ストーリー:34 対話


 水木家の庭で、相対する。


「ナツ」


 縁側に立ち、大切な想いを守るために妖怪を否定しようとする特異点の巫女、ハル。


「ハル……」


 庭で膝をつき、大切な仲間を守るために幼なじみと向き合う妖怪が見える青年、ナツ。



「妖怪ごっこは、もう止めよう? 妖怪なんて、いるわけないんだから……!」

「ぬぅっ」

「ぐぇぇぇっ!」


 現世の者の放つ強い否定の言葉は、幽世に属する妖怪たちにとっては強烈な打撃となる。

 人に信じられることでこの世に根付く彼らにとって、それは致命の毒になるのだ。



(このままじゃみんな消えてしまう。俺が、俺がなんとかしないと……!)


 焦りながらも冷静に、ナツは必死に思考を回転させる。


(ハルが妖怪を否定する理由。理屈に合わないから否定していたわけじゃないのはもう、嫌でもわかる。ってことは何か、ハルの心にとって大切な何かが、妖怪を否定することと繋がってるんだ!)


 幼なじみの聡明さを、ナツは疑わない。

 だからこそ、理屈ではない何かがそこにあるのだと、確信している。



(でも、その大切な何かってなんだ? なんで妖怪を否定したらそれが守られるんだ?)


 ハルの心はハルにしかわからない。

 幼なじみとはいえ、五樹村を出てから7年。顔を合わせた数は10と少し。


(こんなことならもっと、どうして妖怪が嫌いなのか、ちゃんと聞いておくべきだった……!)


 後悔先に立たず。



(……いや、そうじゃない! 視点を変えろ!)


 だが、ナツは。


(ハルは賢い。理屈立てて考えるタイプだ。だからハルには、妖怪を嫌いになる、なった理由が絶対ある。なら……!)


 ナツの知っている幼なじみの形を、疑わない。


 だから。



「……ハル!」

「なに?」

「どうしてそんなに、妖怪のことが嫌いなんだ?」

「!?」


 ナツは、対話することを諦めなかった。



      ※      ※      ※



 その背に、仲間たちを庇いながら。

 その目に、幼なじみを映しながら。


「………」


 ナツは、考えに考えて、言葉を紡ぐ。



「ハルが妖怪を嫌ってる、いて欲しくないって思ってるのはわかった。でも、なんでそう思ってるのか俺は知らない」

「………」

「なんか妖怪のことで怖いことでもあったのか? それとも、妖怪って存在に何かされたのか?」

「……答えたくない」

「いいよ。じゃあそれでいい」

「え?」

「答えたくないなら、答えたくないって言ってくれたら、それでいい」

「あ……」


 ナツの顔を見ていたハルが、息を呑む。

 悲しみを浮かべていた彼の顔が、気づけば微笑みを浮かべていたから。



「じゃあ、続けるよ。ハルにとって妖怪って、絶対に相容れないのか? ゲームとかでも見かけたら、それだけで嫌になったりする?」

「………」

「答えたくない?」

「……別に。しないと、思う」

「そっか」

「……創作だもの。お話の登場人物としてなら、むしろ面白いと思うわ」

「あ、童話とか好きなのは相変わらずなんだな」

「い、いいでしょ。別にっ!」


 ナツに釣られて、ハルのこわばりが少しだけほぐれる。



「だな。えっと、続けてもいいか?」

「……好きにしたら?」


 それは、一見すれば先ほどまでの荒々しさがなりを潜めた、穏やかな会話で。


「………」


 だがしかし。

 それを後ろから見つめるオキナは。


(綱渡り、じゃな……)


 険しい顔を浮かべて、二人の対話を見守っていた。



      ※      ※      ※



(ナツがハルお嬢ちゃんに歩み寄っているこの状況。おそらく正しい。じゃが……言葉選びを間違えば、今度こそ破綻し、亀裂は断絶となってしまうぞ)


 二人の会話を聞きながら、オキナは周囲を見回す。


「ふぅー……ヤバかった」


 直前までハルの圧を直接向けられていたジロウは、ナツの背後に隠れてハルの意識から外れ、安全を確保している。

 消耗こそ激しかったが、まだ妖怪としての己を保てているようだった。


「おう。オキナ、状況は相当悪いぞ」

「じゃな。特にこの子らがだいぶん危ない」


 そう言って見るのはワビスケとミオ。

 二人とも、否定の圧に意識を刈り取られ、気を失っている状態だった。


「このまま現世に引っ張られれば、いずれ物言わぬ自然物として妖怪の形を失ってしまうじゃろう」

「ワビスケは椿のすりこぎの化生、ミオはカワベ川の自然からの化生だからな。ワビスケはワンチャンあるかもだが、ミオは変えられちまったら完全にアウトだ」

「うむ」


 素早く現状を確認してから、ジロウが背中のカマをくるくると回す。

 すると突如として風が渦巻き、膜となってワビスケとミオを包み込んだ。



「ひとまずこれで、境は引いた。気休めくらいにゃなるだろう」

「おお、でかした」

「で、後は……見守るしかねぇのか?」

「うむ。ここから退くこともしてはならん」

「だよなぁ」


 語らいながら、二人は同時に、ナツの背中を見る。


「俺らが退いたら、巫女の嬢ちゃんが一気に有利になる」 

「ナツとて現世の者。ワシらが、否定されてもなおここに居座るがゆえに、否定の意思により強く抗えるというもの」

「その分こっちは我慢比べ状態だがな」


 耐え忍ぶ彼らにも、またこの場に居残る理由がある。



「ワビスケたちにも苦労をかけるが、まぁ、若い時の苦労は買ってでもしろと言うでな」

「ゲヒャヒャ! ここは根性の見せ所だろ」


 いつものように軽口を叩きながら、歯を見せて笑いあう。


「ま、これでナツがしくじったら全員お陀仏だけどよ」

「うむ」

「んなことにはならねぇだろ。なにしろ、俺らにV箱やらせるような無茶を通すナツバカだからな」

「ほっほっほ、そうじゃな」


 彼らもまた、ナツという仲間の勝利を疑っていなかった。



      ※      ※      ※



「なるほど。そっか。じゃああれは――」

「あれは――」


 ハルとの対話を繰り返しながら。

 ナツは、ハルに関する自分の中の、いろいろなものを修正し続けていた。


(やっぱり、ハルは俺の知ってる通りの奴だ)


 それと同時に、彼の中のハルという人物像が、間違っていないことを確信した。



(こうして質問を繰り返して、わかってきたことがある)


 踏み込んで、問いかけたからこそ得た答え。


(ハルが嫌いなのは、妖怪そのものじゃない。のが嫌いなんだ)


 より深く相手を知れたからこそ理解する、細かな違い。

 その人だからこそ持ち得る、その人個人の答え。


(だから、俺のVtuber活動自体をやめろとは言わないでくれたんだな。画面越しなら、俺が妖怪について語ってるようには見えないから)


 一つ気づけば、次々に気づく。


(それどころか、チャンネル登録して配信スケジュールまで把握してくれて、無茶しないように釘まで刺してきて、めちゃくちゃ応援してくれてんだよな。うん、ってことは、やっぱり……)


 そして、結論付ける。


(ハルは、俺のことが嫌いなわけじゃない)


 確信した想いの形は、次へ繋げる前提に変わって。


「………」


 一度だけ、振り返って確かめてから。



「……なぁ、ハル」

「なに?」

「……この世界に、妖怪なんていないのかもしれないな」


 ナツは、もう一歩。

 ハルに向かって踏み込んだ。

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