第10話 トイレの花子さん vs LGBT③
『裁判長! この女、隠れて便所で煙草吸ってたんですよ!』
『よし! 死刑!』
『裁判長、この少年はこの間トイレに篭って1人弁当を食べていたんです』
『よし! 死刑!』
『裁判長! 彼は最近多目的トイレで……』
『死刑だ、死刑! 全員死刑だ、ぎゃーっはっはっはっは!!』
判を押すみたいに、次から次へと死刑が決まっていく。ぼくが見る限り、大体9対1くらいの割合で被告人は死刑だった。恐らくこの
『ぎゃああああああ……!』
「正直どっちも嫌だわ」
水に流されていくリスを眺めながら、いるかちゃんがしかめっ面をした。並んでいるのは人間ばかりではない。次に階段の上に上がったのは、二足歩行の犬だった。顔は思いっきりパグなのだが、ピンク色の、フリフリの服を着せられている。
『裁判長。この犬は……名前はペギーというのですが……ご覧の通り、見た目は犬ですが、自分では『心は小鳥だワン』と言い張っているのです』
花子さんの隣にいた二宮金次郎像が難しい顔をしながら罪状を読み上げた。
『性自認は雀ですワン』
『うーむ。しかしどんなに心は雀だろうと、残念ながらお前の体じゃ空は飛べねえと思う。諦めろ』
『そんな……』
『次の方!』
やはり動物も、自分の実態と、内に広がる心の有り様に苦しんでいるのだろうか。金次郎は石のような表情でさっさとレバーを引き、雀犬を水に流してしまった。
『次の被告は……猫です。誰がどう見ても猫なんですが、自分はオウムだと言い張っています』
『如何にも、私はオウムだニャ。オウムのように美しく、華麗に……もっと綺麗な声で唄いたいんだニャア』
『やりたい事とできる事って別じゃねぇ? わざわざオウムにならなくても、猫は猫で、ゴロゴロニャーニャー言ってりゃ可愛がってもらえるだろ』
『全然違うニャッ! お前は何も分かってないニャア!』
『はいはい分かった分かった。流せ』
『ギャニャアアアァッ!?』
オウムになりたい猫は流されて行った。それ以外にも、トカゲを好きになったマグロや、てんとう虫を好きになったゴリラ、アリクイを好きになったヒョウモンダコ、自分のことを一流だと思っている三流の物書き、私は貝になりたいと言い張る老人、白鳥になりたいペンギン、なりたくはない怠け者、風になりたい、猫になりたい、優しくなりたい、星になれたら、小説家になろう……など、様々な被告が死刑になったり水に流されたりして行った。そのほとんどが、地獄の裁判長・花子さんの独断である。
「こんな不当な裁判があるか。死刑ありきの裁判だなんて!」
「どうやら動物には甘いみたいね」
「お面でも持ってくれば良かったよ」
「きっとチャンスがあるはずよ。隙を見て逃げ出しましょう」
ぼくはチラリと後ろを振り返った。ぼくらの後ろにも、もうぎゅうぎゅうに列が出来ていて、どうにも抜け出せそうになかった。そのうちぼくらの番がやってきた。後ろの壁に押し出されるようにして、階段を転がるように登る。スポット=ライトが眩しかった。
『次の被告はぁ〜……畑中悠介。畑中被告は男性にも関わらず、女性専用トイレに押し入った模様です』
『はぁ……メンドクセーからもう全員死刑で良いだろ』
張り切り過ぎて大分疲れたのか、花子さんはぼくの方を見ようともせずにそう宣告した。
『死刑と、死刑と、それからついでに死刑で。死刑のハッピーセットだな』
「ま……待ってください裁判長!」
ぼくは声を上擦らせた。
「ぼく……ぼくら実は、体と心が入れ替わっちゃってたんです!」
『だから?』
「ぼくの体を死刑にすれば……いるかちゃんの心も道連れになります。その逆も然り……」
『だったら両方死刑にすれば良いだけだろ』
「そんな無茶苦茶な……!」
「裁判長! どうして貴女はそんなに極端なんですか!?」
側から見ていたいるかちゃんが憤った。
「私、分かってるんです。動物には優しかったのに……どうしてその優しさを他の人にも分けて上げられないの!?」
『やめろ、やめろ! 優しいだとか分かってるだとか、厳格なる裁判には最も必要がねえ!』
この裁判が厳格かどうかはともかく、花子さんはいかにも嫌そうに煙を吐き出した。
『他人を勝手に理解した気になるな! テメーに私の何が分かるってんだよ? ”私、分かってます”みたいな勘違い女が一番ムカつくぜ……!』
「でも……」
『そーいう”分かったふり”をするのが一番危険なんじゃねーのか? 分かりゃしねーんだよ所詮他人の腹ん中なんてよぉ。表じゃ調子の良いこと言ってる奴が、裏で悪どいことしてるかも知れねーじゃねえか。その逆も然りだろ』
「それは……」
『だから中身がどうだとか、本心がどうだとか、そんなもんは関係ねえ。ソイツの精神ではなく行動を、行いを処する! それが私の裁判だ!』
しかしそれでは、強制的に命令されてやったことも、全て実行犯だけが悪いということになってしまう。それではあまりに暴論……その時だった。突然何処からともなくぽんっ! と白い煙が上がったかと思うと、ぼくらはあっという間にその煙に包まれた。
「……ごほっ!? ゲホ!」
そして……気がつくと体がキツネになってしまっていた! 全く、この間女の子になったと思ったら次はキツネか。いくら成長期とはいえ、限度ってもんがある。
(ぼーっとしていないで悠介くん! 今のうちに逃げるわよ!)
「……逃がすな!」
ぼくらは逃げ出した。子泣きじじいの股下を、砂かけばばあの頭上を、一つ目小僧の鼻の先を細いキツネの体ですり抜けて行く。大勢の魑魅魍魎たちが、後ろから追ってくるのが見えた。
(伴奏)
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