魔法学無双

kryuaga

プロローグ

#1

 初めに感じたのは、すさまじいまでの、激痛。


 髪の全てを引きちぎられ、全身の全ての皮膚の皮がかれ、更にそこに火鏝ひごてを当てられ、おまけに全身の骨という骨・関節という関節を砕かれたような痛み。




 余りの激痛に悲鳴を上げようとするが、声が出ない。いや、それどころか息が出来ない!




 このまま死んでしまうのか。死の恐怖と絶望に、もし誰かが俺を救ってくれるというのなら、何を手放しても構わない。そう思ってしまった。




 けれどそんな時。声が聞こえた。




「なんだ、もう忘れたのか? 『ピンチの時、恐慌状態パニックになったら死は目前。まずは落ち着いて、周囲を見よう。そうすれば必ずその状況を改善するヒントがある筈だから』。いつも言われていただろう?」




 それは、誰でもない【俺】の声。


 そうだ。痛みで気が遠くなりそうだが、一つ一つを確認してみれば良い。




 痛く感じるのは、それこそこれまで感じたことない環境に身を置かれたから。あたかも普通の空気の中から熱湯の中に飛び込んだが如く。安全が確約されていた環境から外に出された為、ただ空気に触れるだけでも激痛が走るのだ。けど、ここが俺が生きる場所なのだろう。


 骨が砕かれそうに痛いのは、外的な力で無理矢理引っ張られているから。痛みと苦しみと悲しみしかないこの世界に、誰かが俺を無理矢理引きずり出そうとしている。だけど、ここで生きろと誰かが言っているのだろう。




 苦しいのは……、抑々そもそも俺は呼吸をしていないからだ。今までは呼吸さえ必要ない、安らかな世界で微睡まどろんでいたのだから。


 なら落ち着いて、呼吸をすれば良い。




 痛みも、苦しみも、まだ続いている。もしかしたらこれから更に多くの苦難が待ち受けているかもしれない。けど、俺はそれでもこの手のうちにあるものを何一つ取りこぼさない。このたなごころを握りしめ、これから俺は生きて行く。




 さあ。


 命の気いきを吸い。


 そして、それを吐き出そう。


 今俺の体内に、命の気いきがあることをあかす為に。


 そして一緒に、思いのままに、今の気持ちを声に出そう。世界中に響けとばかりに、腹の底から力を入れて。




「おぎゃ~~~~~~~~~~~~!」




 そして今、俺はこの世に生を享けた。




◇◆◇ ◆◇◆




 この世に生まれ、最初に見たのは、ただ白い光だけ。網膜というより、脳が働かない状態で光を見ると、このように映ることを【俺】は知っている。




 まず感じたのは、恐怖。何もわからない、「未知」という名の恐怖と不安。




 続いて感じたのは、安らぎ。どんな恐怖も不安も包んで溶かしてくれると信じられる、暖かさと柔らかさ。




 けれど、その次に感じたのは疑問であった。「ここは一体、何処どこなんだ?」




◇◆◇ ◆◇◆




 交通事故か何かで、病院に運ばれたという訳ではなさそうだ。「白い光」しか見えないのは、視力(あるいは視覚認識力)が正常ではない為、ただ「光」と「かげ」だけを認識しているからのようだ。


 耳から入ってくる「音」も、何らかの意味ある言葉の羅列なのだろうけど、それが「言葉」として認識出来ない。


 体に力を入れても、まるで力が入らない。いや、指先が動いた? そうしたら、「音」がまるで歓喜に爆発したかのようにざわめいた。




 自身が、嬰児みどりこに転生したことを悟るまで、それほど時間を必要としなかった。




 むしろ、何故自分がここまで落ち着いているのか。その方が疑問であった。


 異世界転生物のネット小説を読み漁っていたから? 記憶にないだけで、例の「白い部屋」とやらで神様から事情の説明を受けている?




 そもそも、神とやらは実在するの? ここは異世界? 魔法や魔物は存在するの?


 この世界の歴史は? 風俗は? 宗教は? 文化レベルは?




 気になること、考えることは山ほどある。


 「生まれ変わり」と断じているけど、それは本当なのか? ただ【俺】の自我と記憶が転写されただけで、この赤子は【俺】とは何ら関係ないのではないか? 【俺】は元の世界で変わらず生きているのではないか? そもそも【俺】とは一体何なんだ?




 常識的に考えたら、考える意味さえないようなこと。けれど、今の俺には考える時間がある。


 何せ、今の俺に出来ることは泣くことと笑うこと、乳を吸うことと糞クソをすること、寝返りを打つことと眠ること。それだけだ。




 なら、有り余る時間で思索しさくふけるのは、間違った時間の使い方ではないであろう。



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