ストーリー:36 たとえ、理解できなくても……


 AYAKASHI本舗の面々と特異点の巫女――ハルとの騒動から、4日が過ぎた。


「おっす! 久しぶり! AYAKASHI本舗所属の妖怪Vtuber、ガラッパのミオ様だ! 今日もお前らに構ってやるから、ありがたく楽しんでいきやがれ!」


 いつもの二間続きの畳部屋にて。


 PCを前に視聴者たちとやり取りをしているのは、ガラッパのミオ。

 それを少し離れた場所からテーブルを囲み、のんびりと眺めている油すましのオキナ。

 全員分の麦茶を用意して配っている、木心坊のワビスケ。


「……落ち着かねぇなぁ」


 オキナの隣で貰った麦茶を飲んでいるナツの頭の上に陣取り、座りが悪そうにウゴウゴと動き回っているかまいたちのジロウが、時折チラチラと目線を向けるその先には――。


「………」


 腕を組み、部屋全体を俯瞰するように睨み続ける、巫女装束のハルの姿があった。



      ※      ※      ※



「……ナツ。私、夢でも見てるみたい」


 首を傾げ、眉をひそめ、ハルはなんとも微妙そうな顔で口を開く。


「あのね。さっきから、ナツがビックリするくらいぬるぬる動いて色んなことをしてるの」

「マジで?」

「うん」


 先ほどから、彼女の視線はあっちにキョロキョロこっちにキョロキョロ、落ち着かない。

 それはナツにしてみれば、この場のみんなへそれぞれ視線を向けているように見えているのだが、妖怪が見えない彼女には、その目の先のすべてにナツが映っているらしい。


「これが、これが世界の修正力って奴なのね」

「オキナが言うには、そういう風に見えてるハルは、その力にかなり抗っている方だってさ」

「そう……現実感があるのかないのか。本当に、なんかこう、見てて疲れるわこれ」


 すべてを目で追うことを諦めて、ハルも畳に座り込み、置かれた麦茶に手をつけた。



「人によっては架空の協力者がいた、みたいに記憶を改ざんするパターンが」

「あ、やめて。言わないで。そういうの聞いちゃったら引っ張られそうだし」

「おっと、ごめん。ありがとう」


 補足しようとした言葉を止められて、ナツは自分の失敗に思わず口をつぐみ、改めてお礼の言葉を紡ぐ。

 今、こうしてハルが自身のこれまでの常識と戦ってくれているのは、AYAKASHI本舗の運営に協力しようとしてくれているからで。


「ハルがAYAKASHI本舗のスタッフとして在籍してくれたおかげで、視聴者さんたちの中でも特に見えない人たちが疑ってた“全部俺一人でやってる説”が薄れてきててさ。本当に助かってるんだ」

「そう。それはよかった。やっぱり、人間が関わることでの影響って少なからずあるのね」

「その辺の視点は完全に見落としてたから、ハルが協力してくれたの、まさしく天の助けだったよ」

「ちょ、ちょっと。やめてやめて! 拝まないで!」


 ありがたやありがたやと手を合わせるナツを止め、顔を赤くしたハルは、改めてPCの、今まさに配信中のミオの方へと目を向ける。


「………」


 彼女の目に映るのは、ヘッドセットを装着した幼なじみの姿。

 そこから隣に目線を移すと、こちらを見つめる、頭にイタチを乗せた幼なじみがいて。


 その両方を目に入れようとすると、器用にその2つを同時にこなす、幼なじみを見ることになる。


「……人類の科学は、まだまだ発展途上なのね」


 およそ現実的でない現実は、今この瞬間にもハルの常識を侵食していた。



「ナツや」


 会話が途切れ、ハルが考え事をし始めたタイミングを見計らい、オキナがナツに声をかける。


「なに、オキナ?」

「今のハルの嬢ちゃんは、とても不安定な状態にある。ワシらに化かされ超常を知り、今、あの子はこれまで持っていた己の常識を疑い、新しい現実を受け入れるか、拒むか、その存在のすべてでもって事に当たっておるのじゃ。その身にかかる負荷は、どれほどのものか測り知れん」


 時折ハルへと目を向けながら語られる言葉は、彼女を心配している様子で。


「このまま良い方へ良い方へと流れていけば、いずれ彼女にもワシらが見えるようになるやもしれぬ。見えぬまでも、不思議を不思議と受け入れられれば、孝太郎殿のように異質を感じ取れるくらいにはなるかもしれぬ。じゃが、そこに至るまでは間違いなく、尋常ならざる苦難の道のりが待っておる」

