最終話 彼女達のサッカー道(袋詰めする方)は、まだ始まったばかり――!

 突然の、頓智気トンチキな部活動の設立を告げられ――更には入部させられようとしている栄海さかみ奈子なこ


 もはやサッカー業界(袋詰めする方の)では名が知れてしまっているだろう彼女が、痛む頭を片手で押さえていると、コーチたる晃一こういちが気遣うように声をかけた。


「奈子、そういえば……連絡が遅くなって、すまなかったな。今日まで連絡できなかったのも、部活動設立の手続きで忙しかったからだ。だが安心してくれ、サッカー部(袋詰めする方の)が正式にスタートを切れば、これからは放課後も行動を共にできるぞ!」


「私の頭痛の種を更に増やそう、っていう話ですか?」


「フッ、さて、これから忙しくなりそうだな……全国の頂点を目指す部活動としては、やはり顧問の教師は必要だろう。奈子と氷雨は恐らくトップクラスの実力を持つサッカー選手(袋詰めする方の)だが、二人だけでは心もとない……更なる部員の増加、つまり戦力強化を図る必要があるな!」


「この高校で、とんでもねぇ陰謀が渦巻こうとしてるんですね。これから巻き込まれるかもしれない人々に、同情と共感を禁じ得ませんよ」


「無論、奈子と氷雨も、更なるパワーアップが求められる――世界は広い、今のままで勝ち抜けるほど、サッカーというスポーツ(袋詰めする方)は甘くないのだからな! 俺のコーチングは厳しいぞ、ついてくる覚悟はあるか!?」


「だから一回もコーチング受けてないんですよ。何ならルールすらコーチさんからは何一つ教わってねぇ。何でもいいから、一つでも教えてから言ってくださいよ」


「ふむ。………八極拳か形意拳、やってみるか?」


「サッカー関係ないだろ(袋詰めする方も球技の方も)」


 奈子が峻厳しゅんげんなるツッコミを即座に繰り出し続けると、晃一は〝フフッ!〟と言ったので、奈子ちゃんは彼を殴っちゃおうかなと思ったみたいです♡


 それはさておき、部活動の発足と拡大を唱える晃一の言葉に、氷雨ひさめが嬉しそうに表情を綻ばせつつ奈子へ語りかける。


「これから放課後は、一緒に……っ、そ、それ……アタシ、嬉しいかも! あっ、もちろん遊びのつもりはないけれど……でも、奈子と一緒なら、コーチの厳しくも恐るべきコーチングにだって、耐えられる気がするわっ!」


「! 氷雨さん……そうですね、私も氷雨さんと一緒の時間が増えるという、そこに……そ・こ・に! 関しては、素直に嬉しいですっ♪」


「え? で、でも奈子……サッカー(袋詰めする方)の特訓とか、コーチのコーチングとかは……?」


「氷雨さん氷雨さん、想像してみてください。学校帰りにちょっと寄り道しちゃったり、コンビニに寄って肉まんやピザまんなんか買って分け合ったり……喫茶店でちょっと一息お茶しちゃったり、とかも良いですね♪ あっそういえば、氷雨さんは成績優秀だとか……お勉強会とかも楽しそうです♪ 分からないとことか、教えて欲しいなぁ……♪」


「な、なによそれっ! そんなのっ……楽しそうすぎて、想像するのが怖くなっちゃうじゃないの……♡」


「よしよし、この調子ですね……もう一押しか二押し、というところでしょうか……焦らずじっくりと、コミュニケーションに慣れて頂きましょう~……」


《サッカーの女王》もしかして《氷結女帝ブリザード・エンプレス》を洗脳しようとしてない?


 と、二人して盛り上がる女子陣に、フッ、と晃一が口を挟む。


「おいおい、仲が良いのは助かる、とは言ったが……俺のコトも忘れてもらっては困るぞ! 何しろ俺は、キミ達のコーチなのだからな! なあ、奈子!」


「……………………」


「ヘイヘイ奈子どうしたどうした~元気を出していくぞ~!? さあ氷雨、もちろんキミもサッカー部(袋詰めする方)の一員として、俺が改めてコーチングするからな! 以前より、更に気合入れていくぞ!」


