熱を帯びた視線を感じる。


「今日はショウ様が学食に来られてる!」

「ラッキー、ショウ様に会えるなんて!」

「あ~、本当にカッコイイ! あんな素敵な人が現実にいるなんて……」


そんな声にもその視線にも、俺は気づかないフリをして、仲間のいるテーブルに向かった。

その途中でも何人かの女生徒から、先ほどと同様の視線を感じる。

テーブルにはこの学校の女子から『黄金の四王子』と呼ばれる内、三人が座っている。

サッカー部の三浦京也みうらきょうや、バレー部の川崎信かわさきしん、軽音部の小田原淳おだわらじゅんだ。

俺がテーブルに着くと、正面に座っている三浦京也がニヤついた顔で俺を見た。


「相変わらずだよな、ショウ」


俺は一度イスの位置を直して座り直す。


「なにがだ、三浦?」


「またまた、とぼけんなって」


明るめの茶髪に右手をやると、サッカー部1の人気男子が片目を瞑る。


「たまに学食に来ると女子たちはこの騒ぎだ。なにしろスポーツ万能、頭脳明晰で入学以来、学年一位をキープしている天才だもんな。生徒会長様」


「天才なんてそんな簡単にいないよ。俺が天才だって言うなら世間は天才だらけだ」


「そりゃ嫌味だぜ、ショウ」


三浦の右隣にいた、長身短髪に真面目ながらも整った容貌の川崎信が口を挟む。


「ショウは頭がいいだけじゃなくって、スポーツも万能だろ。いやショウの場合、単にスポーツ万能ってレベルじゃない。バスケ部・バレー部・陸上部の副部長を兼任。どれも本当なら部長を頼まれたのに、兼部をしているから各部の先代部長が話し合って、仕方なく副部長に収まってもらった伝説の男だ。まったくバレー一筋の俺の立場がないよ」


そう言いつつも川崎の口調にはまったく残念そうな所がなく、爽やかな笑みを浮かべている。


「その点ではみんなに迷惑をかけていて申し訳ないと思っているよ。そもそも俺は兼部だから副部長の資格はないんだが」


「おいおい、そんな意味じゃないよ。無理やりに副部長を頼んでいるのはコッチだからな。ショウが居てくれるだけでサマになるんだ」


すると俺の左隣の銀髪にパープルのメッシュを入れている、色白童顔のイケメン・小田原淳も続けた。


「その上、街でスカウトされてモデルまでこなしているんだもんな。ショウがウチのバンドに入ってくれれば、メジャーデビューだって夢じゃないのに」


そう大げさにタメ息をついてみせる。

小田原は軽音部に所属していてバンドを組んでいる。

担当はボーカル兼サイドギターだが、自分で作曲もやるマルチプレイヤーだ。


「言っただろ。俺に音楽の才能なんて無いって。それに文化部系では演劇部の方が忙しいんだよ」


「そういいつつ、カラオケでいつも俺よりいい点数を出してんじゃねーか。謙遜も過ぎると嫌味だぜ」


小田原はさらに大きくタメ息をついた。

それを見た三浦が笑う。


「まったくだ。ショウが歌うと、一緒にいる女が途端におしゃべりを止めて聞き惚れているもんな。歌だけで女を発情させるなんて、さすがに俺でも出来ないよ」


その三浦の発言に小田原が突っ込む。


「サッカー部のエースって言ったら、普通は学校一の人気者のはずだからな」


「本当だよ。俺も中学まではモテる事に関しては相当な自信があったが、ショウと知り合ってからは見事に打ち砕かれたよ」


(う……)


俺は味噌カツ定食を食べようとする手が止まった。

話が……話が嫌な方向に流れそうだ。


「同感! 俺にもけっこうな数のファンがいてさ、コンサートが終わると出待ちの女子とかもいたから『俺ってめっちゃモテるよな』って思っていたけど……井の中の蛙だって思い知らされたね」


すると三浦が身体を乗り出してくる。


「そういやぁさ、このまえ小田原が話していた弥里杉短大の子、アレ、どうなった?」


小田原が両手を広げた。


「まあまあかな。特上ってレベルじゃないけど、一回切りって程でもない。JKとは違ってこなれている部分もあるしね」


それを聞いた三浦が、両拳を握って羨ましそうにする。


「く~、言ってくれるね。いいじゃん、短大生! 羨ましいよ。16歳にして二十歳のお姉様にご指導いただけるなんて」


「そういう三浦こそどうなんだよ。淑貞女子の子とデートしたんだろ? それはどうした?」


三浦が腕を組み、右手を顎に当てる。


「う~ん、まぁ中の上か、上の下って所かな。でも俺が初めてだったみたいでさ。さすがにこれで終わりってのも鬼畜すぎるから、もうしばらく付き合ってみるかなって思っている」


