あらゆる確率を操作できる逆行者 ~『確率変動』の力で運命を書き換えて~
十本スイ
プロローグ
昔から変なモノを目にすることが多々あった。
普通では認知できない存在。
いわゆる幽霊、妖怪、怪異、悪魔などといった類のこと。
恐らく霊感が人よりもずっと強かったのだろう。だからそういったモノとの遭遇率も高く、何度もトラブルに巻き込まれては傷だらけになっていたものだ。
それに加えて運自体も悪かったと言えよう。
人は生きていると、何度も『よし、今日は運が良い』と思うことがあるはず。
たとえば行く先々で信号が常に青かったり、五百円玉を偶然拾う、ラジオに投稿したメッセージが読まれる、アイスで当たりくじを引く、いつも売り切れるパンを買えたなど、そんな些細なことで幸運を感じたりすることがあるだろう。
しかしこれまで生きてきた三十年の中で、そんなことを一度として思ったことがない。経験したことがない。そんな人間、果たしているだろうか。実際ここにいるのだが。
事実、賭け事には一度も勝利を手にしたことはないし、こうなったらいいなと思ったことは、その都度必ず反対の結果が訪れる。くじ引きで当たりなんて手にしたこともない。
そしてジャンケンにも勝った試しがない。前に知り合い以上友人未満的な人物に、自分が勝つまでジャンケンをしようと持ち出したことがあった。
そいつも幾ら運が悪くても、せいぜい十回もやれば終わるだろうと思っていたのだろう。自分自身もそう願っていた。しかし結果は二百二十五回やって、すべて敗北を手にしてしまったのだ。
五十回くらい負け続けた時、ソイツは少し興味深くなり、いつまでこちらの不運が続くが試したくなったらしい。それで百回、百五十回と続き、二百回までに来ると、どんどんその表情を不気味なものを見る目に変わっていった。
そしてさすがに怖くなったのか、二百二十五回目で向こうがギブアップしたのである。
さて、これほど運に見放されている人間が、よくもまあ毎回毎回死にそうなトラブルに巻き込まれる度に、何とか辛うじて生き残っていくことに驚くだろう。悪運というものが本当に存在するならば、それだけには恵まれていたのかもしれない。
それが――
だが残念ながら薄れゆく意識の中で、太老はとうとう悪運も限界を迎えたのだと理解していた。
(けど……)
自然と降りてくる瞼に抗い、その視線の先にいる存在を確認する。
狭い視界に在るのは一人の少女。太老の傍に寄り添い泣きじゃくっていた。
「ごめん……さい……っ! わたしのせい……で……っ!」
大粒の涙を零しながら、その両手を仰向けになっている太老の腹部に添えている。そう、最早致命傷としか思えないほどに抉れ、大量の鮮血が流れ出ている腹部を。
ほんの数分前までは、五体満足で趣味の山登りをしていた。しかしそこで恐ろしい場面を目撃する。
時代錯誤過ぎる全身を甲冑で覆った巨漢が、その手にどす黒いオーラを放つ刀を握り、一人の和服を着た少女を追い詰めていたのだ。
何が起きているのか分からないが、考えるより先に太老は少女を守るべく駆け出した。
何度か攻防をするものの、相手は人外じみた力を持ち、とても敵う相手ではなかったのである。そこで少女だけでも逃がそうとしたが、どういうわけか少女は逃げるつもりはないと言い、逆に太老を庇おうと前に出る。
そこへ凄まじい凶刃が少女へと放たれた直後、咄嗟に太老はその巨漢に身体ごと突撃した。だがその先は運悪く崖になっており、太老は巨漢と一緒に落下。
数メートルの崖から転落し、その先の地面も傾斜がありどんどん転がっていく。幸い、巨漢は自重のせいか、太老と離れてからそのまま停止せずに速度を上げて見えなくなっていった。
そして太老は木にぶつかりそれ以上転がることはなかったが、全身を強打したこともそうだが、さらには巨漢が落とした刀が腹部に突き刺さってしまっていたのだ。
本当に運が悪い。まだ刀が刺さっていなければ助かったかもしれないのに。
そこへ少女が駆けつけて今に至るというわけである。
間違いなく自分はこのまま死んでしまう。何となくだが確信めいたものがあった。こういう悪い直感だけはよく当たる。
(けど……女の子を一人守れただけでも……上々だよなぁ)
これまで誰かを守った経験などない。いや、守ったつもりでも不運な出来事が起こり、自分のせいにされたり、さらに悪化するなど酷い状況に陥ったのだ。
だからこうして守れたと心から思えたのは、太老にとってはとても大きな誇りになった。
「……わたしが……死ぬはず…………でしたのに……こんなっ……!」
何やら少女は泣きながら言葉を発しているが、よく聞き取れない。しかし泣き顔を見ながら死ぬのは寂しいと思った。だから……。
「……できれば…………笑って……ほしい……な」
「!? …………あなたは……っ」
すると少女が、突如として意を決したかのような表情を浮かべたと思ったら、その小さい身体で太老の頭を抱きかかえた。
「……ありがとうございます。でも……こうなったのはわたしのせい。だから……だからせめて今のわたしにできることを……わたしのすべてをあなたに――――」
直後、少女の全身が淡く輝き、まるで太陽の光を浴びているかのような温もりが太老を包み込む。
(あぁ…………あったかいなぁ)
死ぬのがこんなに穏やかだったとはと感嘆しつつも、途切れ行く意識の中で確かにその言葉を耳にした。
「――――もう一度、生きてください――っ!」
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