「あっ……も、もちろんよコーチ! え、えいえい、おーっ」


「ダメですよ氷雨さん、下手に構うからつけあがるんです。特にああいう、何とも言えないテンションの時は、黙ってスルーするのに限りますよ」


「え、ええっ? でも……う~ん、奈子が言うなら、そうなのかも……?」


「そうですそうです、さすが氷雨さん、私の親友です♡」


「親友! じゃあ、そうかな……そうかも……」


 教え子の一人、氷雨の中で〝奈子(親友)>コーチ〟の図式が成り立ちそうなのだが、大丈夫だろうか。


 発足前から既に色々な意味で不安いっぱいのサッカー部(袋詰めする方)だが――はっ、と氷雨が思い出したように声を上げる。


「あっ! というかアタシ、まだ色々と転入の手続きをしないといけないんだったわ……職員室が閉まる前に、終わらせてくるわね」


「あっ、そうなんですね……はい、わかりました。それじゃ終わったら、途中まで一緒に帰りましょう。校門で待ってますね~」


「う、うん! 友達と待ち合わせ……え、えへへ……いってきま~すっ♪」


(やっぱ色々と心配だな……せっかく一緒のクラスになるんだし、コミュニケーションを培っていこう……佐々原さんとか、仲良くしてくれそうだし)


 空き教室を飛び出していく氷雨を見送り、奈子は今後のことを考えつつ、うんうん、と頷く。


 ……さて、突発的にではあるが、こうして。


「ふむ、なら俺も、一緒に待つとするか」


「あ。……あ、ええ。そ……そう、ですね……コーチさん」


 色々と落ち着いた今となって、改めて。


 夕陽の赤さに染まる部屋で――奈子と晃一は、二人きりになった。



 ▼ ▼ ▼


 今さらになって、〝思えば出会った日も、こんな夕陽だった〟と、奈子はぼんやりと思う。


 一方、晃一はサングラス越しに夕陽を眺めつつ、不意に口走った。


「―――そういえば、奈子と出会った日も、こんな夕陽だったな」


「! あ……そ、そうでしたか? 良く、覚えていませんけど……」


 同じようなことを考えていたのが、何となく恥ずかしかったのか、誤魔化す奈子に。


「……俺はあの日、奈子、キミに出会えて……本当に、良かったと思っている。あの何気なく終わるはずの一日は、俺にとっての運命だったのだ」


「え。……は!? い、いえ、急に、なっ……また変な冗談――」


「―――冗談などではない、俺は本気だぞ」


「!!」


 その時、晃一は無造作に、サングラスを外し――鋭くも、けれど真摯な眼差しで、奈子と向き合う。


「―――――奈子」


「! あ、ゎ……こ、コーチさん、ちょっ……」


 長身の偉丈夫が奈子の前に立ち、細く小さな両肩に、その大きな両手を置く。


「は、わっ。……あ、あの……あの」


「奈子、いいか―――俺はな」


「…………………は、はい。………」


 奈子は、待った――続く彼の言葉を、黙って待った。

 その胸の奥が、強く鳴るのに、気付かぬまま。


 そして、晃一が告げた―――その真っ直ぐな思いとは。




「栄海奈子という、素晴らしいサッカー(袋詰めする方)の才能の持ち主に出会えて――心の底から、感動している! キミというサッカー選手(袋詰めする方)を、俺は本気でコーチとして支えるぞ! これが俺の、冗談抜きの本気の気持ちだ!」


「…………………………」


「む? 奈子……どうした? 奈子、おーい、奈子?」




 真顔で沈黙してしまった奈子、晃一が何度も呼びかけるも、返事はない。


 が、少しだけ間を置いて――奈子が低い声で告げたのは。


「とりあえず離れろ。ぱたかれたくなければな」


「なっ奈子!? どうしたのだ、闇堕ちしたのか!?」


「コホン。……いいから離れてくださいっつーんですよ、じゃないとグーでいきますよ、今度こそグーで」


「あ、ああ、わかった。何が気に食わなかったのかは、全く全然これっぽっちも、わからなかったが……うーん? ??」


 奈子の要求通り、晃一は奈子の肩に置いた手を離し、一歩だけ後ずさる。


「………はぁ~~~~~っ………」


 そして奈子が盛大な溜め息を吐きながら、後ろを向き―――がばっ、とその場にしゃがみこんで。


(い、い、い……今、私、なにをっ……なにをボーッとしてたぁ~~~!? 何で黙ってコーチさんの言葉を待ってた!? ちがっ、そんっ……夕陽の……夕陽の! このシチュエーションの、雰囲気のせい! なな流されやすいにも程があるでしょ私ぃ~~~! しっかりしなさい栄海奈子! あんな変人に流されてドキドキしてんじゃねーですよー!? ばかーっ!)