「その考えが既に鬼畜だろ。三浦は正妻、側室、愛人、恋人ともう四人もいるんだから」


「おい、ファンとヤリまくっている小田原に言われたくないな。可愛い顔して年上まで手を出しやがって」


俺はそれらの話を聞いていないフリをして、黙々と味噌カツ定食を口に運んでいた。

内心はひたすら「話の矛先が俺に向かないように」と祈りながら。

だがその祈りは届かなかったようだ。

小田原が俺の方を向くと「ショウは最近はどうだ?」と言ってきやがったのだ。


「俺は別に……」


急に喉につかえる気がするご飯を無理やり飲み込むと、小さい声でそう答えた。

そこに三浦が右手を左右に振って言った。


「ショウなんかに聞くだけ無駄だって。俺たち凡人とは比べ物にならないくらいモテる男なんだからさ」


小田原も当然のように笑う。


「そうだな。なんぜ生まれてから人生全部がMAXモテ期みたいな男だもんな、ショウは」


俺の無言を、コイツラはいつも逆に解釈しやがる。

だから俺は本当の事を話すチャンスがないまま、一年が過ぎてしまった。

もう今になって「俺、実は未経験です」なんて言い出せない……。


その時、三浦が隣にいる川崎に話を振った。


「そう言えば川崎は、付き合っている彼女とはどうなった?」


俺の耳が心理的には5倍の大きさになる。

川崎信。

バレー部のエース選手。

慎重185cmで短髪の真面目系イケメン。

おばさま方にも人気がある爽やかスポーツマンだ。

そして、こいつだけが俺と同類。

チェリーボーイだ。


「いやぁ、それがさ」


川崎がはにかんだ表情を見せる。


(それが?)


俺は無関心を装いつつも、内心ではドキドキしていた。

普通に考えればその先の言葉は『まだなんだよね』のはずだが……。


「この前、彼女の家に呼ばれて……」


彼女の家に呼ばれて?

心臓の動悸が高鳴る。

知らずに俺はワリバシを折れそうなくらいに強く握りしめていた。


「とは言っても、家には彼女のお母さんが居たから、何かあるはずはないんだけど……」


ホッ

彼女の家に行ったら親がいた。

その状況で何かあるはずがない。

親としても娘が彼氏を連れてくるとなれば、当然そういう事に気を付ける訳で……


「彼女のお母さんが買い物に出かけて、そうしたらそういう雰囲気になっちゃったんだよな」


な、なにぃ~。

『そういう雰囲気』とはどういう雰囲気だ、え!

それをハッキリさせたのは三浦だった。


「って事は、ついに?」


川崎は照れながらも笑顔で答えた。


「ああ、俺もみんなの仲間入りだな」


ガシャーン

俺の震える手が味噌カツ定食の味噌汁の椀をひっくり返してしまった。

三人が一斉に俺を見る。


「どうしたんだ、ショウ」


俺は慌ててテーブルの脇に置いてあった布巾を手にし、こぼれた味噌汁を拭いた。


「いや、別に……手が滑っただけだ」


俺は内心の動揺を隠しながら、なんとかそう言い逃れた。

それにしても……あの真面目な川崎までが経験者の世界アッチの世界に行ってしまうなんて……。

俺は唯一の心の支えが音を立てて崩れていくのを感じた。

まるでみんなが迷路を脱出したのに、俺一人が取り残されて右往左往しているような気分だ。

そんな俺の気持ちも知らず、小田原が追い打ちをかけるように尋ねた。


「それでどうだった? 愛しの彼女との初Hは?」


「いや、そんなのって人に話すような事じゃないだろ」


そうだ、そうだ!

ここにはまだ、未経験者がいるんだ。

そういう話は俺がいない所でやってくれ。


「もったいぶるなって。誰もが通って来た道なんだしさ。いいじゃん、話してくれたって」


だから俺はまだ、その道は通ってないんだって!


「まぁ、そうだな……」


川崎は照れながらも、初めての体験を語り出した。

川崎の初体験話に、所々で三浦と小田原が自分たちの経験談を交える。

俺は身体を石にしながら、それを聞いているしかなかった。

もう気分は『私は貝になりたい』だ。

誰もいない深い海の底で、誰にも関わらずに、静かな貝に……


俺だって、俺だって、早く可愛い彼女を作って、そしてその子とそういう関係になりたい。

ところが俺は女子にはかなりモテるにも関わらず、なぜか彼女が出来ないのだ。

当然、そういう関係になった事もない。

俺の周囲の女子たちは『俺には素敵な彼女がいる』と信じて疑わないのだ。

そりゃ三浦や小田原みたいに彼女がいても、他の女の子とそういう関係になれるかもしれないが……

出来れば俺としては、初体験は大好きな彼女と、それなりの雰囲気の中で結ばれたい。

とは言うものの……


「やっぱ女は胸だよ、胸! 柔らかくて大きなのもイイし、小さめでも形がイイのもそそるし」


三浦がそう言うと、それに対応するように小田原が主張し始めた。


「俺は腰から太腿にかけてだな。キュッと締まったウエストからヒップ・太腿と流れるような曲線がイイんだよ」


それに川崎も参戦する。


「ヒップはいいけど、俺、背中の筋が好きみたいだ。背骨の凹んだラインを見てゾクッとした」


そんな話を聞けば健康な十代男子としては、当然思ってしまうではないか。

(俺も早く体験したい!)ってな!

ああ、俺の新品の筆を降ろしてくれる女神様は、いったいいつ現れるやら。



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この続きは、今日の夕方5時頃に公開予定です。

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