「………」

「ナツよ。おヌシが、気を遣ってやるのじゃぞ。同じ人間であるおヌシにしか、それは出来ぬのじゃからな?」


 再びナツへと向き合えば、好々爺の視線は、いつかの問いを思わせる鋭さを持ち、彼を見つめていた。



「わかった。ハルを巻き込んだのは俺だから、120%で頑張る」

「うむ。もっとも、あの嬢ちゃんの場合、おヌシがちょっと優しくするだけでも効果は覿面じゃと思うがの?」

「え、なんで?」

「ナツはもうちょっと、自分に近しい人の気持ちを考えられるようになった方がいいと思う」

「ワビスケ?」

「いいや、こいつはこのままがいい。その方が面白れぇ!」

「???」


 いつの間にやらそばに来ていたワビスケと、ジロウが加わり好き勝手な会話の花が咲く。


「どういうこと?」

「そのままじゃといずれ、大ポカやらかすぞという話じゃ」

「ナツはもっと余裕を持つべきって話だよ」

「お前はそのまま真っ直ぐ進めばいいって話だぜ」

「???」


 三者三葉、まったく違う言葉をぶつけられ。


(……とりあえず、気をつけよう)


 何を気をつけたらいいのかわからないまま、それでももっと丁寧に生きようと、ナツは心に決めるのだった。



 そんな彼らをよそに、現在絶賛考え事中のハルは。


「………」


 PCを前に配信をし続けるを、手持ちのスマホのLIVE映像と共に、じーっと、眺め、観察し続けていた。



      ※      ※      ※



「そんじゃ、またな!」


 ミオが配信を終え、PCのアプリを終了させる。


「お疲れ様」

「おう! ありがとな!」


 労うワビスケから麦茶を受け取り喉を潤して、一息吐く。

 その目は、自然とハルへと向けられた。


 配信中のかなりの時間、背中に浴び続けた視線の主へ。



「なぁ、おい」

「なに、ナツ?」

「あっ」


 一声かけ、投げられた返事に慌ててナツを見る。

 助けを求める視線に頷きナツがミオの隣に並べば、二人を繋ぐ仲介役を始めた。


「ごめん。ハル。今のは俺の言葉じゃない。ミオがハルに声をかけたんだ。ハルと何か話したいみたい」

「そうだったの? ううん。私にはそれ、判断つかないわね……」

「だったらこれはどうだ?」


 いまだ現実と超常に悩むハルのためにナツは、テーブルの上にノートとペンを取り出す。


「ミオが言った言葉を俺がこっちに書くから、それを通じて話してみてくれる?」

「なるほど。そこに書かれる言葉は、ナツの物じゃないって思えばいいのね」

「そういうこと」


 ハルの理解を得てからナツは、ミオにペンを渡す。

 ペンを受け取ったミオは、真剣な顔でノートにペンを走らせて、それをハルへと突きつけた。


『ずっと見てたな?』

「……うん」


 返事に少しの間が開くのは、この文字がナツではない誰かの書いた物だと意識するための時間。


『アタシはアタシだ。ナツじゃない』

「……そう、なんでしょうね。でも私にはやっぱり、ナツしか見えないわ」

『でもアタシはアタシだ』

「……ナツでも、私でもない誰かが、そこにいるのよね?」

『そうだ』

「……うぐ」

「ハル!」


 頭を押さえて体勢を崩したハルを、ナツが抱き支える。

 そのままナツは会話をストップさせようとしたが、それをハルは首を左右に振って止めた。


「……正直。私には未だにここで何が起こっているのか、正確にはわかってないわ」

「………」

「でも、ここにはナツが信じてる何かがあって、私の知らない何かが世界にはまだあるんだってことは、もうわかってるつもり」


 ハルが、ナツに支えられながら。

 正面に立っているだろうへと目を向ける。


妖怪あなたのことは、まだ全然理解できない」

「!」

「でも、ガラッパのミオ? だっけ? あなたがそこにいるってことは、信じたいと思ってる」


 見えなくても、構わない。


「そう信じてるナツを、私は信じたいから」


 それが、ナツと対話した日から考え続けて、ハルが出した答えだった。



「………」


 目は合っていない。

 けれど真っ直ぐにこちらを見つめようとしている視線を受けて。


「……ナツ」


 再びミオは、一番の友人の顔を見た。


「………」


 大丈夫。

 そう頷いて返すその動きを見てから。


「……うっし!」


 彼女もまた、新たな覚悟を決めて、人間かのじょと向き合う。



「これ」

「これ……スマホ?」

「そう。んで、これな?」

「アドレス……ってことは。登録しろってこと?」

「おう」

「……それって」


 確かめるように顔を上げたハルの目に。



「……ダチになろうぜ。巫女さんよ?」

「!?」



 ほんの一瞬。

 はにかむような笑顔で笑う、女の子の姿が映る。


「ぁ……」

「どうした?」

「う、ううん。なんでもない。わかったわ」


 思わず俯いてしまって、そのままスマホでアドレスを交換する。



「んじゃ、これからよろしくな」

「……ええ、よろしく」


 聞こえてくるのは幼なじみの声のような、違う誰かの声のような。


「……不思議ね」


 そんなあやふやな、理解できないままの何かを。



「……ほんと、おとぎ話の中にいるみたい」


 それがなんなのか、わからないままで。


「ハル?」

「ねぇ、ナツ。私なんだか、楽しくなってきちゃったかも」


 それでも彼女は、肩を震わせ笑っていた。



 五樹村の妖怪たちの脅威であった特異点の巫女。


 彼女は、この日以降。


 AYAKASHI本舗の活動を直接的に支援する、心強い味方になった。

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