「な、奈子? 急に屈み込んで、どうした? 大丈夫か――」


「そっ……それ以上、私のそばに寄るなぁ~~~っ!」


「どうしたというのだ奈子ーーーっ!? ……とりあえず今の雰囲気に適していそうなので、さっきのDVDの鎮魂歌レクイエムのトコでも再生しとこう」


 本当にDVDを再生する晃一。彼が言うには敗北した選手なのだが、実際、曲自体は非常に上手い。


 まあ奈子的には、そこも軽く腹が立つポイントのようだが。


(ふ、ふう、落ち着いてきた……本当、このバイオリン弾きだした人といい、才能の無駄遣いだよなぁ……そのせいで負けてるんだし、袋詰めの競技なんかせず、バイオリンに絞ればいいのに。まあ他の人もだけど。特にコーチさんとか妙に強いんだし、他のスポーツやれば、カッコイ……愚かなり悔い改めよ奈子ォ! BGMのせいっ……この妙に上手いのが腹立つBGMのせいじゃ~~~いっ!)


「うーむ、どうしたのだろう、奈子。今度はぷるぷると震えだして――」


 心配そうにする晃一、に―――がばっ、と奈子は立ち上がり。


「わ、私はホンットに、コーチさんのこと―――ただただ誰よりも変な人だとしか、思ってませんからねっ!!?」


「お、おお? 前にも聞いたが……フッ、照れるな」


「褒めてねーんですよ。前にも言いましたけど」


 言い切ったからか、奈子も少しは落ち着きを取り戻したらしい。


 そして晃一は晃一で、改めて気を引き締めるべく言う。


「奈子。少し前にも言ったが、このサッカー(袋詰めする方)の世界は広く、まだ見ぬ強敵たちがひしめき合っている――これから先、更なる進化が必要だぞ」


「すいません、私その辺、全く全然これっぽっちも、その気とかナイんですよ。……全く全然これっぽっちもって、言われるのは腹立つけど、自分には使いやすいな……」


「奈子……俺はキミに、〝新しい世界〟を見せると言った。そしてこの世界にキミを誘い、あの激動のサッカー大会(袋詰めする方)を通じ、少しは誓いを果たせたと思う。だが……まだまだ、これからだ。キミに見せたい〝新しい世界〟は、それこそ九万里の彼方にまで続いている。だからな――」


「そして人の話を本当に聞きませんよね。何のためについてるんですか、耳。ちゃんと人の話を聞く耳を持って――」


 コーチに対してでも容赦なくツッコむ奈子。

 だが、話を聞かないことに定評がある、木郷晃一はそのまま言い放った。




「キミに〝新しい世界〟を見せ続けるために、これから先も――

 栄海奈子、キミのコーチとして一生すら捧げると、誓うぞ――!」


「!!!」




 聞きようによっては、大胆過ぎる発言に、奈子は衝撃を受け――そして。


「……か、か……勝手にすれば、いいじゃない、ですかぁ……あぅ」


「? うむ、ならば、勝手にしよう! このコーチに任せておけ、奈子!」


 どん、と自身の胸を強く叩くコーチに――ぷいっ、とそっぽを向き、夕陽の赤さで頬の色を隠す奈子。


 そうして、晃一が最後に、締めくくるように叫んだのは。



「さあ、いくぞ奈子―――キミはまだ、走り始めたばかりなのだからな!

 この、長く険しい、サッカー(袋詰めする方)の世界への道を―――!」


「……う、うるせぇ、ですぅ……うぅ」



《サッカーの女王》が走り出した、その道は、長く険しく、厳しいかもしれない。


 だが、一つだけ、言い切れることがあるとすれば。


 そんな彼女の姿は、間違いなく――コーチが見守り続けているだろう―――




※ちゃんとコーチングしているかどうかは、また別の話です。



 ―― fin ――


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界一の女子サッカー選手になれ――えっ球技? いやいやサッカーといえば……スーパーとかで買い物袋に商品を詰め込む人のコトに決まってるでしょうがァァァ! 初美陽一 @hatsumi_youichi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